86.弱者の気持ち
ーーーとある商隊が寄せ合う森林公園にて。
「ーーーーファッ!?ああああああああの獣神のゆゆゆゆ勇者がいななななっ……はぁぁあああっっっ!?」
酷く取り乱す声の主は、近頃この商隊の一員………監視役としてお目付けられた沙霧の物でした。
どうやら彼女が言い付けられた監視対象の内の一人で在るアリシア=バーネットの離脱は、彼女にとっても予想外の出来事であり、君主で在る竜炎の勇者紅蓮からの折檻の元にもなる様です。
ワナワナと震えて酷く青褪めた表情で「若君に殺される若君に殺される若君に殺される」…と繰り返しばかりでした。
「早朝に分かれたあのキャラバンの人達に着いて行ったみたいなのよ。」
ーーーと、シャリアの代わりに説明をするシェリーでした。
「おう!俺様は知らんが、あのキャラバンの連中は中々話が分かってたのに、勿体ねぇよなぁ?」
「じゃあ着いて行けば良かったんじゃないのかしら?クソ山賊」
「おうおうおう!姐さんそりゃヒデェぜ!!俺様が居た方が戦力的に安心だろう?」
早々に漫才を始めるライネルとシャリアにマックスは何やら意味深な視線を向けるのでした。
「それにしても、全く困ったわねぇ〜。あたし達あの竜の勇者サマに殺されるのかしらぁん?」
話題を戻してヘラヘラと厭味たっぷりで笑い掛けるシャリアの表情に沙霧は煮え湯を飲まされた様な苦悶の表情を浮かべます。
「ぐぬぅ…私だって若君の期待に応えられなかったのです。…きっとタダでは済みませんよ!!」
「アリシアちゃん…」
壺の中から心配そうに覗き込むシャルロットは、現状に着いて行けず只々涙を零してました。
「ーーーって言いますか!!貴女達、恋人同士として付き合い始めたのでしょう!?暫くは監視役も安泰だと思ったのに………それがどうしてこんな……!!…って、聞いてるのですか!?」
飛び掛かる様な勢いでエルキュールへと掴み掛かる沙霧でしたが、一瞬浮かべたエルキュールの目に光を宿さないかの表情にハッとして離れようとしますが…
「うん、私ってばアリシアの重荷だったみたい。にゃっははー、まぁ仕方ないよね?私が側に居るとアリシアはダメだって言ってたし?」
すぐに明るく困った様に言う彼女の言葉に沙霧は、シャルロットは絶句しました。余りの言葉の軽さに、薄っぺらさに、思わず彼女に対する想いがその程度なのかと疑いさえしました。
「エルキュールちゃん、ちょっと奥で休んでなさい?」
「うっす、お嬢や巫女さんは俺等が宥めとくっすから。」
大人二人組がエルキュールへと促すと、それに応える様に…
「はーい、なんか気を遣わせちゃってごめんなさーい。…あ、シャルちゃん、さぎっちゃん!私のせいで辛い想いさせちゃってごめんね?だいじょーぶ!アリシアだって絶対大きく成長して帰って来るから!」
それだけ言うと、シャルロットと沙霧の頭を撫でてトラックの中へと入って行きました。
「…やっぱり無理してるよね?」
「…ですね。」
シャルロットは沙霧と顔を見合わせて話してましたが、すぐにシャルロットは壺の中に入ってしまいました。
「姉御…。」
「さーてね、単に何も考えて無いだけかもよ?」
樽を椅子に紙束を広げるシャリアに目配せをするマックスでしたが、それ以上取り合う気が無いと言ったシャリアの態度にマックスは考えるのを止めて備品の購入へと向かいました。
「あれ?俺様ちゃん無視?おーい、姐さーん?マックスのダンナー?」
ーーーーー
ーーー
ー
ーーー森林公園より少し離れた岩場で。
「ーーーはぁ、若君に何と報告をすれば…」
とても憂鬱な気分でお札の様な物を取り出す沙霧は、何やらそれを口に咥えて魔力を集中させました。
彼女が行なっているのは魔力と神通力を用いた念話です。
予め契約した相手と、護符を通して思念で会話をする事が出来ると言う、携帯電話の様な物で、通話記録も残らず、護符を破れば悪用もされないので便利な物です。
『ーーー若君、若君、聞こえますか?こちら沙霧です。』
一呼吸置いて、念話の相手から返事が来ました。
『ー何があった?』
ギクリと身を竦ませる沙霧はたっぷりと滝の様に冷や汗を流しながら念話の相手からの声に返します。
『………じ…』
『じ?』
『………獣神の勇者が………居なくなりました。』
沙霧の言葉に、暫くの間が訪れると、やがて竜炎の勇者から指令が下りました。
『捨て置け、…それより氷神竜の御子はどうした?』
