73.エルキュール、うぇいくあっぷ
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爽やかな朝の日差しとウミネコの鳴き声、鼻に纏う海風の薫りに目が覚めると、自分が今何処に居るのかさえ分からず、ぼんやりと木製の天井を眺めて居ました。
まだ眠いのですがおはようございます。エルキュール=グラムバルクです。
久し振りの挨拶で少し緊張してますが、私は大丈夫です。
どうやら私は簡易な寝間着を着ている様です。裸じゃなくて良かったです。
今現在、止まらない欠伸をそのままに、ムニャムニャとリアルに漏らしながら周囲を見渡すと、近くのベッドが膨らんでます。アリシアでしょうか?
でも何だかアリシアにしては膨らみが大きい気がします。
それにしても何だかやけに面倒くさく感じるので、調べるのはやめました。とりあえず自分自身の現状を再確認しましょう。
まず私はファルネリアから南西の森林で、あのクソ変態オカマに襲撃受けました。
んん?何か引っ掛かりますが、面倒なのでどうでも良いです。
そこで私の右足の膝から先が切り落とされたと思いましたが、綺麗に痕すら残さずくっ付いてます。
アリシア達が取り戻して医者に治して貰ったのでしょうか?
それともまさか夢………なんて事はまずあり得ないですよね?
「ーーー痛っ、やめやめ。」
もうあの時の事を考えるのはやめましょう、頭が痛くなります。
それからの記憶がありません。長いこと眠ってた気がします。
何と無く、消えて無くなりたいとか思った気がしますが、まぁどうでも良いです。考えるだけ面倒なので。
さて問題は、私が今何処に居るのかです。
私とアリシアとシャルロットと、そしてあの黒い剣士はファルネリアを目指してたのですが、気づいたらこの部屋に居ました。
シャルロットが泣いてた気がしたので慰めた気がしますが、夢だったのでしょうか?
「………あぁもう、面倒くさいなぁ…。」
思わず呟いた自分の言葉に内心驚いてる様な、そうでない様な。元からこんなだった様な…
…とりあえずアリシアを起こしますか。
私がベッドから降りて、隣のベッドに向かおうとすると、脚に力が入りません。思いっきり崩れ落ちて大きな音を立ててしまいました。
なんかすっごい衰えてる気がするんですけど?
「んん……っ」
聞き覚えの無い女性の声でした。
どうやら膨らみの主が目を覚ました様です。私の眼前に大きな膨らみが現れました。
明らかにアリシアでも無く、シャリアさんでもシャルロットでも無い人物に、私はガタガタと震えながら尋ねました。
「あっ、だっ…誰ですか…?」
やけに掠れる声で聞くと、質問された主は緩慢な動きで伸びをして、ゆったりと私を見詰めると眠そうな瞳を此方に向けながら答えました。
「やぁ、初めまして。私は君の主治医のアスクレピオスだよ。………あぁ、余り無理して声を出さない様に。暫く喉を使ってないから辛いだろう?」
そう言いながら私の手を引きベッドに座らせてくれて、側のテーブルに備えられていた水差しを私の口元に差し出してくれました。
尚、現在の私はこの眠そうな医者に膝枕をして貰ってる模様。
え?どう言うサービスですか?これ
何やらとても苦い薬入りの水差しを飲ませていただいた私は状況の説明を受けました。
まず私は昏睡薬の投与量が過剰過ぎて死に掛けていた事。
シャリアさんやアリシアの依頼でこの医者に命を救って貰った事。
目的地であるファルネリアには居たけれど、とある事情で追われる身となった事。
現在居るここは大樹の国『スロートリング』の窓口、『水の庭』である事。
そして私には今、下半身不随の疑いがある為、まずは検査と診断を行いたいらしい…との事でした。
なるほど、道理で脚が上手く動かない訳ですね?あはははは、マジふざけんな。
ただでさえ残り少ない命なのに、今度は脚が使えないかも知れない?ホントマジでイカれてる。もうやだほんと、日本に帰りたい………いや、やっぱ嫌だ。
あんな地獄になんか帰りたくないし、ここも生き地獄だ。
クソっ、ヤダもう…涙止まんないし…誰か、助けてよ…
『エルキュール!!』
なんか声が聞こえる気がするけど、どうでも良いやもう。死にたい…
「エルキュールぅ!!」
ゴフッ!?
