74.いつも通りの朝
ー
ーーー
ーーーーー
『水の庭』にやって来てからおよそ二週間程が経ちました。
二週間の間、様々な面々が顔を出してくれましたが、ついにシャリアとセシルの姿を見る事は有りませんでした。
すっかり元の通りに動き回れる程に回復したエルキュール=グラムバルクは、ベッドの上に座り込んだまま朝日が零れる窓から街を眺めていました。
美しい青い海を切る様に流れる船を今にも眠そうな碧色の瞳で追いながら、金色に輝く中に所々が青紫色でコントラストを描く髪を潮風に晒して、ポツリと呟くのでした。
「世界滅びないかな…」
一糸纏わぬ姿で、特に何の気も無しにボケーっとしたまま物騒な事を呟いた彼女は、前回自分の心の中のツッコミを完全に棚上げしてました。因みに目に光沢が有りません。
そんな彼女の隣で、もぞもぞと動く膨らみが有りました。
「おあよう…えるきゅーるぅ…」
ふわふわとした茶色の髪を愛しい相手の胸元に擦り付けて甘える小さな少女の名前は、アリシア=バーネット。これでもエルキュールと同い年です。
そして、エルキュールを全裸にひん剥いた犯人でした。
因みにアスクレピオスは気を利かせて別室で寝てます。
「おはよう馬鹿娘。私の嫁は随分と人を辱めるのがお好きな様で。」
そう言いながら、甘える少女の頰を両手で抓ります。DVでは在りません。当然の権利です。
痛い痛いと悲鳴を挙げながらも、随分と幸せそうな表情です。
それもそのはずです。先日、漸くアスクレピオスから共に寝てもいいと許可が得られたので、アリシアは喜び勇んでエルキュールの褥を荒らしました。実に一月振りではないでしょうか?
現在のエルキュールは、知る人が見ればどう見ても明らかな程に性格が違う様に見えます。優しさと言った空気が成りを潜め、世界を嫌ってる様な言動と気怠さを感じさせます。
しかし、アリシアは受け入れているのか現実から目を逸らしているのか、今のエルキュールにも以前と変わらず愛を振り撒き続けます。
因みにこのアリシアを「嫁」と稱する辺り、エルキュールとしては満更でも無い様ですが。
「あんたさぁ…少しは普通に寝れない訳?毎回毎回寒いんだよね…脱がされるとさ。」
若干荒っぽい口調とジト〜っとした視線を向けられても尚、エルキュールに甘え続けるアリシアのメンタルの強さは流石と言いますか、もう諦めてます。
「………まぁいいけどね。なんか妹っぽくてかわいいし」
「えあ!?わたしがお姉ちゃんでしょ!?って言うかずっとそう思ってたの!?」
急に頭を上げるアリシアの後頭部がエルキュールの顎を打ち抜いた後、エルキュールは余りの痛みに悶絶してしまいました。アリシアは何とも無いのか平常通りです。
この石頭勇者が…。
その後もアリシアは気にせずエルキュールの素肌に擦り付いたり舐めたりと、やりたい放題していました。
ー
ーーー
ーーーーー
一通りイチャついた(一方的に)後、エルキュールは用意された服と睨み合います。
用意されていた服は青紫系のドレスでした。
白いブラウスをインナーに、ドレス自体も所々でフリルが付いていて、黒いリボンがあしらわれた可愛らしいモデルです。更には暗色系の紺のケープも一緒でした。黒いベレー帽にはふわふわとした毛玉のチャーム付きです。アリシアが着てもお嬢様に見える位に落ち着いたデザインの洋装です。
一見特に問題は無い様に見えます。どうやら用意した人がシャリアとの事で、何か思惑が有りそうなのが怖い所です。
では何が気に要らないかと言いますと。
「………どうしよう、単純にシックなのは趣味じゃないんだよなぁ…」
そんな失礼極まりない呟きを聞いたアリシアはふと提案して来ました。
「それならちょっと改造してみたら?」
そんな提案に悪い顔をしてしまったエルキュールは早速とばかりに裁縫道具と小物や生地をバッグから取り出しました。いつの間に買い込んでたのでしょうか?
