59.ー首都『ファルネリア』ー
「俺に贖える事であれば何でもしよう。」
黒い人、セシルが言いました。
アリシア=バーネットの眼前で瞳に光を灯す事なくただ無碍に時間を過ごすだけとなった親友であり、愛する幼馴染であるエルキュール=グラムバルクを前にして、私とシャリア商会の面々は今後の方針を定められずに居ました。
現在エルキュールは、アリシアが所持する自作の薬品、昏睡薬によって脳細胞が徐々に破壊されていました。
本来ならこの薬品は小瓶一つに付き、周囲に煙玉の如くばら撒く事によって大規模の敵性戦力を一網打尽にしたり、象の様な大きな生物に対して投与する事で、一瞬で昏倒させる程の危険な薬でした。
その様な凶悪な威力を持つ薬を人間大の体格で一瓶飲み干すとどうでしょう。一瞬で昏倒する所か、酷い痙攣を引き起こしたり、普通に致死毒になります。エルキュールが生きてる事自体がおかしな現象です。
寧ろ生きて呼吸をして居たからこそ判断が鈍ってしまったのかも知れません。
アリシアは自分の所持する薬品で、どの薬を使用したのかを把握出来てませんでした。シャルロットに委ねてしまったせいで…と言うと、彼女に責任をなすりつけてしまうので、その考えを放棄しました。
結局の所、自分の判断ミスなのですから。今正にエルキュールの死に至らしめているのは紛れもなく自分自身なのですから。
………ですので、この黒い星骸殻に任せる訳には行きません。自分自身が動かないといけないんです。
「………わたしも何かしたい」
アリシアの言葉にシャリア商会の主人、シャリアは瞳を細く、明らかな敵意を纏わせ言います。
「アリシアちゃん、アナタが何をしたいのか知らないけど、何をするつもりなのかしらん?」
シャリアの言葉はとても冷たく、身体に、脳に、心に突き刺さる様でした。
「大した計画も手段も無し、無駄に東奔西走するだけならやめときなさい?時間の無駄だし、そもそも知識も経験も、コネクションも無しで簡単に情報を得られるだなんて思わない事よん?」
アリシアの心は今にも押し潰されそうでした。
こんなに辛いのに、こんなに悲しいのに、親友の為に自分は何も出来ないのでしょうか?そして、何故何をしてもいけないのでしょうか?
そんな捨て猫の様なアリシアの姿を見ても尚、シャリアは侮蔑の姿勢を崩しません。
「アリシアちゃん、現実を見なさい。今、アナタがエルキュールちゃんの為に出来る事は何も無いのよ。」
そんな見放す様なシャリアの言葉に、アリシアは反射的に言ってしまいました。
「シャリアさんだって…お金で雇われただけの癖に…!」
ーーー室内に、乾いた音が鳴り響きました。
アリシアの頰が叩かれました。シャリアは今にも追撃とばかりに殴り掛かりそうな勢いでしたが、それを護衛の男性、マックスは許しません。羽交い締めにして引き止めてました。
アリシアは床に両膝をついたまま呆然としてます。
シャリアは怒りを露わにしますが、すぐに冷静さを取り戻すとアリシアに対して吐き捨てます。
「そうね?所詮、お金で雇われた身分のあたし達だけどね?依頼者に対して誠実な仕事をするのがあたし達商人なのよ。分かったらエルキュールちゃんの事はあたし達に任せて、自分がすべき事をしなさい?ユ・ウ・シャ・サ・マ?」
そう言ってシャリアが出て行くと、室内には静寂が訪れました。
黒い星骸者の姿は既に無く、マックスはシャリアを追い掛けて出て行きました。
因みにシェリーおばさんは最初からこの部屋には居ませんでした。
アリシアとシャルロット、そして死んだ様に眠るエルキュールだけがただ残されたのでした。
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「ーーーーちゃん…ーーシアちゃん!」
アリシアは部屋の隅で両膝を抱えて座り込んでいました。そんなアリシアの脳内に溶け込む様な呼び声が聞こえます。
「アリシアちゃん…!ねぇ、へんじして…?」
シャルロットの声でした。
白い少女の呼び声で意識が戻ったアリシアは、虚ろな瞳を白い少女に向けます。
「アリシアちゃん…ほんとにいいの…?」
一体何がでしょうか?理解が追い付きません。
「エルおねえちゃんがこうなったのはシャルのせいだけど…アリシアちゃんはおねえちゃんにいわれっぱなしでいいの?」
良くは無いですが、シャリアさんも言ってたじゃないですか。わたしに出来る事は何も無いって。実際にそうなんですから、仕方ないのです。
「シャルね、はじめておねえちゃんにおこったよ…。アリシアちゃんをきずつけないでって。…エルおねえちゃんがこうなったのはシャルのせいだから、おねえちゃんもじぶんがなんとかしなきゃっておもってるんだとおもうの。」
