7.三年間の空白
────冷たい風を受け、少女は町を眺めていました。
さらりと腰まで届く金糸の髪は、風を受けてキラキラと太陽の光を反射し、マラカイトグリーンの瞳は優しさを湛え、母に似た可愛らしい顔立ちは異性の視線を嫌でも集めてしまいます。
体躯も健康的で、女性らしい身体付きです。
髪を止めた緑のバレッタも、可愛らしいリボンが飾り付けられていました。
そして緑の基調とした服は大人しくも多少活発なイメージです。白いブラウスはコルセットで締め上げられ灰緑色のケープを羽織ってます。
緑のスカートもスリットが入ってフリルで上品さを損なわせません。
少女の名前はエルキュール=グラムバルク。
あの事件から三年の月日が経ち、健やかに淑女として成長しました。
───星蝕者に貫かれて尚、生きてました。
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ー 三年前 ー
例の事件の翌日の事でした。
完全に人生の幕を下ろしたと思われたエルキュールでしたが、朝、目を覚ました両親が娘の様子を伺うと、落ち着いた呼吸をしていました。
戦場を渡り歩いたヴォルフガング=フォン=グラムバルクは今までに数多くの御遺体を見てきました。そんな彼だからこそ明らかに生きた人間の状態では無かったと認識していましたが、血色も良く、温かな体温で脈打ってました。
急ぎ、町のお医者様として呼び出された風貌の初老の男性は言いました。
「………ふむ、…間違いなく生きてるね。」
驚く事に、エルキュールは一度息を引き取りましたがもう一度息を吹き返しました。
当時の状況を聞いた町医者様はエルキュールを検診し、診断しました。
「星蝕者に何らかの…その、…毒の様な物を打たれたのでは無いかと思うんだ。………その証拠に彼女の体内から奴等の体液が検出されたんだ。」
「摘出?…とんでもない。毒は彼女の身体を汚染し全身に定着してしまっている様だよ。」
「………この毒も、たまたま彼女の心臓付近に残留していた物を採れたものなんだ。既に混じり合っていて、まるでそんな出来事が無かったかの様だよ。」
「グラムバルク卿、とても酷な事だが、覚悟して聞いて欲しい…。」
「まず、彼女は恐らく…保って十年程の命だと言う事と。」
「もう一つは…。」
「…悲しいかも知れないが彼女はもう子孫を残す事は許されないね。」
「この子が子を成せば新たな星蝕者が産まれて来るからね。」
お医者様の話を聞いた母ミューリッツァと父ヴォルフガングは、激しく狼狽し、意気消沈してしまいました。
お医者様曰く、この症状には前例があるとのこと。産み落とされた子は悉く感情を持たず、産まれた瞬間から世界に存在する総てに対して敵意を向け、身体を造り変えて目の前の物から順に、淡々と攻撃をし始めたとの事でした。
「辛いと思いますが、……決断はお早めに。」
その後、母は私を見る度に辛そうにします。
父は今まで以上に家に寄り付かなくなってしまいました。
私にとって唯一の友人であり、親友のアリシアは…
それから三年間、一度も会った事が有りません。
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ー現在ー
私、エルキュール=グラムバルクは、あの事件から虚弱体質が改善されました。
尤も、ようやく人並み程度には動き回れる様になっただけですが。
勿論、魔力がからっきしなのも変わりませんでした。
力一杯駆け回っても胸が痛くなる事も殆ど無くなりました。
ですので、今はとある目的の為に弓などを練習してます。
私にとって最後の幸せだった時間。
最愛の親友からの贈り物は、私に夢を…やりたい事を与えてくれました。
───世界中を旅して、衣服や宝飾品を自分なりに作ってみたい───
子供の頃に親友と見たあの本の様に、自分の爪痕を残したくなりました。
それから、これはまた別のお話なのですが、以前より記憶に実感が伴い、俺は佐藤剛士を俺として受け入れられる様になりました。
恐らく、あの日の夜に自分から大事な何かが抜けて行った事も理由だと思います。
まぁ、感性はもう完全に肉体に引っ張られて女の子の物になってますけど。
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私、エルキュールは今でも……寧ろ以前より一層の事、外へは出して貰えなくなりました。死にかけたので当然の事なのですが。
そんなある日の事でした。その日は町でお祭りが開催されてました。
どうしてか私は堪え切れず、お祭りに行きたいと母に強請ってしまいました。恐らく三年間の軟禁状態の生活は、私の欲求と衝動を高めていたのでしょう。
母は今にも泣きそうな、はたまた爆発してしまいそうな表情で私を強く止めました。
「お願い、エルキュール…お母さんを困らせないで?」
「お母…さん…、でも、このままじゃ私、何も無いの。何も出来ないままは嫌なの…!」
「大丈夫よ…」
「お母さんが守ってあげるから…あなたは心配しなくていいの…。」
酷くやつれた顔でした。酷く思い詰めた顔でした。酷く盲信しきってました。
────話が通じませんでした。
愛する母がこうなったのは自分の責任です。これ以上追求は出来ませんでした。
………それでも私には欲求が抑えられませんでした。
すぐに戻ればバレないだろう。…そう思い、私は二階の窓からカーテンをロープの様に加工して、それをタンスに括り付けて、こっそりと脱出しました。
ごめんなさい、お母さん。帰ったらちゃんと謝ります…。
私、エルキュール=グラムバルクは不良になりました。
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久しぶりの町並みは所々変化があるものの、変わらない部分は全く変わらず、何処か懐かしさを感じさせます。
町はお祭りで賑わっているものの、私はと言うと…。思い出の場所を巡ってみる事にしました。
親友と行ったパン屋は………ありました。
親友と行った図書館は………粛々と盛況の様です。
親友と逸れた際に訪れた広場は……今では謎の建物が建ってます。
例の喫茶店はと言うと………ありました。どうやら細々と続いてた様です。
少しお茶を楽しんでから、本屋へと足を伸ばしてみましたが、相変わらずの様子です。
それにしても、以前は遠く感じたこの道も、今や五分程とは自分の成長ぶりを実感出来るものなのですね。
まぁあの頃は三十分くらいに感じましたが…。
一通り町を見て回り、私は親友の工房へと足を運ばせました。
辿り着いたものの、私の足は鉛になった様に動きません。
…三年間音沙汰無しの親友に、…何故会いに来てくれなかったのか。どうして連絡すらくれなかったのか。
その理由を尋ねるのがとても怖いのです。
もし、私のせいで何か酷い目に遭ったのなら…。いえ、寧ろ自分が一度死んだのは自分のせいだと思い詰めているのでは無いかと
……それとももう、私の事など嫌いになってしまったのかと
とても怖くて仕方が無かったのでした。
しかしそんな想いは背後からの声に打ち破られました。
「…………エル…?」
少しハスキー掛かってますが、懐かしい声でした。私が間違える筈も有りません。
思わず身体が跳ねてしまいました。…ですが、勇気を振り絞って後ろを振り返ると、そこには会いたかった面影が私を見詰めていました。
「アリシア……なの?」
──目の前に居たのは目も覚める様な美少女でした。