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1話

 その男の姿は一言で言えば異様と言うしかなかった。

 頭巾付きの黒外套で顔と身体を隠し、手には血潮に濡れた紫水晶の湾刀。

 確かに目の前にいるはずなのに少しでも意識を逸らせば見失ってしまうかのように薄い気配は幽鬼の類いを連想させる。

 全身から血の気が引き、震えの収まらぬ身体から発せられる音だけが洞窟に響く。

 ──目の前の人物は一体……。

 亡霊の類いだといわれれば納得してしまいそうな相手を前に少女はただ身体を震わせるしか出来ない。

 自身を助けてくれた相手を得体の知れない何かだと少女が誤認してしまう程にその人物の姿と纏う気配は異様だった。

「ッ……、あなたは、一体……」

 恐怖に呑まれながらも少女は問いかける。

 自身を助けてくれたこの人物は何者なのか、と。



        ━━━━━



 何のことはない、よくある話の一つだ。

 村で育った少女が十五歳の誕生日に、つまり成人と認められる日に家を出る。

 村に残り生きていくか、冒険者となって一攫千金の夢に挑むか。

 イルフリーデという少女が選んだのは後者であった。

 元冒険者の父が夜毎に聞かせて貰った冒険譚に憧れ自身も同じ道を、と。

 その為にイルフリーデがまず訪れたのは冒険者ギルドだった。

 街門の近くに立てられた支部の大きさにイルフリーデは目を奪われた。

 父の話では大きな宿屋に酒場、役所、その他の施設が設置されているらしい。

 実際、それらが合わさっているのだから、支部が大きくなるのは当然の結果だった。

 唾を一つ飲み下し、イルフリーデは扉を開けて、中に入る。

「……!」

 視界に広がるのは巨大なロビー。

 耳に届くのは多くの冒険者たちの賑わい。

 鎧を着込み剣を佩いた者、優雅さを感じさせる革鎧に弓を背負ったエルフ。

 無骨な戦斧に豊かな髭を携えたドワーフ、手甲鉤を装着した獣人。

 様々な武装の多種多様な種族の老若男女が思い思いに談笑を繰り広げている。

 依頼を受けるのか、完了の報告か、あるいは依頼を出すのか、受付から伸びる長蛇の列。

 気圧されながらもイルフリーデはその列へと加わる。

 その一員となっている間も聞こえてくるのは冒険者たちの世間話。

「最近調子良いみたいじゃないか」

「まあまあってとこだよ」

「嘘つけ、聞いたぞ? オークの群れを一人でやったそうじゃないか」

「ああ。だが、二度と御免だよ」

 自身では想像すら出来ない内容の会話にイルフリーデは再度気圧され、決意と憧れを胸に宿す。

「これから、私も……!」

 冒険者という職業が簡単なものでないことをイルフリーデはよく知っている。

 父の身体に刻まれていた多くの傷、語ってくれた冒険譚。

 だがしかし、危険なことを承知した上で憧れたのだ。

 もう既に決意は出来ている。

 憧れ、夢見たものを手に入れるのだ──……。

「本日はどうなさいましたか?」

 そんなことを考えている打ちに、いつの間にかイルフリーデの番が廻ってきていた。

 対応してくれているのは、柔らかな微笑みを浮かべた年上の女性。

 ギルド職員の制服を着こなし、髪は一つに括られている。

「ぼ、冒険者になりに来ました!」

 受付嬢は緊張した様子のイルフリーデに微笑みを強めながら、一枚の紙を取り出した。

「では、こちらが冒険者登録用紙となります。文字の読み書きは出来ますか?」

「母から習いましたから、少しなら」

 取り出されたのは飾り文字が施された薄茶の羊皮紙。

 名前、性別、年齢、髪色、眼色、体格、職業、技能、魔法、法術……。

 記入事項は細かいが簡単なものばかりだ。

「わからない箇所があったら聞いてくださいね」

「は、はい」

 緊張で震える手を落ち着かせ、ペンを持ち、インク壺に浸し、文字を綴っていく。

 間もなく書き上がった登録用紙を受け取った受付嬢は、内容を確認していく。

 確認が終われば、今度は同じ内容を『X』と彫り込まれた鉄製の小板に刻み込む。

 手渡されたそれをイルフリーデは首から下げる。

「これがあなたの冒険者としての認識票です。等級は最下級の第十等級となっています」

 ──これで私も冒険者に……。

 緊張が解れ、少し高揚した表情を浮かべていたイルフリーデに、受付嬢はくすりと笑った。

「何かあった時の身元証明にも使いますから、なくさないでくださいね」

 ──何かあった時?