とにかく時間だけは有りましたので、この二週間の間に作り込んでいた小物や、生地を弄って遊んでた物から選別して早速改造し始めます。
アリシアは邪魔をしない様に離れてくれてますが、時々背中にピッタリくっついて来てとても危険です。
「危ないよ?針刺さるよ?私に。」
「だって………久し振りだし…」
刺さって良いんかい。
随分としおらしい事を言って甘えて来ますがアリシアに刺さっても危険ですよ?失明とか怖くないんですかね?
…アリシアのちょっかいも程々に、エルキュールは服を仕立て上げました。
そして服に袖を通し、ケープを羽織り、帽子を被ればアリシアを伴い皆が集うであろう食卓へと向かいました。
ーーーーー
ーーー
ー
「おはようございます、皆さま方。この度は多大なご迷惑をお掛けして、申し訳ございません。」
エルキュール=グラムバルクはアリシア=バーネットの隣で謝罪を告げると共に恭しくにお辞儀をしました。
エルキュールの丁寧なお辞儀に目を丸くする者も居ましたが、シェリーはニコニコと以前と変わらず明るい笑顔です。マックスはそもそもシャリア以外の女性には余り関心が無いのか、挨拶をして「気にするな」と一言で終わりました。
シャルロットはトテトテと可愛らしく歩み寄っては「綺麗」とか「お姫様みたい」とか子供らしい感想を述べてます。平仮名で。
山賊のライネルが目を丸くして助平な視線を向けてる犯人でした。エルキュールは興味がないのでどうでもいいですが、彼が羽織を着せてくれた事は既に忘却の彼方なのでしょう。
アスクレピオスは何やらとても優しい笑顔で迎えてくれました。口ではお金と技術と名誉の為と言う物の、根底にあるのはやはり優しさと人を救いたい気持ちなのかも知れません。
そして室内に居た最後の人物。シャリア商会の主人ことシャリアがエルキュールの側に歩み寄り、思いっきり抱擁しました。
「エルちゃんひっっっっさしぶりぃ〜〜〜!やぁーーーーっと、あたしの元に帰って来てくれたわねん?……んん?なんか渡した服、ちょっと変わってる?エルちゃん好みにしたのかしらん?」
シャリアの見立て通り、全体的には元のフォルムを余り崩さずスカート部分を右脚が動かし易く斜めがけにスリットを入れ、シルク生地で上手く手直しをしたり、大きく変わったとするなら全体に星をあしらった装飾を散りばめた事。そしてホラー系ファッション風に全体的に吸血鬼や魔女を連想させる様な調整をしてました。羽根は着いてません。
ーーーエルキュールはシャリアに抱擁されて苦しそうにもがきますが、ふと気付きました。
「………ぶはっ!!………シャリアさん、右眼、どうしたの?」
エルキュールの質問に、ちょっと気恥ずかしそうにシャリアは右眼の眼帯を撫でながら耳元で囁きます。
「ちょっと…名誉の負傷をね?エルちゃんは気にしないでねん?」
そう語るシャリアの表情は、とても明るく怒りも悲しみも後悔も、微塵も感じさせません。
そんなシャリアに好き勝手気ままに身体中を弄られて離れようと必死になってますが、シャリアの力と技術からは逃れられませんでした。
うん、実に他のお客様に迷惑です。迷惑ですからやめて下さい、ホントやめて。
しかし分かってましたが、エルキュールの願いは虚しく、やはり一通りシャリアからも身体を弄られビクンビクンと痙攣する程に弄ばれ、起き上がれずに居ると、エルキュールはふと視線を上げて尋ねました。
「………セシルは?」
エルキュールの質問に空気が凍り付いた気がしました。明らかに目を逸らす者も居ます。
その反応を見て、幾ら状況把握に鈍いエルキュールだと言っても少しはおかしいと思ったでしょう。流石に何かが有ったのだと理解しました。
「………取り敢えず教えてくれる?アリシア?」
エルキュールの声にビクッと身体が跳ねたのは説明を求められた張本人でした。
エルキュールはアリシアに視線を向けますが、あからさまに可哀想な程に怯えてる様子を見ればただ事じゃないと誰もが感じる事でしょう。エルキュールもまた、察しました。察したつもりでしたが、自分が担がれてる可能性も捨ててませんでした。
………とは言え、今のアリシアにまともな会話ができるとは思えません。
「シャリアさん、何があったの?」
エルキュールの上でエルキュールの指先をしゃぶる褐色の女性に語り掛けると、ニッコリ笑って何があったのかを、二週間前のあの殺戮を語り始めました。




