68.ファルネリア逃避行
海に面した下水道と思われる鉄柵がカタカタと震えると、簡単に外れてしまいました。
すると人一人通れる程の穴から、暗闇の様に真っ黒な男が現れました。彼の名前はセシル。黒髪とレザー材質の妙にテカテカと滑った光沢の漆黒の装束に銀細工の装飾がトレードマーク的な青年です。腰には漆黒の鞘に納められた双剣を差してます。持ち手部分から刃の先までツヤ消しの漆黒です。
彼が周囲を見回し、誰も居ない事を確認すると、中に居る人物に合図を出しました。
先ず最初に中から出て来たのは、黒髪ショートですがツンツンと飛び跳ねて、浅黒い健康的な細身の体躯に抜群のスタイル。そして首から二の腕、太腿迄を覆う様な全身タイツに白銀のコートと、肩、胸、腰の左右を覆う白いプロテクター姿のシャリアです。彼女は『シャリア商会』と言う商隊の主人です。
次に現れたのはシェリーと言う商隊の台所を担い、生計を仕切るおばさまでした。その背中にはうさぎを模したフード付きのコートを羽織るアルビノの真っ白な少女、シャルロットが居ました。親子に見えるのがとても微笑ましいのですが、状況が状況だけにそうも言ってられません。
その後を追ってつい先程この商隊に参加する事となった女性医師、アスクレピオスが続きます。白衣にニットセーター、ピッチリとしたタイトスカートに黒タイツ。濃紺色のポニーテール、そして右手に持つ二メートル程の巨大な十字架の中には我等が主人公であるエルキュール=グラムバルクが詰め込まれています。
続いてアリシア=バーネットが飛び出して来ました。彼女はまぁ…いつもの赤いローブに赤いスカート、白いブラウスはドロドロと汚れて居るので特に言う事は無いでしょう。………あ、ふわりと大きな羽根とハート型のオーナメント付きの帽子の頭頂部には足跡が付いています。
その足跡を付けた犯人がその後に続きました。
元山賊の頭領であるライネルです。彼は仲間では有りませんが、由縁あってたまたま共にしているだけなのですが、獣臭い腰巻にダボダボのズボン、冬なのに上半身は裸です。腰には腰当てが着いてますが、実はこれジャマダハルが内蔵されてます。隠し武器ですが、アリシアやシャリア、アスクレピオスと確認したマックスは知ってるので中々使用する場面に恵まれません。
そして殿を努めるのが商隊の護衛、シャリアの親衛隊事マックスです。
いつもの皮鎧姿に金髪のコーンロウになってます。暫く会わない間に変わってたのですが、アリシアは全く興味を示さなかったので此処で紹介します。決して言い訳では有りません。
背中にはやはり巨大な盾の様な物を背負ってますが、きっと中には武器が入ってます。
腰には普段使いのショートソードです。
逃亡メンバーが揃った事を確認すると、商隊の主人が口を開きました。
「はい!見慣れないメンバーも居るみたいだけど、竜聖同舟って事で。竜聖同舟が何かって?ま、いっか。とにかく敵も味方も関係無く、共通の敵から逃げ延びる為に力を合わせましょーって事よ山賊くん?オーケー?」
「まぁ俺様に言ってるわな?分かった分かった。どの道お前らに関係無く捕まってもこちとら首チョンパよ」
「はい!理解して貰えた所で、我々は何者かの策略により犯罪者に仕立て上げられました。しかも弁解の余地無く即殺です。と言う訳でこの国から船で逃げます!何か質問有る?」
珍しくシャリアが説明をすると、アスクレピオス医師が質問しました。
「いくつかあるのだが率直に聞こう。船は用意して有るのかい?それとも奪う気かな?」
アスクレピオス医師の質問に、シャリアはニャッフッフーと可笑しな笑い声を出しながら答えました。ニャッフッフーってなんですか?っていうかここでのんびり説明会を開いてて良いんですか?
