93.屍界狂想 ネクロノワール 7
「………クッ、姉さん…姉さん姉さん姉さん姉さんっ!!どうして…俺には会ってくれないんだ…姉さん…っ!!」
精神状態が明らかに不安定なシグルドに、リンムレはドン引きだった。
その内ただひたすらにブツブツと呟き続ける青年を見て、恐怖と呆れが綯交ぜになった感情が渦巻く少女は、煤けた機械の右腕で、青年の背中を思いっ切り叩いた。
「姉さ…グッ!?………いきなり何をする…?」
叩いた事で正常に戻った様に見える青年に溜め息を吐く少女は右手を腰に当てて胸を張って諭すのだった。
「いいですか?シグくんのお姉さんはまだ生きてるじゃないですか。それならもしかするとまた顔を合わせて話せる日が来るかもしれないんですよ?………私にはもう、話せる姉妹は居ませんから。」
「…。」
「ですから、その方法はきっと見付けてあげますから、シグくんはドンと構えて私を守って下さい!!………もう、貴方だけが頼りなんですからね?」
少女の言葉に思う所がある青年は、無言で頷き返した。
自分の言葉を聞き入れてくれた青年に、少女は少し悲しくも嬉しさが湧き立ち微笑みの表情を浮かべるのだった。
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「ーーー所で、流石に補給物資が無い事にはこれ以上の戦闘すら心許無いのだが…何か案はあるか?」
そう問い掛けるシグルドに、リンムレは少し考え込み、答えた。
「私の格好を見て頂ければ分かると思うのですが、私は…私達燐夢シリーズは帝国領を出て、皇国の前線で実戦配備される直前に襲われて、全滅してしまいました。」
格好と言うと、リンムレが着てるのはアーミータイプの迷彩服では無く、士官兵上がりのキッチリとした軍服だった。
恐らく式典上がりでそのまま配備される為の配送中に襲われたのだろう。
会った時点で手足がもぎ取られ、下腹部が轢き潰された状態だったので尚更その事に関心が向かなかったのだ。
「…そうか、大変だったな。」
自分と同じく無理矢理不幸を強いられたのだろうと察したシグルドは、リンムレの頭を撫でるのだが…。
「あの、同情は結構です。…そもそも帝国が貴方やあのジークフリードを造ったから、戦争が激化して私達みたいな犠牲者が増えたんですから。」
プンスカと怒った様子の少女から手を離すのだが、激怒している様には見えない。
恐らく鬱憤をぶつけてるだけなのだろう。
シグルドは黙って聞く事にした。
「それでですね、私達の今後の方針の提案なのですが、南に位置する共和国に降るのはどうでしょうか?」
「共和国…だと?………そんな物が存在するのか?…この死に絶えた世界に。」
シグルドは地図知識を持たない。
理由としては幾つか在るのだが、主だった理由は。
・敵国と自国以外に知識を持たせるのは危険。
・他国に寝返る危険性を削ぐ為。
・そもそも開発者で在る三馬鹿と猿山の大将がそんな事に興味がない。
………と、この三つが大きいのだろう。
三つ目の理由は随分と酷い物だが。
シグルドを操るリーダー機やその補佐官にのみ地形データを与えておく方が皇国としては扱い易いのかもしれない。否、死者達を操る存在としては…と言うのが正しいかもしれない。
勿論、人が在ってこその現代地球に置いてはそれは愚策でしか無いのだが、ここは悲しい事に〝死〝が蔓延した世界なのだ。
そして死して人は機械や死骸と融合し、玩具にされて弄ばれる運命に在る。
そんな世界だと知恵や戦術と言った物は育たないのかも知れなかった。
さて、話を戻そう。
シグルドの問い掛けに笑顔で応えるリンムレなのだったが、彼女との会話の内に修理と改善が完了した様だ。
いそいそとサブアームを戻すリンムレなのだが、シグルドに注意を促した。
「一応、分かってるとは思いますけど、これはあくまでも一時的な応急処置です。無理をしたら陸戦小型にすら落とされる可能性も有りますからね?分かってますよね?」
「あぁ、心配無い。お前は俺に敵の指示だけをくれればいい。…目指すは共和国。……行くぞ!!」
リンムレとの簡単な会話を終えて、シグルドとリンムレは再び鈍色の空へと舞い上がった。
細心の注意を払って、敵との遭遇を極力抑えながら。
ーーー陸戦小型ーーー
要するに人間大の大きさで、手足を機械に置き換え機動性と攻撃性を強化した個体、兵種の事である。
足に備え着けられたブースターを用いて、ウサギの様にピョンピョンと跳ねて飛ぶ様に見える事から、ラビットと着けられた様だ。
但し、人型と言うサイズから、超大型の兵器は運用出来ず、あくまでも生きた人間より強力で優秀な人間兵器と言った用途で用いられる。
エネルギー効率はそれ程良くは無いが、単純に武器を選ばない点で取り回しの良さから複数の兵科が扱え、戦場では好まれてる兵種と言えるだろう。
最も、集団殲滅型の戦略兵器には一網打尽にされてしまうリスクが高いのだが。
人間狩りを行うのに適してるのもこの部類だ。
ゆっくり、ゆっくりと…瓦礫を伝い、酸性の川を下って。
…時には山を越える事も在った。
谷を抜ける事も在った。
そうして目立つ身体を何とか必死に隠しながらの移動は実に日数ばかり稼いでしまったのだ。
食糧も燃料も尽き掛けたら瓦礫を、酸性の川すら捕食した事も在った。
身体は朽ち掛けたが、上手くエネルギーに変換して、リンムレへと渡す。
変換しては本体へと渡す。
それは痛みを失ったシグルドの身体にも大きな負担となったのは間違い無かった。
痛みは無かったが、意識のズレが生じ始め、たまに数日間程寝込んでしまう状態になる事も多々在った。
そんな時程リンムレに頼った事は無かったのだが、起きた時にリンムレがボロボロになっていた事も無い事は無かった。
恐らく、サブアームのみで交戦してくれたのだろう。
この本体にも、リンムレがもっと安全に戦える様に武器を取り付ける必要が有りそうだ。
ボロボロの少女の姿を見る度に、シグルドは痛感するのだった。
こうして、日数的には数ヶ月程の旅を経て、シグルドとリンムレは漸く旅の終点で在る共和国へと降り立つのだったが…
………その間も尚、姉が弟と顔を合わせる事は無かった。
ーーーーー
ーーー
ー
「シグくん、遂に辿り着きましたよ!」
「あぁ、漸く目的地か……ここなら恐らく…」
「っ!!上空1000メートルより攻撃!!広範囲への砲撃です!!」
シグルドはリンムレの言葉に即座に反応した。
炎を纏わせたワイヤーを周囲に張り巡らせたのだ。
いつからか、こう言った芸当を熟せる様になっていたシグルドは、自分の能力についての認識が間違えていた事に気がついた。
炎を増幅し、拡大させ、放つ。………だけでは無かった。
炎を脳内のイメージに沿って自由自在に操り、武器や防具にすら組み替える。何なら物質を燃やさない様に付与する事すら可能だ。
まるで魔法だ。オカルトの世界に飛び込んだ様な錯覚すら覚える。いや、こうして死体の身体で動き回っている時点で言うべきではあるまい。
それは最早「炎操者」と言って差し支え無いのでは無かろうか?
