61.挫折、徒労、再起
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アリシアはシャルロットと手を繋いで街中を歩いて居ました。
冒険者ギルドにて、医者の名前と住所は教えて貰えたものの、地図とにらめっこをしながら歩いている為、街を歩く人とぶつからない様にシャルロットに補正して貰ってます。そのシャルロット自身も人混みが苦手なのでビクビク震えてますが。
アリシア達が街の裏通りへと入り込み、段々と人通りが少なくなって来た所で、通り全体に怪しい雰囲気が立ち込めて来ました。周囲を屯ろすならず者然とした男女。まるで小屋の様な、布切れの束を寄せ集めただけの様な、粗末な家。そこにちらほらと見える、病を患ってそうな人間の姿。街を駆け回る子供もまた隙を見せたらすぐに身包みを剥がされそうで、油断は禁物です。
人の悪意と言うより、欲望や切望と言った感情が渦巻いてる気がします。
やはり首都とは言え貧困と無縁とは行かない様です。
アリシアはシャルロットを連れて来たのは失敗だったかと思いましたが、アリシアを元気付けてくれて、勇気を与えてくれた強さを信じる事にしました。
そして暫く街を彷徨い歩き、特に何もなく無事に目的の医者が滞在すると言う診療所に辿り着きました。
アリシアは一呼吸置き、医者に何を伝えるかを頭で纏め、改めて覚悟を決めました。
そして今度はシャルロットを伴い、診療所の中へと入りました。
診療所の中は薬や病やらと言った病院特有の空気に包まれてました。それから、割と埃臭いのがアリシアの鼻を突きます。診療所であればもう少し衛生環境に気を遣うべきだと思いました。
しかしそんな事に気を取られている暇は有りません。アリシアは診療所内で勤しむ女性の一人に話し掛けると、医者の所在を尋ねます。
「すみません、アリシア=バーネットと言います。こちらにアスクレピオス先生がいらっしゃるとお聞きして来たのですが…」
女性は恭しく答えます。
「申し訳ありません、先生は先月から島の各地を周ってまして。そろそろお帰りになるかとは思うのですが、詳しくは分かりかねます。本当に申し訳ありません。」
………ガクッと膝から崩れ落ちました。…頼りにして来てみたものの、当人は不在でした。
そんな様子に尋常じゃない何かを感じたのか、女性はアリシアに尋ねて来ました。
「あの、診療ですよね?何処が悪いのですか?」
アリシアは質問に答えました。顔は青ざめ、身体は震え、両眼は涙目で泳いでますが、勇気を振り絞りました。
「ーーーわたしでは無く、知り合いの家に居るわたしの親友です。…わたしが調合した昏睡薬の量を間違えてしまいました。………それで、その…」
しどろもどろと言った様子のアリシアに怪訝な表情を浮かべる女性でしたが、
「エルおねえちゃんがしにそうなの…たすけて!!」
シャルロットの短くも簡潔な懇願に助けられました。涙を両眼一杯に溜めて言う姿は何も企みを感じさせなかったのでしょう。女性はすぐに奥に駆け込み、他の同僚に診療所の後を任せて外出準備を始めました。
「私が御一緒します。先生から手解きを受けてますので、力になれるかと思います。」
こうして、医師の女性と共にアリシアとシャルロットはシャリア商会が滞在する建物へと向かいました。
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アリシアが少し迷いながらも自分が居た建物へと向かえば、途中で漆黒の星骸殻の男を見掛けた気がしましたが、今はそんな事を気にしてられません。
アリシア達が元居た建物へと入り込むと、やはりシャリアもマックスも、セシルも居ませんでした。
…ただ、エルキュールだけが静かに眠ってるだけでした。
早速とばかりにアリシアは女性医師へと親友の診療を依頼しました。
暫く医師に親友を預けると、胸元を開いた途端にヒッと声を上げました。
