89.屍界狂想 ネクロノワール 3
「ーーー我ながら無様だな。」
そうボヤくシグルドの5m四方の身体を無理矢理動かして居るのは、フローターに寄る飛行運動………などでは無く、ロードローラー男の下半身だった部位を無理矢理接続して、スラスターとブースターで更に無理矢理動かしてるからだった。
「ーーー全く、そこの支援機がもっとマトモに働いてくれればこんな事には…」
「………知りません。」
支援機と呼ばれ、主人に逆らう青髪碧眼の少女はつい最近拾った物で、自分が所属していた皇国の敵国である帝国側の最新鋭機の一部なのだった。
帝国の狂った死体愛好家共に囚われてしまった少女は、寄りにも寄って自分達の祖国を地獄の業火を思わせるような炎熱で焼き払い戦争を激化させ、そして自分達の姉妹が人間狩りに遭い、機械兵器として改造され、遂には殲滅の憂き目に追い込まれた原因で在る目の前の青年にされるがままの状態になってしまった。
それは耐え難い程の屈辱で在り、それ以上に彼自身の「皇国に復讐する」…と言う言葉にも信用出来ず、どうにかして身体の主導権を奪い、逆に皇国を焼き払ってやろうと画策していたのだった。
「おい、支援機」
「なんですふぁむっ!?」
「………補給して置け。」
無理矢理口に詰め込まれたそれは軽食程度のクラッカーの様な物なのだが、大分味が悪く、食感ももそもそと湿気っていて酷い物だった。
口に押し込まれたそれを少女は飲み込むと、苛立った様子で責め立てた。
「………はぁっ、なんなんですか?あなたは…」
「俺はどうやらこんな身体でも腹は減る………と言う事を記憶してるらしい。……ならばお前も腹は減るのだろう?」
粗末なクラッカーを口に運びながら言う青年はとても行儀が悪く、少女は呆れて何も言えなかった。
「………全く、あなたのご両親は一体何を教えて来たのやら…」
「俺に両親は居ない。………姉さんが居てくれただけだ。」
シグルドの言葉に思わず息を飲む少女だった。
それでも、シグルドは語る。自分達が置かれた状況を…このイカレ切った国に食い潰されようとしている現実を。
「姉さんも機械人形にされて、どうやら俺のバックアップユニットにされたらしい…。くくく、とんだ茶番だったよ。………俺は姉さんを救うつもりが、実際にはただ俺の記録を保存する為の回路機能?………この身体を…本機を解析すればするほど馬鹿馬鹿しくて本当に………」
シグルドは昼夜問わず空を覆い尽くす汚れた厚い雲を見上げて呟いた。…憎しみに淀み切ったその瞳を、空に馳せて。
「憎たらしいよ。」
シグルドの憎悪に…悲しみに、少女は怯んでしまうのだったが、息を飲んでその手を伸ばそうと………。
腕の無い自分にはそれが出来ないのがとてももどかしく、そして自分が何をしようとしたのか分からず戸惑ってしまった。
「………そうやって懐柔しようとしても無駄ですよ?……あなたみたいな悪魔のせいで……どうして私の姉妹達が殺されないといけないんですか…。」
ー
ーーー
ーーーーー
巨体を隠す事の出来る岩山の蔭に潜み、人間態となったシグルドは、外部から自分の身体の修復を試みた。
背部ユニットより工具等を取り出して開いた核ブロックの点検を行うのだが、よくよく見てみると煤等の詰まり以外には特に異常が見られなかった。
………これは一体どう言う事なのだろうか?
俺の身体には自動修復装置が組み込まれて居るのだろうか?