「エルキュールエルキュールエルキュールエルキュールエルキュールぅ!!会いたかったよエルキュール!!」
何これ犬!?犬に思いっきりタックルされ………あ、違った、これアリシアだ。
「………アリシア?」
私の沈み切った声にお腹に擦り付く茶髪の少女は顔を上げ私の顔を覗き込みながら言いました。
「泣いてるの?エルキュール?大丈夫?苛める奴は私がぶっ倒すよ?」
おう物騒な事言うなし。
はい、安定と信頼のアリシアでした。こう言う空気の読めなさはいっそ清々しい位ですね?
「おはようアリシア。」
「おはようエル。」
何だか擽ったい気がする様な、初々しい感じの挨拶を交わした所で、
「なんか私、脚が動かないかもしれないらしいよ?」
サラッとアリシアに告げてみました。
するとアリシアはアスクレピオスの方を泣きそうな表情で振り向きましたが、この医者は物凄く面倒臭そうな表情で答えてくれました。
「それは診断してリハビリ次第かも知れないよ。だから現状では言い切れないから、少し彼女を私に貸して貰うよ?」
その言葉にアリシアは全幅の信頼を寄せて任せると言い切りました。
えっ?何この信頼感。そんなに優秀なのか、この人。
「大丈夫!エルキュールをここまで快復してくれたの、この先生だから!アリシアお姉さんを信じて任せてよ!ね?」
相変わらずのお姉さんアピールです。
アリシアの胡散臭い自信に気圧され、とりあえず任せてみる事にしました。
………あれ?でも治療費ってどうなるんだろう?
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それから私の昏睡状態?からの回復を祝って、様々な人が見舞いに来てくれました。
シャルロットからシェリーさん。マックスさんも忙しそうにしながら顔を見てくれました。
なんか見知らぬ山賊が居ましたけど無視です無視無視。
ただ、何故かセシルとシャリアさんが来てくれませんでした。
それでもとにかく私はアスクレピオスさんの医療を受けて、またガツガツ歩ける様にならないといけません。
まだ私は世界を見て回って無いんですから!!
ーーーーあ、数日後の事ですが、無事歩ける様になりました。
下半身不随では無かった様です。単に筋肉の衰えとか痺れの後遺症が残ってたみたいです。
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ーーーーとある日の夜の事でした。
「はぁい?シグ坊。元気してたぁ?」
月明かりが室内を照らす中、ボロボロで傷だらけの黒い青年は声に顔を上げました。
「来たか、魔王。その名前はやめてくれ。」
シグ坊と呼ばれた青年は、最早据わった視線で褐色肌の女性を歓迎します。
女性はニコニコと何時もの様な狐の笑顔で黒い青年を見下ろします。………見下ろしますが、何時もと違いが有りました。
その右目には真っ黒な眼帯が着けられていました。
「あのさぁ………リンムレちゃんいい子じゃない?なんであの子と添い遂げなかったのよ?」
相対して一声がこれです。ゴシップ好きは人間の性なのかも知れませんね?
しかしこれに青年は深く溜め息を吐いて、一呼吸置いた後、語りました。
「俺には俺の事情がある。聞きたい事だけを聞いてくれ」
「だからそれも聞きたいんだってば。」
青年は心底鬱陶しく感じました。こんなのでも自分がシャリア商会の一員になってからの三年間、面倒な性格ながらも社員思いなのは理解しているつもりでした。それ以上に、敵対者に対して容赦がない事も理解していました。
それ故に、実際に自分がシャリアによる嫌がらせの様な問答を受けるとなると、とても面倒に感じました。
「愛する人が居たからだ。問題有るか?」
「別に知ってるからどうでもいいけどぉ。」
聞いたのはシャリアですが、本当に面倒な相手だと青年は実感しました。
「それで相手は?」「本題に移ろう。」
追撃を止められヤレヤレと言った様子でシャリアは気をとりなおし、引き締め、そして新たに向き直って青年へと質問します。
「貴方、異世界転移者ね?」