「勿論用意済みよん。シャリア商会の名前でね?………まぁそれならのんびりしないで早く乗った方がって思うでしょうけど、そこはあたしを信じて貰うしか無いわ。」
「私も随分と汚名を被せられたからね、出国は難しいだろうから信じよう。」
シャリアの言葉とアスクレピオス医師の納得で話は閉じましたが、アリシアは妙にそわそわしてます。
「結局あの人達って正規の組織なのかな?」
「違うんじゃない?正規の組織なら、色々と面倒くさいのよ?街中での市民を巻き込んだ自由な発砲って普通許可されないし。それに本当に凶悪な暴徒が現れたなら、今頃住民の屋内からの出入りを禁止するか、シェルターに囲って、色々書類を通して陸と海側を封鎖するでしょうに。それをしないって事は一部の悪〜い息を吹き掛けられた連中か、どこかの極悪商人が雇った私設部隊って考えるのが妥当でしょう?」
シャリアの説明にアリシアは両目をグルグルさせながら聞いてました。
「な・に・よ・り!正規の組織なら警邏機構もだけど、目標の中にエルキュールちゃんが居るのに名前が出ないのはおかしいでしょ?隻眼隻腕の将校さんのね?」
「あっ!」
アリシアはここでようやく合点が行きました。確かにエルキュールの最愛の父親で在り、自分にとっても父の様でも在り師匠でも在る彼の名前も存在も挙がって来ないのはおかしな話なのです。
彼や軍を敵に回した上でこの国では商売は出来ないでしょうし、名前を出せば一発で此方を無力化出来ますから。
「へー、流石極悪商人。極悪商人の気持ちは分かるんだね」
「お褒めの言葉をアリガト。お礼に後でたっぷりエッチなマッサージをしてあげるわん。」
アリシアを本気で戦慄させました。
「じゃあ作戦会議も終わった所で、時間を掛け過ぎても駄目だからそろそろ行きましょう?」
「作戦会議なんてして無いっすよ。」
シャリアとマックスの夫婦漫才を皮切りに、コソコソと団体を三つに分けて、目指す船へと向かいました。
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ーーー数刻後、船が疎らに行き交う中、シャリア商会で登録された船が全速力で港から離れて行きます。
大きさにして22フィート程の船でした。
様々な情報を集め、探り、これを見付けた組織は船に向かって五隻の船団を組み、大砲やら魔法弾やらを放ちます。
全速力で水の上を滑る小型の船には中々当たらない物で、暫く攻撃するも当たらない事に苛立ちが募った団体は、遂には技術の進歩の結晶、魚雷による雷撃作戦を行いました。
所謂、直進しか出来ないタイプでしたが12.75インチの短魚雷を数発お見舞いされた船には一溜まりも無く、底に穴が開き、終いには花火が爆発した様な爆撃まで巻き起こりました。更には海の上で炎上し始めました。
流石にこれには撃った側も驚きを隠せない様で、まさか陽動か?と疑いましたが、海面は油や血等でドロドロに穢れ、やがて混ざり合い溶け合い、船が沈んで行き、周囲に散らばる商品や肉片等を見て、やはり的確に始末出来た事を確信しました。
こうしてシャリア商会と一行の旅は幕を降ろしました。
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………それを遠くから見ていた貨物兼客船が一隻、優雅に海の上を滑ってました。
「こうも簡単に引っ掛かるとはねぇ…。流石のあたしもドン引きよ?」
コートもプロテクターも無く、全身タイツですら無い普通の観光客然とした格好のシャリアはとてもつまらなそうに、事後処理を行い去って行く船団をスコープ越しに眺めて居ました。
因みに彼女は金髪のウィッグとサングラスを着けてます。ちょっとした変装でした。
「………こうもアッサリ引っ掛かるなんて、どう考えてもおかしいよね?まさか何か罠が仕掛けられてるんじゃ…」
ワナワナと震える赤くない子は恐ろしさでブツブツと呟きます。因みに銀髪ロングでネコミミが生えてるので獣人に見えます。赤いオーラを放出して無いのでエネルギー効率も良く、ただ見た目だけが変わった自前の変装状態です。服も当然シャリアが用意した物で、一般的な黄色い子供服でした。アリシアが着ると十二歳児にしか見えません。
「アリシアちゃん、おふねたんけんしよう?」
自前の白髪に赤いメッシュを入れた少女、シャルロットがアリシアの服の袖を摘んでくいくい引きます。どうやら人見知りは改善されたみたいですね。
「あの…シャリアさん…?」
「うん?いいんじゃない?アイツ等は来ないだろうし、どうせ目的地に着くまで暇だし。それよりシャルロットの人見知りを治してくれたらお小遣いもあげちゃうわよん?」
「もう!おねえちゃんのいじわる…」
プクッと膨れるシャルロットにシャリアは頭を優しく撫でてからアリシアに預けました。
アリシアは釈然としないままシャルロットと共にその場を離れ、船内探索へと向かいますが、いつの間にかすっかり疑問を忘れてはしゃいでしまったのはまた別のお話です。
マックスが用意したドリンクを啜るシャリアの側にシェリーが歩み寄ります。
「とんだ船旅になったけど、あんたは無理して無いかい?」
シェリーの言葉にふいっと顔を向けるシャリアは、サングラス越しに何時もの笑みを向けますが、まるで別人のようでした。
「ま、なるようになるでしょう?………それで、この船を予約してくれた張本人はどうしてるのかしらん?」
「セシルちゃんかい?セシルちゃんなら…」
「お部屋で気持ち悪そうにしてるわよ。」
ーーー
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セシルは戦っていました。
馬車や飛行船、汽車等は乗りこなせても、船だけはどうしても駄目でした。三半規管は強い方だと思っていた彼でしたが、どうにも外部から揺らされる感覚には弱い様です。
「クッ………うぷっ……我が身体で……ぅぐえ……暴れている……魔獣がオロロロロロロロ」
ーーーーセシルはバケツを手離せませんでした。




