91.屍界狂想 ネクロノワール 5
幾本もの雷が舞い、シグルドの機体を穿ち制御を狂わせて行く。
戦場に走る稲妻は、ジークフリードと名乗る機体から発せられた物だ。
シグルドは攻撃も回避も出来なかった。
何故なら目の前に存在するのは、成長し青年の姿になったとしても解る程、紛れもなく自分の記憶の中の親友その人なのだから。
青年は後悔した。
青年は懺悔した。
青年はあの日、見捨ててしまった自分を怨み、呪った。
恐らく、彼に殺される事こそが今まで自分が生きて来た意義なのだろうと、そう認識したのだった。
ーーーしかし、シグルドの意識を現実へと引き戻してくれる声が在った。
「ちょっと!!何を惚けてるんですか!?このままでは撃墜されてしまいますよ!?」
シグルドの後方に設計されたコクピットの中からだ。
中には燐夢・令式と名乗る青髪碧眼で、機械で出来た煤けた右腕だけが着いた軍服姿の少女が居た。
「くっ!!何とか私の制御である程度は回避を試みてますが、矢張り反撃に転じれないのはジリ貧です…」
いつの間にか本体制御優先権を奪い、フラフラの挙動で回避を続ける少女なのだが、身体自体に慣れてないせいか、シグルド程上手くは扱えていなかった。
更には主要兵装がシグルドの右腕の火炎放射器だけと言う状況故に、攻撃意思が無い主人に痺れを切らした彼女は思わず死を覚悟するのだったが…
「悪いな、支援機。……アレが〝敵〝なんだな?」
そう問い掛けると、シグルドは再び〝敵〝へと向けて右腕を構えるのだった。
随分と辛そうに聴こえたが、それでも立ち直ってくれた主人に対し、少女は安堵の表情を浮かべるのだが、すぐに引き締めて喝を入れるのだった。
「やっと目が覚めた様ですね?本体制御優先権をお返しします。…私は支援に回りますので、絶対に生き残りましょう!」
他人に操られてる感覚が無くなり、身体の自由が戻ったシグルドは、自分の意志で攻撃を避けつつ右腕のエネルギーをチャージするのだった。
そう、過去の後悔も、懺悔も、何もかもを今は一度置き去りにして。
「ーーー状況は!?」
「はい!随分と攻撃を受けてしまったので、全体被害は40%。これ以上上回ると装甲板が弾け飛ぶと認識して構いません!」
少女の報告に内心舌打ちをしてしまうのだが、それは少女に対してではない。
生き別れ…いや、死に別れた親友と、こうした奇妙な形での再会を果たした事で思考停止してしまった自分の弱さに対してである。
自分達は一連托生だと宣言した直後にこのザマだ。
何と不甲斐ない事なのだろうか?
そして実際、この少女はよく保たせてくれた。この少女が居なかったのならばきっと今頃シグルドは鉄屑に変わって居たのだろう。
彼女が青年を信じ、繋げてくれたからこそ、今もまだこうして空に在るのだ。
そう思うと、青年は少女に対して若干の信頼感が芽生えて来たのかも知れなかった。
ならば彼が自分を信じてくれた少女へと全力で応えるにはどうすれば良いか。
ーーーー簡単な事だ。
宣言通りに皇国の機体で在る目の前の敵、特殊飛行型戦機『ジークフリード』を殺して喰い、新たな力に変えて皇国も帝国も、全てを滅ぼし尽くせば良いだけの事だ。
だから、俺と一つになり力を与えてくれ、親友。
「最後になるかもしれないので言っておきます。」
「なんだ?」
「もし………もしも生き残ったら、絶対に名前で呼んでくださいね?」
「ーーー分かった、だから今は力を貸せ。」
「……約束ですよ?」
シグルドが決意を込めて右腕の形状を攻撃的な形に変化させようとすると、いつもとはまた違った変化を起こした。
右手の五指全てに大きな穴が空いたかと思うと、炎の弾丸が放たれたのだった。
「ーーー何だこれは…っ!?」
「えっ……炎の…機関銃!?」
シグルドと少女の驚愕の声は重なった。
いつもの巨大な火球は威力、大きさ共に絶大なのだが如何せん速度が遅く、高速で飛び回る相手には非常に相性が悪かったのだ。
しかし今回撃ち出したのは小さいながらも速度が早く、熱量自体が非常に高いので相手の装甲を溶かすには十分な威力の青白い弾丸を空にバラ撒いたのだった。
高度5000メートルの気圧、冷気にも関わらず5000℃の弾丸を、そしてそれに応対する様に雷の線が超高度で踊る様な高速戦闘を鉛色の空に彩った。
ー
ーーー
ーーーーー
「回避行動……失敗、被弾。本体被害率、30%」
ジークフリードの声がシグルドにも届いた。
空中にバラ撒いた炎の弾丸の命中数自体は本当に数弾程と少ないのだが、炎の密度が高い所為で十分に装甲を穿ち、落とせるだけの威力を保っていたのだった。
しかし、それでも尚雷撃を放射して来るのを止めなかった。
いつしか二機の身体は、全身が帯電し、非常に危うい状態に変わり果てて居たのだ。
「あの稲妻………戦場の死神……ジークフリード。……っ!!シグくん!不味いです!!」
燐夢・令式は世間知らずに見えるが、馬鹿では無かった。
いつの間にか大気中の水素と酸素量が激増していたのだ。
それもこれも全ては目の前の敵であるジークフリードが無闇矢鱈に雷を放ちまくってくれたお陰だった。
勿論、全く密閉されてない状態の空で水素爆発等起きる筈も無い。
ーーーだが、自分達の身体は、ジークフリードの本体はどうだろうか?
