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幻界星霜 ウィスタリア ー幾度も移り行く転生者ー  作者: 弓削タツミ
ー首都を目指してー
66/138

64.洞窟に住まう医師

ーーー



暫く反響崩落が繰り返され、天井も洞窟内もボロボロになった頃、ようやく崩落が収まって、アリシアは茫然と自分の犯した罪の結果を眺めて言いました。


「………まぁ、山賊の住処だし、結果的に良し!」

「良くねえよ!!」


ツッコミを入れたのはボロボロの頭領でした。

アリシアの魔手によって生焼けの焼肉みたいな匂いを放つこの男性は、つい先程までアリシアと死闘を繰り広げていたのですが、なんと言いますか…とても似合わない事に策略を交わしながらの攻防は、彼がアリシアの見た目から油断し切っていた為、甘く見過ぎた結果が巨大な剣を失い、ジャマダハルによる隙を突いた攻撃も読み切られ、最終的に焼肉になってしまいました。

そして不運にも、現在の洞窟内の状況は、彼にとって現実でした。


「………チクショウ…俺様の大事な鉄断虎てつだんこがお釈迦になっちまった…。これも全部あの医者のオッサンが来たせいだ…」

「オッサン??」

アリシアはその一言に首を傾げます。

アリシアが知るアスクレピオス先生は、あの女性医師の方から戴いた顔写真の方は、年若い方でした。間違いなくオッサンと呼ばれるような人物ではありません。

そもそもアリシアが行った診療所は、様々な情報が集まるギルドから戴いた確かな情報による物です。疑う余地は殆ど有りません。何故ならギルドの情報は神様による正式な情報審判が行われているらしいので。

疑問を抱き、居ても立っても居られなくなったアリシアは、山賊の頭領に質問しました。

「あの…お医者様って、なんて名前なの?」

アリシアの質問に、忌々しげに頭領は答えました。

「アスクレピオスのオッサンさ。ってなんでお前にこんな事を教えにゃならん!」

アリシアはここに捕らえられたと言う医者を訝しみます。…しかしそれでもアリシアは真実へと突き進む意思を曲げません。救いたい親友の為に。




「ねえ、この部屋には居ないみたいだけど、どこに居るの?隠さないで教えて?」

アリシアは、袖から出した小型のナイフを頭領の首筋に突き当てました。道中の山賊の子分から奪った物です。頸動脈スレスレに滑り込まれた光の滑る刃先に頭領はゴクリと生唾を飲み込みます。

「チッ、だーかーらぁー!あのオッサンと組むのは嫌だったんだ!!………分かったからコイツはしまってくれや。」

アリシアは言われた通りに袖の中にしまいながら言いました。

「あなただけは実はやりたくなかった〜とか、馬鹿馬鹿しい見え透いた言い訳はしないよね?実際に誘拐してるんだから。」

アリシアは崩落した部屋の隅に巨大な穴が空いてるのを見付けていました。………その中にはまぁ下手な話ですが、数々の老若男女問わない大きさの人骨や獣の骨が詰まってました。

アリシアの予想は正しく、誘拐された方々の遺骨でしょう。

「ははっ、俺様だって山賊だぜ?殺りたいから殺る。りたいからる。お前さんみたいな嬢ちゃんだろうが、犯りたくなりゃ犯るだけだろ?」

「とりあえず爪から行っとく?」

「悪ぃ、医者先生ならあの壁の裏だ。」

アリシアのとてもとても怒りに満ち溢れた笑顔に本気でやる勢いを感じて冷や汗をドボドボと滝の様に流す頭領は、素直に隠し扉の存在を伝えました。



隠し扉へと案内されたアリシアは、まずは扉に耳を近づけます。中の様子を探る為ですが、先程までの崩落音を聞いて警戒されてるのでしょうか、扉の中からは何も聞こえませんでした。

先程の様にいきなり巨大な剣で突き破る様な不粋さは無いものの、全く人の気配が感じ無いと言うのはとても不気味です。

人の気配が感じ無いと言う事は、警戒して罠を張っていたり内部で崩落が起こってたり、そもそも人が存在しなかったりと、いくつか理由が思い付きますが、とりあえずアリシアは自分で開ける事はしませんでした。

