72.セシルの過去、断片。
「………これ、なんの騒ぎ?」
アリシアは、声のする方向へと振り返ると、ワナワナと全身を震わせました。両目からはボロボロと大粒の涙が溢れます。
アリシアがずっとずっと聴きたくて聞きたくて堪らなかった声に、心から歓喜しました。
当の本人は一糸纏わぬ姿の為、寒そうにして居るのと、状況が解らず混乱している様に見えるのと、そもそも暫く筋肉を動かして無かったせいか、立つ事すら困難にして見えるのですが。
「エルキュール!…エルキュールぅ……ごめんね?ごめんね?」
アリシアは思わずヨタヨタとよろけながら駆け寄ろうとするも、それを大柄な影に邪魔されました。
「やぁ美しいお嬢さん。そんな格好では風邪を引きますよ?ささ、俺様の風除けで良ければどうぞお使いください。」
山賊のライネルが下心満載の顔で肩から羽織った獣の皮を被せるでは無いですか。これで名実共に、下半身だけ服を着た半裸の変態です。
そんなライネルに、エルキュールは物凄く鬱陶し気に顔を顰めさせ
「え?誰?臭っ」
ライネルはその言葉に衝撃を受けました。エルキュールは被せられた獣の皮を嫌そうにしてますが、仕方なく着てました。そしてアリシアは…困惑してしまいました。
いつものエルキュールなら絶対に言わない台詞です。いつものエルキュールなら、初対面の相手には思わず一歩引いた様な気弱で、流されがちな反応をする筈なのです。
「エル…」
アリシアが震える右手を求める親友へと伸ばし掛けた時、エルキュールは何も言わずにヨタヨタと、転びながらも強烈な冷気を放つシャルロットの元に近寄りました。近くには直に冷気を浴びたシェリーが震えて居ます。
そしてエルキュールは、強烈な冷気を受けながらも、その小さな身体を優しく包み込みました。
「大丈夫、大丈夫だから。…シャリアさんは死んで無いよ?ちょっとあの人の記憶を夢の中で見せて貰ってるだけ。………だから、それ止めて?シェリーさんもシャリアさんも、死んじゃうよ?」
エルキュールが優しく優しくシャルロットを撫でて言いました。変わらず瞳は面倒くさそうにやる気を感じさせませんが、しかし性格は以前と変わらなく見えます。
その姿にアリシアは安堵を覚えましたが、それでも何処か不安感を拭えません。
「エルおねえ……ちゃん…」
徐々に徐々に、感情を抑えて冷気の放出を収めると、シャルロットは目の前の人物にしがみつきました。
エルキュールは撫でながら周囲を見渡すと、ふと誰にとも無く疑問を呟きます。
「あれ?私達はファルネリアに来たんじゃ…?ファルネリアは?…ファルネリアに行かなきゃ…」
それだけを呟くと、再びグルンと意識が暗転し、昏倒してしまいました。
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一行は、『水の庭』に在る宿場の一つに数部屋に跨いで部屋を借りました。
室内はどの部屋も玄関から入るとソファー付きの広間、ベッドルーム、バルコニーと三段階に分かれた造りになってます。凡そ八畳半程の部屋です。ベッドも一部屋に付き二台有ります。
バルコニーからは潮風が舞い込んで、冬の海ながらもこの国の緯度や経度的に気温は安定しており、過ごし易い心地良さを感じさせます。
部屋分けはシェリーと昏倒中のシャリア。マックスとライネル、そしてセシル。アスクレピオスとエルキュール。アリシアとシャルロットの組み分けでした。
アリシアはエルキュールと一緒の部屋が良かったのですが、アスクレピオスによってエルキュールの介抱の為、それは却下されました。
アリシアは渋々ながらもエルキュールを任せ、しかしシャルロットが心配だった事もまた事実で、この相部屋を了承しました。
「アリシアちゃん……シャルもおねえちゃんが心配なの…。シャルもおなじだよ…?」
アリシアに降り注がれた声は、自分が心配してる筈の少女からの、寧ろ自分を心配する声なのでした。
アリシアは立つ瀬が有りません。自分が少女を心配する事で保って居た精神が、脆く崩れるのを自分自身で感じたからでした。
「シャルちゃんはどうして…」
アリシアは一度言葉を飲み込み、そしてしっかりと言葉を選んで聞きます。
「……シャリアさんを信じられるの?」
その問いにキョトンとしたシャルロットは、思いっきり頭を揺らして考え込みます。
とてもとても意地悪な質問に、しかし質問をした本人の悪意の無さに可哀想な程頭を悩ませて答えたのは
「おねえちゃんだから?」
何とも言えない理屈が全く存在しないその答えにアリシアは、何と無く瓦解した自分自身の何かが吹き飛ぶのを感じました。
「えっと、アリシアちゃん…いじわる?…シャルはおねえちゃんが大好きだからしんじられるの。………アリシアちゃんもエルおねえちゃんのこと、大好きでしょ?」