兎に角だ、シグルドは張り巡らせたワイヤーで、生み出した炎で。
ワイヤーと炎の合作で、簡易的な防御膜を張ったのだが、それは意図も容易く打ち破られた。
降ってきたのは弾丸では無かった。
雷だった。
ただの雷で在ればワイヤーに吸い込まれ、縄を伝って地面へと落ちて行くのだが、この雷は特別だった。
雷は槍の形をしていた。
雷の槍は炎のワイヤー程度等、簡単に打ち破り、そして無慈悲にもシグルドの厚い装甲へと突き刺さって行った。
どうやら、相性は抜群に悪いらしい。
「ぐっ……ぁっ…!!…この雷は……やはり生きていたかっ!!」
雷の槍のシャワーを浴びながら、シグルドは何処か嬉しそうに口角を歪めて笑っていた。
「シグくん!!敵性識別完了、特殊飛行型!上空より此方へ向かって来ます!!」
リンムレの報告通り、ジークフリードは眼前に舞い降りた。
そして、互いに姿を確認して笑い合うのだった。
「やぁ、親友。」
「よぉ、親友。」
二人は互いに右手同士を向け合っている。
決して握手する為では無かった。
「君があの時、僕達を見捨てたから、僕はこうなったよ。…覚えているかい?名前も覚えてない親友。」
「……謝罪は必要無い。俺は俺の優先すべき事に従った迄だ。そうだろう?名前も覚えてない親友よ。」
二人の間に閃光が走る。
「聞いて安心したよ、親友。…君はすっかり悪魔に成り下がったんだね?」
「どうとでも言え、お前が俺の立場なら同じ事をする。」
「助けたさ!!」
「綺麗事を!!」
二人の戦機は空中に舞い、何度も何度も交差し、打ち合い、互いに拳を叩き付け合った。
それでもどちらも怯まず、時には炎を、時には雷撃を見舞って空に炎と雷のアーチを描き続けた。
「シグくん!?落ち着いてください!!このままだと前回の二の舞ですよ!?」
「分かってる!!…だが、加減が出来る相手じゃない!!」
そんな会話を繰り広げているシグルド達に、ジークフリードは苛立ちを抑え切れずに怒鳴った。
「戦闘中にふざけてるのか!?真面目に戦え!!この悪魔が!!」
ジークフリードが放った雷撃を避け切れず、風防へと直撃してしまうと、その防壁は意図も容易く剥ぎ取られ、中に居たリンムレの姿が剥き出しとなってしまった。
「きゃっ!!シグくん…!?」
バタバタと強風に煽られコクピットにしがみ付くリンムレを見て、動きを止めてしまったジークフリードは思わず呟いてしまった。
「かっ……可憐だ……!」
その言葉に呆気に取られ掛けるシグルドだったが、動きを止めたのを好機と見て、一気果敢に飛び掛かり、炎を纏わせた腕でジークフリードの腹部を貫いた。
「………戦場で油断したのが運の尽きだ。………さらばだ、親友よ!!」
「がはっ…ぁぁっ!!!しっ……しぐるどぉぉ!!!」
そのまま腹の中で爆炎を放とうとしたシグルドだったが…
「いやあああっ!!おっ…落ちる!!」
強風と衝撃に煽られながらも全力でコクピットにしがみ付くリンムレに気を取られて一瞬だけ迷ってしまった。
ーーーー迷ってしまったのだ。
「ぐふっ……甘いな、シグルド…。その甘さが命取りだ!!」
「なっ!?」
シグルドは即座に右腕を引き抜こうとするのだが、遅かった。
腹を巨大な竜の顎に変化させたジークフリードは、そのまま腕を食い千切って飲み干したのだ。
「ぐっ!?……ガァッ!!あぁっ!!!」
痛みを感じない筈の身体に、右腕に痛みが生じる。
シグルドは理解出来ずにいた。
「炎は貰ったぞ、シグルド。……返して欲しければ俺を追って来い!!」
そうして、ジークフリードの巨体は空の彼方へと吸い込まれて行ったのだった。