核ブロックに接続しても何の解答も得ず、シグルドは理解を深める所か自分が触れてはいけない何か深みにハマってしまってるのでは無いかと怖気を感じてしまったのだ。
シグルドが唸って居ると、少女は今が好機なのでは…と、核ブロックに無理矢理接続を試みたのだった。
「接続!!プライオリティコード変換!!六式歩行戦機『燐夢・令式』!!シフトアップ!!」
少女は無理矢理アクセスコードを変換し、身体の優先権を得ると、その恐ろしい体積を凶器に変えてシグルドへと牙を剥くのだった。
本機に右前方部に備え着けられたサブアームの大振りに、シグルドは即座には対応出来ず、殴り飛ばされ岩肌へと叩き付けられた。
「………道具が、主人に歯向かうか。……良いだろう、死にたければ来い!!」
シグルドは一度体制を整え直し、本機の側面へと周ると人としての形を失った銀色に鈍く光る右腕を少女へと向け、業火に変換するエネルギーを溜め、炎を吐き出そうと………するのだが。
「何っ…!?エネルギー切れか…!」
それは火を噴く事ない、ただの鈍器へと成り果てていたのだった。
どうやら度重なる様に巨大な炎を生み出して来た事で内部に溜まっていたオイルを使い切ったらしい。更に先程の少女からの一撃だ。エネルギーを失っただけでなく、岩肌に叩きつけられた衝撃で右腕内部の火炎放射器がひしゃげたらしい。それなのに右腕本体は無事なのだが…。
しかし、こうなっては頼みの綱の武器もマトモに扱えない。
シグルドは思わず舌打ちをしてしまった。
それを見て居た青髪の少女は、見下した様に、馬鹿にした様に目の前に立つ武器を持たないちっぽけな男を笑っていた。
「滑稽ですね、ご・主・人・様?たかが道具如きにいとも簡単に身体を奪われて、頼みの綱の武器はガス欠。………こんな程度の低い悪魔に私の………私の家族が奪われて…!!絶対許さない…!!」
少女の自暴自棄な暴れ方にシグルドは回避する事しか出来なかった。
少女が右へ左へとサブアームを振り回し、全長5mの巨体を揺らす度に岩山は崩れ、自分達へと瓦礫が降り注ぎ、シグルドは戦機だけでなく瓦礫も避けなくてはならなかった。
何か手は無いか………と、手段を探るシグルドだったが、手持ちの物と言えば簡易の工具にワイヤー。
中途半端な装備だが、彼は徐にワイヤーを手に取ると右腕の中へと押し込んでみたのだが、先に取り付けられていた火炎放射器が外れたかと思うと、今度はワイヤーが内部で再生成され、リールが取り付けられ右腕から射出出来る武器となったのだ。
どうやらシグルドの右腕は本人の意思次第で武器の切り替えが出来るらしい。ー最も、ワイヤーリールを武器と評して良いのかは定かではないのだが。
「…全く、何処までも出鱈目な身体だ。………来い、支援機!!お前を調整してやる!!」
「ふざけるな!!私が…私があなたを破壊してやる!!」
シグルドが瓦礫の端にワイヤーを打ち込むと、先端が鉤状となり、岩を穿ってガッチリと食い込んだ。どうやらこの動きに咄嗟には反応し切れていない様だ。
そしてそのままワイヤーを右掌の穴から伸ばし続け、巨大な戦機の周囲を回り、大きく動けない様に縛り付けたのだった。
「このまま…反対側を対面に突き立てれば…!!」
シグルドが全力で対面の岩へと飛び付こうとするも、その程度の事は読んでいた少女によって阻まれてしまうのだった。
サブアームによる脳天からの打撃でシグルドの顔面左側は破れ、砕け、大量の血液と共に内部を構成していた機械部品が周囲に散らばったのだ。
不幸にも、脳天を穿たれた勢いは殺されず、そのまま地面にめり込む程に叩きつけられてしまった。
「させると思いますか!?……地面に叩きつけられて、最早これまでですね!?」
地面に叩きつけられたシグルドを、少女は自分がされた様に、あの難いロードローラー男にされた様に、戦機自体の身体で踏みつぶそうとした………が
「……憐れな奴だ。………好きにしろ。………だが」