そうか………単純でいいんだ。
アリシアは何か納得した気がしなくも有りませんでした。
「うん、大好き。あぁもう会いたいよエルキュールぅ…」
「シャルもあいたいよおねえちゃぁん」
二人の甘え声はやがてキャッキャと黄色いはしゃぎ声に変わって、そうして夜が更けて行きました。
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一方、マックスの部屋では。
「なぁニイちゃん、またこれか?もしかして縛るの趣味なの?船じゃ自由だったじゃねーか?それともホントの所、コッチの趣味なの?いややっぱ怖ぇからナシ!!今の質問ナシで!!」
「まぁまぁ、最初はちょっと痛いっすけど、すぐに落ち着くから我慢っすよ?」
「あぁっ!?いや!ちょっまっ!!冗談だよな!?俺様そっちの趣味無ぇから…アッー!」
マックスがぶっといモノをライネルに突き刺すと、ライネルは気絶してしまいました。気絶者多すぎませんか?この一行…
「………ふぅ。ただの眠剤なんすけどねぇ。………さて、コッチの坊ちゃんは………っと、………まぁ反応無しっすね。」
マックスは割と太めの注射器を片付けると、黒の剣士に視線を向けますが、依然縛られたままピクリとも動きません。
黒の剣士は夢を見て居ました。………シャリアが昏倒すると同時に、彼もまた記憶の結合によりその意識を絶っていました。
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「どうしたシグ坊!その程度じゃその辺の熊にも食い殺されちまうぞ!?」
「ぐっ………もう一度お願いします!」
「あの力に頼り切るんじゃねぇ!自分自身で強くなりやがれ!じゃなきゃ、俺がお前を始末しなきゃならん。」
「了解だ、ティルフ師匠。」
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ーーー直撃。
俺の腹を抉る雷の鎗は、その数を増し俺を更に追い立てる。
「俺の炎を………返せ!………返せ!!………ッッッ!!!」
即座に右手を突き出し、防御陣を張るが、奴の放つ雷装には防御陣を通して俺の身体の内部に入り込み、内側から食い破る呪詛の蟲が内蔵されていた。
全く、毎度毎度の事ながら俺にとって相性の悪い武器ばかり使ってくる。
なぁ、親友ーーーー?
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「いいか?お前の使命はコード・アガチオン。昼の化物の討滅だ。………夜の内なら対して強くねぇ。今のお前でも押し切れるだろう。ーーー必ず殲滅して来い。」
「了解。」
「ーーーお前はアレだ、素直過ぎる。………正体がバレない様に口調でも変えておけ。………あー、アレでいいんじゃないか?なんか『闇の焔に抱かれて消えろ!!』…とか言うアレだ。」
「む、…了解した。…出撃までに訓練して置く。」
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………微睡む意識の中、懐かしい声が聞こえてきた。
俺はその声の主を抱き締めて、愛しい人の名前を呼んだ。
………その声の主は、少しむくれて、しかし優しく諭す様に俺に囁き掛ける。
「駄目ですよ?シグくん。女の子を抱き締める時に他の女の子の名前を呼んじゃ。」
優しい声の主は、目元までを覆うサラサラの青髪を揺らして、俺に微笑み掛けた。
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…………ゆっくり、ゆっくりと意識が元の位置に戻る感覚と共に、薄く片目を開くと、知らない天井が眼前に広がりました。
「シグくん………ね。」
そう呟いた声は、女性の物でした。
意識を取り戻したシャリアは周囲の暗さを何とも思わず、ただただ先程まで自分が植え付けられていた記憶を夢の形で体験していた事を心の中で反芻していました。
夢の中で見た女性。青髪の少女………と呼ぶにはかなり複雑に感じたその少女は、彼やあの中年男性が「リンムレ」と呼ぶ相棒その人でした。
シャリアが見た記憶は、所々が抜け落ちた酷く飛び飛びで、継ぎ接ぎだらけの物でしたが。
最後に自分に微笑み掛けてくれた優しい笑顔は、声は、…確かに自分に対して深い愛情を感じたのでした。
「………って、これはあくまでセシルくん………シグ坊の記憶よねん?……ちゃんと愛されてたんじゃない。」
暗い室内で呟くシャリアの表情は、見る人が見れば気持ちが悪い程に暖かく優しい笑顔でした。
セシルくんの口調は大体師匠のせい。
そして彼の夢のせいで乱文気味 (いつものこと)