戦闘機の形故に完全な密閉と迄は行かずとも大量の電気分解された原子が一斉に融合したとして、そこにシグルドの炎が加われば?
ーーーー結果的に、シグルドが空中で爆発を起こした直後、炎が本体へと吸い込まれたジークフリードもまた吹き飛び何処かの地面へと落ちたのだった。
ー
ーーー
ーーーーー
ーーー地面に突き刺さった本体を掘り起こし、装甲板の殆どが飛び散った無様な自分の身体を撫でながらシグルドは溜め息を吐いた。
「…何処までも出鱈目な頑丈さだな。」
中で気絶している少女を起こさない様に、シグルドはただひたすらに周囲に散らばる鉄屑を自ら食すのでは無く、本体に取り付けられている剥き出しの屍喰機動核へと近付けた。
すると、核の中心から真っ黒な泥の様な物が溢れ返ったかと思うと、それは真っ黒な狼の顔となり、鉄屑を貪り喰らい始めたのだった。
「………俺が生きていると言う事は、恐らくアイツも何処かで………。クソッ」
シグルドは怒った。静かに、静かに…、しかし燃え上がる様に。
自分の邪魔をする相手が自分の意志すら殺された親友で在る事実に。
自分だけでなく、親友の死骸すら悪辣に利用し、兵隊を作る為に欲望のままに命を弄ぶこの世界に。
そしてーーー
「………んんっ、………ってあれ?生きてる?」
シグルドの耳に届いたのはまたしても少女の声だった。
暢気なその声に、シグルドは思考を止めると、少女へと歩み寄り、鬼の様な形相で見ていたのだった。
「ひぃっ!?……なななっ!、なんなんですかぁ?」
思わずパニックに陥入る少女に顔を近付ければ、シグルドの口からは少女にとって予想外の言葉が飛び出して来たのだった。
「お前、名前なんだったか?」
「ふえっ?」
表情に合わない言葉に、青髪の少女は素っ頓狂な声を漏らしてしまったのだが、少し間を開けて目線を逸らしながら怯えた様に答えた。
「ろっ…六式…歩行戦機…『燐夢・令式』……ですけどぉ…?」
「ふむ、やはり長いな。」
険しい顔で腕を組み、何やら考え込む彼だったのだが、「いや、お前程じゃねーよ」とツッコミたくなる少女は自ら考えを奥底へと引っ込めた。
何故なら、何処と無く機嫌が悪そうに見える彼のサンドバッグにはなりたく無いからなのだが…。
「リンムレ…そうだ、リンムレと呼ぶ。お前は今日からリンムレだ。良いな?」
「はっ…?」
彼と会ってから数度目の「はっ…?」でしたが、もうこの際どうでもいいです。…と、諦め半分、不満半分でシグルドへと詰め掛けた。
「燐夢・令式だからリンムレ……良いですけど、安直過ぎませんか?」
「嫌なら支援機と呼ぶが?」
「べっ、別に嫌だなんて言って無いじゃないですか!………リンムレ…ですか。……ふふふ」
シグルドは初めて少女、リンムレが笑った表情を見た気がした。
そもそもが最初から殺し合って居たのだから仕方ない事だが。
自分もまた、墜落する寸前、シグくんと呼ばれた事を思い出して居たのだった。
「…あ、そっか。……彼も緊張してたんだ。」
そう呟くリンムレに、シグルドは真面目な表情で、再度問い掛け…そして頭を下げた。
「…俺にはお前が必要だ、……力を貸して欲しい。リンムレ。」
今までの態度や応対からは凡そ伺えない様な彼の言葉に、キチンと約束を守ってくれた彼の気持ちに。
ーーーリンムレと呼ばれた少女は、笑って答えた。
「はい、リンムレ達は一連托生ですから。……その代わり、これからも守って下さいね?シグくん。」
その表情は何時もの馬鹿にした物では無く、彼を人と見做した融和な物だった。
ー
ーーー
ーーーーー
「ーーーアイツ、アイツだけは……僕は許さない…絶対に許さないぞ…」
ーーーー憎悪に塗れ、憎しみに囚われた一匹の獣が吼える。
「シグルドぉぉお!!!!」