………忘れてましたが、エルキュールは三年前、星蝕者に襲われて一度殺された時に、胸を穿たれたのでした。そしてその時に星蝕者に殺された証として、胸の中心に真っ黒に塗り潰して、淵からヒビ割れが生えた様な痣が、痛々しく残されていました。
それは一般的には忌避され、疎むべき印で在る事を、アリシアは失念していたのです。
あからさまに腫れ物を扱う様な…いえ、寧ろ汚物に触れる様な態度に変わった女性医師を見て、アリシアは激怒しました。
そして、落胆してしまいました。
わたしの親友にばかりこの様な運命を強いるとは、わたし達の神様は実に性格が悪いらしいです。
しかし、女性医師はそんなアリシアの落胆とは裏腹に、丁寧に診療を再開しました。
………きっとこれが岩門であれば対応は違ったのでしょう。この街は幸か不幸か、星蝕者に襲われた者への正しい知識が根付いていた様です。
あくまで確認されているのが、星蝕者に襲われた者と子供を作った場合において星蝕者が産まれると言う事です。
少し触れ合ったり、噛み付かれたりした程度で星蝕者になったり等しないのです。
ですので、女性医師は当然医療知識としてその話をアスクレピオス医師に寄り聞かされて居たので診療を再開する事が出来ました。
寧ろ、先程の自分の反応が、患者や親族の方を不安にさせてしまうと己を恥じている程でした。
その点ではアリシアも、エルキュール自身も幸運でしたが、幸運は長続きはしませんでした。
「………アリシアさん、妹さん?…落ち着いて聞いて下さい。」
アリシアは不運を呪う事を止めて、顔を上げ、女性医師の話を聞きます。
すると、女性医師は話を続けました。
「まず、私の腕では治療は不可能です。」
アリシアはまたも崩れ落ちそうになりましたが、腑に落ちない言い方に思い留まりました。
「ええと、エルキュールさん…の状態はとても特殊です。本来なら聞いてた薬物の種類と投与量を考えると、致死量なのですが、恐らく…星蝕者の因子がそれを阻害しているのだと思われます。」
アリシアの心にズキリと痛みが走りましたが、それでも耐えて続きを聞きます。
「星蝕者は記憶を食べる…と言うのはご存知ですね?…その星蝕者の因子のお陰なのか、脳死状態から防いでくれている様子です。…ですが」
「それも万全ではありません。このまま放置してしまうと、身体が耐え切れないか、或いは…」
或いは…と言うのは何となく想像が付きます。星蝕者その物になってしまうのでしょう。
「私が持つ気付け薬や中和剤等で星蝕者の力を活性化させるのが現実的なのかもしれないのですが。………しかし、脳死や異形に達してしまうと………すみません、酷ですが。」
それ以上を続けない女性医師に、アリシアは今度こそ崩れ落ちました。
そして最後に、女性医師は言いました。
「しかし、アスクレピオス先生で在れば、今の状態から治療は可能かも知れません。」
その言葉に、アリシアは顔を上げました。
「あの方は死者すら生前の様に生き返す様な方です。…きっと、恐らく先生ならエルキュールさんを救って下さるかも知れません。」
アリシアはその言葉に希望を持ちそうでした。…しかし、ここまで神に見放されていると、そんな小さな希望すら踏み躙られそうで、とてもじゃないのですが、無闇に飛び付きたくありません。
ーーーしかし、そんなアリシアに構わずその希望を掴み取ろうとする小さな白い光が見えました。
「あすなんとかせんせーなら、エルおねえちゃんをたすけてくれるの?」
シャルロットが女性医師の手を握って聞きました。
今、この場で誰よりもエルキュールの生存を、希望を諦めて居ないのはこの白い兎の様な少女、シャルロットでした。
「えぇ、…でも、さっきも言ったけど、先生は出掛けてからずっと帰って来ないの。……どう周って来るかは聞いてたけど、もしかしたら事故に遭ったか、何か尋常じゃない事態に巻き込まれてしまったか…」
その二人の会話を聞いて身体を起こしたアリシアは、再びシャルロットに助けられた事を噛み締めながら、言いました。
「わたしは………わたしは勇者です。……アスクレピオス先生をお迎えする為に、情報を下さい。」