 重要なことだというように告げる受付嬢の言葉に一瞬浮かんだ疑問は、すぐに消える。

 身元の証明が必要になる時とはつまり、二目と見れぬ死に方をした時のことだ。

「は、はいっ」

 頭に浮かんだ光景にイルフリーデが頷きと共に答えた声は震えていた。

「冒険者になるのって、こんなに簡単なんですね……」

「まあ、なるだけなら犯罪歴さえなければ誰でもなれますからね」

 苦笑をうかべる受付嬢が何を思っているのか、イルフリーデにはわからなかった。

「でも、昇級するのは簡単じゃないんですよ? 倒した魔物、達成した依頼、社会への貢献度、人格査定なんかがありますから」

「人格査定ですか?」

「信用と信頼が第一のお仕事ですからね」

 違う意味で変わった人もいますけどね。そう笑った受付嬢の表情はイルフリーデが見た中でも一番穏やで女性的なものだった。

 ──この人もこういう顔もするんだ。

 今までどこか貼り付けたような笑顔しか浮かべなかった受付嬢の素の表情をついイルフリーデは見つめてしまう。

 そのことに気付いた受付嬢は咳払いと共に表情を整える。

「依頼はあちらに張り出されていますから、等級にあったものを選んでください」

 そう言って、受付嬢が指した先には、巨大なコルク板が一つ。

 一つの壁を埋めるように設置された巨大なコルク板は、それだけ依頼が多いことの証明だ。

「ただ、最初は下水道の_巨大鼠ウェアラット狩りなんかをお勧めします」

「冒険者って、魔物と戦ったりするんじゃ……」

_巨大鼠ウェアラット狩りも立派な冒険者さんのお仕事ですよ」

 新人向けの依頼となると後はゴブリン退治くらいですし。

 そう付け加えた受付嬢の表情には苦笑が浮かんでいる。

「とにかく、これで登録は完了です。イルフリーデさんの今後の活躍を期待しています」

「は、はい。ありがとうございました」

 イルフリーデは感謝の言葉と共に頭を下げ、受付を離れる。

 拍子抜けしてしまいそうなほど簡単だったとはいえ、これで彼女は冒険者となった。

 ──これからどうしよう。

 冒険者となったからといって、すぐに依頼へ向かえるわけではない。

「宿はギルド布ものを使えば良いとして……」

 何よりも優先しなければならないのは_一党パーティを組むこと。

 何の経験もない新人が一人で生き残れるほど冒険者の世界は甘くない。

 そんなことはイルフリーデもわかっていた。

「な、なあ、君も登録したばかりの新人だろう?」

 声をかけてきたのは、真新しい革の胸当てに剣を腰に吊した少年。

 歳の程はイルフリーデと同じくらいか。

「は、はい。そうですけど」

「俺もそうなんだ。良かったら俺たちと一緒に冒険へ行かないか?」

 高揚し浮ついた声の少年の思いがけない提案。

 それは_一党パーティを組まないかというもの。

 ”俺たち“という言葉の通り、少年の後ろには二人の冒険者の姿があった。

 動きやすそうな軽装に弓と短剣を持った少年と、杖を手に外套を着た少女。

 恐らくは斥候と魔術師だろう。

「俺の_一党パーティなんだけど、前衛が俺一人だと不安なんだ。だから同じ新人の君に声をかけたんだ」

 イルフリーデは少年の言葉を飲み込み、考える。

 冒険者として_一党パーティを組むことは最優先だ。

 自分は英雄でも勇者でもない。ただの一人の新人冒険者。

 新人の_単独ソロ活動など自殺行為も同然。

 見知らぬ者と命運を共有するのは不安があるが、この街に知り合いなどいない。

 それならば、同じ新人で誘ってくれた者と組んだ方が良いだろうか。

 自分が入れば男性二人に女性が二人と比率もおかしくはない。

 ──大丈夫……ですよね。

「わかりました。私で宜しければ」

 少しの間を置き、イルフリーデが頷くと、少年は歓喜の声を上げた。

「ありがとう! 皆、彼女も_一党パーティに加わってくれるって!」

「それで、冒険というのは一体……」

「ゴブリン退治さ!」

 少年の話によれば、街道の近くにある洞窟にゴブリンが住み着いたという。

 ゴブリン──それは誰もが最弱だと口を揃える魔物だ。

 数が多いことが取り柄で、子供ほどの背丈に膂力、知力しかない。

 夜目が利くということしか特徴がなく、人畜に被害を出すという典型的な魔物。

 されど、魔物であることに変わりはない。

 ろくな武器すら持たない村人では対処しきれるものではない。

 故に新人冒険者向けの依頼としてギルドへ依頼が持ち込まれるのだ。

 少年が受けた依頼もそういった類いのものだ。

 村と街とを繋ぐ街道付近に潜み、通行人を襲うゴブリン達。

 運んでいた品々を奪い去り、ついには街道を通り村から町へと向かっていた村娘をも連れ去ったという。

 そんなゴブリン達の討伐依頼。

 何のことはない、よくある話だ。

 何もおかしなところはない、と。

 イルフリーデは少年達と冒険へ向かうことを承諾した。

「あの、皆さん新人ですよね?」

 それまで口を挟まずにいた受付嬢が、何とも言えぬ表情を浮かべていた。

「ゴブリンも一応魔物ですし、もう少し経験を積んでからの方が……」

「ゴブリンなんて四人もいれば十分ですよ!」

 少年が受付嬢の言葉を意に介すことはない。

 何故なら、自分たちの活躍を信じているから。

 語り聞いた憧れの冒険譚の主人公に自分たちもなれるのだと信じて疑わない。

「攫われた女の子を早く助けてあげないと!」

 眼に熱を宿し、決意を語る少年。されど、受付嬢の表情は変わらぬまま。

「…………」

 いつしかイルフリーデの胸中には一抹の不安が芽生えて始めていた。 

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