「ねえおじさん」

「おいこらガキ、誰がおじさんだ」

喰い付きました。

「だってわたしおじさんの名前知らないし知りたくもないし」

「俺様は二十五だ。だったら山賊さんとかで良いだろ」

「えっやだ。どうしてわたしを殺そうとした山賊にさんを付けなきゃいけないのさ?それにやっぱりおっさんじゃん」

「いやまぁそうだけどな?俺様の名前はライネルだ!覚えとけや!」

二人の会話が広い空洞内に響きます。ちょっとした痴話喧嘩の様にも聞こえます。

アリシアはそれすらこの山賊ライネルの策略にも思えましたが、この短時間でこの男がそこまで知恵が回るとは欠片も思えませんでした。ーーーですので、


「じゃあライネル、この扉開けてよ?」

アリシアはゲシゲシと山賊の背中を蹴りながら言いました。

「いてて、イテェって!…自分で開けりゃ良いじゃねぇか。」

「罠だったら怖いし?ライネルだってここで死にたくないでしょう?」

アリシアの言葉にライネルは渋々と言った様子で扉を開きました。

すると中は岩壁をくり貫いて作られた部屋に室内を明るく照らす様な松明と燭台。換気用の穴が幾らか空いており、一酸化炭素中毒の心配が無いのは助かります。

部屋の真ん中にはまるで手術台の様なやけに黒ずんだ石の台と近くには血のこびり付いた様な痕がある小道具箱が台の上に乗せられてます。

そして室内には………奥にもぞりと蠢く影が見えました。


「おいオッサン、悪ぃが俺様達はアンタを手放す。短い付き合いだったな」

オッサンと呼ばれた男性は起き上がり、こちらを凝視しました。

その男性は猫背で姿勢が悪く、髪に白髪が混じり、そして両眼はギョロギョロと魚の様に見開いてました。初老の男性に見えるその人はまるで魚人の様ですが、れっきとした人間です。

「ふむ、ワタシにこれ以上酷い事をさせないでくれると言うのだね?有難い話だ」

男性は掠れた声でそう言いました。

しかしアリシアはその男性に尋ねます。

「あの、おじいさん…」

「うん、なんだね?」

「おじいさんはなんて名前なの?」

その質問に男性は表情も変えずに答えます。

「ワタシかい?ワタシはアスクレピオスと言う者だよ?」

その答えにアリシアは…

「そっか、………アスクレピオス先生、どうしても助けて欲しい人が居るんです。…わたしに力を貸してください」

懇願しました。

そんなアリシアの姿を見たアスクレピオス医師は…

「うむ、良いだろう…まずはその患者を連れて来れるかな?」

アスクレピオス医師の言葉にアリシアは首を横に振ります。

「そうかい、ワタシは少し特殊な立場でね。ここから離れる訳には行かないんだよ。」



「申し訳無いのだが、患者を連れて来れないのなら諦めて欲しい。」

アリシアはその言葉に諦め半分、予想してた事半分で項垂れはしませんでした。ーーーですが、アスクレピオス医師の様子が変わりました。

「うむ、だがお嬢さん。ワタシは君がとても気に入った。…条件次第では君の力になろう。」

言葉自体は少々魅力的なのですが、アリシアは訝しげに男性を見詰めました。

「条件って?」


「君にはワタシの助手としてここに残って貰いたい。その代わりにワタシ自身が赴き処置を施そう。」

………アリシアは頭の中で高速で思考を回しました。

この男が求める物は一体何なのか。先ずは先程の戦闘が見られていた可能性。勇者モードを解析したい…と在れば助手にして長い目で見るつもりなのでしょう。

次に本気で助手にしたい可能性。…それは一番無さそうなのですが、自分が錬金術師である事を考えたら、薬の調達等をよりスムーズに行う事が出来ます。

そして他の可能性。………それは一番高いのですが、この洞窟を離れる事が出来ない…と言う割には見た目は健康そうです。呪いか何かに掛かってるのなら有り得なくは有りませんが。

ーーーとにかく情報欲しさにアリシアは更に尋ねました。


「ファルネリアの人達は…?」


アリシアの質問にアスクレピオス医師は答えました。

「申し訳無いがね、ワタシにも出来る事に限界はある。………しかし君が力を貸してくれればその限界を解消して行けるだろう。…力を貸してくれるね?」


アリシアはその言葉に答えました。

「お断りします。」



アリシアの首が存在した箇所を何かが凪ぎました。

それは横向きのギロチンでした。

部屋の中を中腹から入り口までを通り過ぎたそれはどうやらこの男性医師の背中から生えていた様です。


「残念だよ、患者さんを救えないなんてね…。しかし君だけは諦め切れないね。…ワタシに使わせて貰うよ」


猫背の背中から両手が生えて、その手には巨大な鉄の刃を持ってます。あからさまに化物でした。

化物でしたが、意思が感じられるその言動からは、星蝕者のそれとは明らかに違いを感じます。


アリシアがその存在に気を取られている内に、既にライネルの姿は在りませんでした。代わりに扉が硬く閉ざされていました。

「………お前、魔族だな!?」

アリシアの言葉にアスクレピオス医師はゲヒヒと下卑た笑みを漏らします。

「そうだねぇ、ワタシが何なのか…君には分かるんだね?………それなら今すぐにでもバラバラにしないといけないね?」


アリシアが目の前の魔族と対峙したものの、既に魔力が尽きたアリシアは勇者モードに変わる事が出来ません。

ーーーー正直言って絶対絶命の窮地です。



ーーーその時、背後の扉が砕かれ、二人組の女性が立っていました。



「やぁ、私の名前を騙る偽医師くん。…君を裁きに来たよ。」

一人は年若く見えますが、白衣にニットセーター、ピッチリとしたタイトスカートに黒タイツ。…ポニーテールに結った髪は濃紺でツンと尖った切れ長の目は少し眠そうで、そして何より…。



ーーー右手に持つ巨大な十字架がとても異様な雰囲気を醸し出していました。



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