『えぇ…あの……あの者は未だ懐柔出来てませんが、それも時間の問題かと…』
『………目的を忘れるな。生きているならいい、吾はこれより氷神竜に会いに行く。何があっても御子だけは生かして連れて来い。』
『えっ?あっ、え?あの…』
意外にも意外過ぎる紅蓮の指示に、沙霧はキョトンとしたまま返事が遅れますが…
『それから貴様は罰則として合流した際は裸吊りだ、覚悟して置け。』
『』
沙霧が言葉を失ってる内に紅蓮から一方的に念話を断ち切られました。
「いやあああああああああ!!!!!乙女の尊厳があああああああああああ!!!!!!」
沙霧の魂の咆哮は、森林公園に広がりましたとさ。
ーーーーー
ーーー
ー
ーーーエルキュールが作業場へと戻ると、机の上には帽子が一つ置かれて居ました。
朝はアリシアを探していたため気が付かなかったのですが、そこには岩門の街からずっとアリシアが被っていたあの羽付き帽子がそこに鎮座していたのでした。
エルキュールはそっとその帽子を抱き上げると、何か封筒の様な物が地面にひらひらと落ちました。
帽子を丁寧に机の上に置いてその手紙を拾い上げると、それはアリシアからの手紙でした。
エルキュールはそれを開いて、ゆっくり…ゆっくりと、一文字一文字に心を込めて読み上げて行きます。
『親愛なる、愛しいエルキュールへ
貴女がこの手紙を読む時、貴女は怒ってるでしょうか?それとも悲しんでるでしょうか?
わたしは貴女に許される資格は有りません。
わたしは貴女を守ると誓い、それを破りました。
嫌われるのはとても辛いですが、それでもわたしは旅立つ事を決めました。
勝手なわがままを言ってごめんなさい。
親友として、貴女をずっとずっと想い続けます。
また会えたなら、いつかまたその日まで。
ーアリシア=バーネットー』
………エルキュールの瞳には涙すら浮かびませんでした。
ただただ、文字を一つ一つ拾い上げ、彼女の愛しい心を大切に抱き締めて
そうして、一言だけ呟きました。
「いつこんなの書いたのよ…私達は恋人…でしょう?…ほーんと、マヌケな勇者様なんだから。」
ーーーーー
ーーー
ー
………アスクレピオスが静かに、眠たそうな表情で部屋に篭り、コーヒーを嗜みながら書類を作成して居ると、何時の間にか来客者が居ました。しかし、特にどこも怪我をしてる様子も無ければ、病気を漂わせてる気配も有りません。
「…何か用かな?エルキュール君?」
エルキュール=グラムバルクは、以前自分が入っていた高度治療装置で有り、アスクレピオスの大切な十字架に頭を寄せて地面に座り込んで居ました。
「あのねーピオスせんせー。なーんか胸がズキズキーって痛いんだけど、病気かなぁ?」
エルキュールは徐に服を捲り上げると、程よく育った胸を揺らしてアスクレピオスへと向けますが、アスクレピオスは視線すら向けずに彼女に言い放ちました。
「………勇者君は君が眠っていた間も戦い続けて居たが、君はすぐに諦めてしまうのか?」
アスクレピオスの言葉がエルキュールへと突き刺さります。
「………うん、少なくともアリシアは側に居ないから。正直頑張れるか分かんない。」
アスクレピオスが溜め息混じりに振り返ると、上半身下着姿のエルキュールをベッドへと押し倒し、…そして。
「………君は簡単に折れる様な子なのかい?…あの勇者君がして来た努力を、こんなにも簡単に捨て去れると言うのなら、私は君の主治医をした事をとても後悔して居るよ。」
そう言ってエルキュールの頰に手を添えると、ゆっくりと顔を近付けて言いました。
「………軽はずみな行動は控えなさい?年若い君には分からないかも知れないが、世の中には遥かに辛い現実も沢山有る。………だからこそ、後悔が無い生き方を選びなさい。私に何かを求めても、私は命を守る事しか出来ないからね。」
そして、顔を離すとゆっくりとシーツをエルキュールに被せて彼女の頭を優しく撫でました。
頰を膨らませたエルキュールがシーツを抱き締める様に抱えると、一言漏らしました。
「ーーー私はもう、生きれる時間が少ないんだけどなぁ。」
ーーー十字架の中で、ゴポリと空気が揺らめく音が鳴りました。
次回からネクロノワール事、セシルくんの過去篇です。
死体、機械、ディストピア感満載、戦争、汚系表現、異常な程の悲壮感等々、苦手な方は
104へ一気に飛んでも構いません。
寧ろ飛んだ方が良いと思います。
ラドンもそうだそうだと言っています。