…違います、エルキュールがこうなったのは、わたしがあんな薬を持ってたからです。
しかし、シャルロットはまだまだ捲し立てます。
「シャルね、エルおねえちゃんとアリシアちゃんが元気にしてて、なかよしで、シャルにいっぱいかまってくれるの、すきだよ?………だから、シャルはシャルにできることがなにもなくてもなにかするの。」
「アリシアちゃん、シャルにちからをかして?エルおねえちゃんがなおったら、いっしょにごめんなさいしてほしいの。」
「だから、アリシアちゃん…シャルといっしょに「うるさい!!」
思わず怒鳴ってしまいましたが、シャルロットは怯まずにアリシアの頰を両手で包むとその唇に唇を重ねました。
アリシアは戸惑い両目を揺らしましたが、唇を離したシャルロットは言いました。
「アリシアちゃん…シャルを信じられる…?」
アリシアは「そんなの…」と、口籠もり、続いて
「知らない…信じられない」
…と、言いますが、シャルロットは言いました。
「シャルは信じてる。…エルおねえちゃんが信じてるアリシアちゃんを信じてる。………だって」
「アリシアちゃんはエルおねえちゃんの騎士様だから」
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赤い衣の勇者と白い兎の少女が外に出ると、眼前には海と巨大な塔が見える、首都『ファルネリア』の街並みが広がりました。
この街はまるで三日月の様に海にくり抜かれた様な形をしてます。外周には大きな壁があり、島の内側と繋がってますが、入江も有り、大きな船着き場となってます。
アリシアは実は過去に乗った事が有りますが、鉄製の船や木造の帆船、小型のボートや商船、勿論戦艦等も在ります。
そしてそれ等の管理や指示等をする管制塔、その近くに大きな灯台も存在します。漁業だけではなく、政治的にも軍事的にも、ちょっとした文明の発達具合が見られます。
三日月型の内側には巨大な橋が架けられており、その先には巨大な塔が在ります。橋は蒸気機関の自動車や蒸気機関車が余裕で通れる大きさです。………と言うか、この街に来てこの島初めての自動車を見ました。馬が馬車を引いて無いと言うのはとても奇妙な光景に見えます。恐らく、ここ二年内に輸入されたのでしょう。
巨大な塔ですが、海風による塩害を防ぐために白塗りです。全体的に潮焼けで燻んで灰色気味に見えますが、元々は白い塔だったと見受けられます。
その白い塔なのですが、アリシアの記憶が確かなら、中は行政府だけでなく、軍事機関も存在した筈です。
そこにエルキュールの父が勤めてた筈ですので、自分が勇者になる際に、彼女の父によってこの施設を通って大陸への渡航許可証を発行して貰った筈ですので。
最も、冒険者で在ればその証其の物が海外用のパスポート扱いにもなるので、後は船の予約をするだけで良いのですが。
因みに街並みはと言いますと、漁業の街だけあって水産が活発なのですが、同時に他国からの輸入が多い為、輸入品を扱う店が多いのと、海外からの旅行者向けに島の特産品やらお土産やらを販売する商業地帯が在ります。
街の中央側には線路が通ってるので、そう言った店が集中してたりもします。
海の側には酒場やら食堂等が栄えてるのですが、その中に冒険者ギルド等も有ったりします。集客とか、色々と競争率が高そうです。
更には街全体をグルリと回れる様に、モノレールなんかも通ってますが、自分に乗る機会はあるのでしょうか?
こうしてつらつらと街の特徴を並べてみると、なんとまぁ故郷である岩門の田舎な事でしょうか。
言い換えるなら、長閑で過ごしやすいのかもしれないのですが。
こうも一気に科学的差を見せ付けられると、少し嫉妬心の様な、敗北感の様な…黒い感情が湧いてきます。
「ねぇシャルちゃん…」
アリシアの問い掛けに、シャルロットは小首を傾げます。
「こんなに豊かなら、ウチの故郷に少し位分けてくれても良いんじゃない?」
フヒヒと暗い笑みを浮かべるアリシアに、シャルロットは軽く引いてました。
さて、何をするにも先ずは情報収集です。
シャリアの言う事は正しく、アリシアには知識も経験も、人とのコネクションも在りません。ですので闇雲に医者を探すよりも先ずは何処にどう言った医者が居るのかを知る必要が在ります。
しかしながらその程度ならシャリアが既に済ませて行動に移してるでしょう。結局自分は何も出来ないも同然です。
つまり、今利用すべきは勇者特権です。勇者である事が自分のアドバンテージなのです。…で在れば利用しない手は有りません。
アリシアは人混みに震えるシャルロットの手を取ると、先ずは冒険者ギルドへと向かうのでした。