めり込んだ顔を上げ、顔面半分を失おうと右腕を歪に動かし続け、戦意を失わないシグルドだったのだが、流石に分が悪いのか少女の行動に抗おうとしない男に構わずトドメを差そうと最早眼前に迫る巨体に、悪魔地味た破壊力のサブアームに、シグルドは両眼を閉じて告げた。
「代わりにお前も地獄に連れて行こう。」
「負け………惜しみをぉぉおおお!!!」
そしてその巨体が前へと跳ねた時、無理矢理引っ張られ続けたせいで脆くなってしまった岩山の岸壁は崩れ、天井が降り注ぎ、二人は瓦礫の山へと飲み込まれたのだった。
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「くっ………ううぅ……」
少女が頭から血を流し、弱った身体で戦機本体へと項垂れて居ると、何かに包まれて居る感触を覚えた。
それは岩肌でも無ければ、憎き仇の男でも無かった。
………それはとても綺麗な女性だった。
「あなた…大丈夫?」
透き通る様なその声はとても優しく、そして暖かさを冷たくなった身体に感じさせてくれた。
「もう、女の子が無茶しちゃダメよ?………あの子は女の子の相手がとても下手なんだから。」
ふわりとした金色の髪は、優しさを感じさせる翠の瞳は、青髪の少女を戸惑わせてしまった。
そもそもこの人は一体何処から現れたのだろうか?…いや、自分は知っている気がする。
何故ならこの人には下半身が…
「………えっ、……あなた…は?」
「私は…」
ーーーーー
ーーー
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ガラガラと大きな音を立てて瓦礫を除ける漆黒の青年の身体はボロボロだった。
顔も半分程失われ、常人で在れば痛みに耐え切れる筈も無く、絶命は必死なのだが、そこは成る程、痛みも無ければ動くのに大した不具合も無い。なんなら顔や脚が失われても普通に立って歩けるのだろう。核さえ傷付いて無ければだが。
全く、大した化け物にされたものだ。
青年は心に炎を燃やした。
自分を、愛する姉を、他の人間達を、下らない自己顕示欲の為に、最早失われて久しい国力の誇示の為だけに人狩りを行い、殺し、改造し、兵器ならともかく、滑稽な玩具に作り替えて楽しむ上流階級とやらの下劣さに。
自らを死体卿やら、機械王と名乗る外道共に。
怒りと憎しみと…激しく燃え上がる憎悪に、己の人格を焼き切られ様とも、皇国も帝国も、構わず総てを殺し尽くそう…と、シグルドは心に深く焼き付けたのだった。
しかし、青年の背後で瓦礫の山が吹き飛んだと思うと、中から巨大な戦闘機地味た物が突き出して来た。
シグルドは咄嗟に身構えるのだったが、戦意が見えず、暫く少女の出方を窺ったのだが………自分に投げ掛けられたのは呆れを孕んだ言葉だった。
「………何を黄昏てるんですか?」
自分を見下す青髪の少女の目は、敵意こそ失せないものの、先程の様に問答無用で襲い掛かって来る気配は無かった。
少女の問い掛けに、シグルドは訳が分からず思考停止してしまうと、少女は動かない男にサブアームを差し出して
「貴方の事は信用してませんし、先程の争いの所為で皇国側から未確認部隊が接近してます。………一度身体はお返ししますけど、貴方の事は今後少しずつですが見極めようと思います。」
「………何があったかは知らんが、二度と俺の邪魔をするな。…俺はこの世界の歪みを殺し尽くす。」
それだけを言うと、シグルドは本機へと戻るのだったが、少女は溜め息混じりに男へと主導権を返したのだった。
「全く、セシルさんの言う通りですね。…無愛想で思い込んだら周りを見ない…最悪です。」
「セシル…だと!?お前っ」
シグルドの顔のすぐ目の前まで近付いた青髪の少女は、その言葉を遮る様に恭しく、そして不服さをまるで隠さずに自己紹介をしたのだった。
「改めて、私は六式歩行戦機『燐夢・令式』。元は陸戦小型の進化派生型です。最新型の試作機の為、燐夢シリーズに備えられたステルスは出来ませんが、以後お見知り置きを。」
ディストピアも良いものです。
退廃的で、救われて無くて、不自由な自由で。




