54.ジーリの怨讐
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「殺シ……ル…」
闇から這い出る様に絞り出された様なガラガラの掠れ声には、怒りや憎しみと言った負の感情をはち切れんばかりに練り込まれていました。
声の主は片腕の無い男性でした。………最も、その男性は身に布切れ一つ纏っておらず、寧ろ自分自身の皮をまるで洋服の様に被せられていました。所々縫い跡が有るその見た目を表すのであれば、フランケンシュタインの人造人間もかくや、ぬいぐるみのクマの縫製とも言える見た目です。
そして男性はとても弱り切っていました。人皮を部分部分、無理矢理剥がされて尚生きているのも強靭過ぎる程の生命力と言えるのですが、この男性は皮を剥がされた後、全身に塩を塗り込まれていたのです。ただでさえ傷口に塩を塗り込むだけでもとんでもない激痛が起こると言うのに、筋肉や脂肪、神経に直接擦り込まれています。
普通の人間であれば皮を剥がされた時点で痛覚が耐え切れずに死んでしまいます。大きな傷口に塩を塗る等、以ての外です。脱水症状を引き起こしたり、細胞そのものが塩化ナトリウムに殺されたり、合併症状を起こして死んでしまう等が常識です。
しかしこの男性はとてもとても不運な事に生命力が高すぎました。その様に調整されてこの世に産み出されたと言うのも在りますが、その他にも自身の魔力量が魔族に届くかと言う程に膨大な事、自身の血反吐を吐く程膨大な時間の鍛錬の成果、そして何より彼の付き人の存在でした。
彼をこの世に留まらせてしまったのはこの付き人が居たからとも言えます。
付き人はとても小さな少女でした。肌は褐色で、薄黄色い銀髪。その瞳は金色でとても弱々しく怯えた様な表情です。しかし顔立ちは良い方で、可愛らしい方と言えるでしょう。
そして、その小さな身体は全身が傷だらけで、背中には黄色で片翼の竜の様な羽根が生えていました。特異な見た目は見る者の視線を嫌でも惹き付けてしまうでしょう。
身体を包む衣は、申し訳程度に彼女の身を巻く様に頭から腿辺り迄を雑に巻く程度です。足にはフットラップを簡単に巻いてる程度です。はっきり言ってこの冬の気温では無いよりマシ程度にしかなりません。
しかして、彼女が彼女達の所属する団体から追放、処分等がされないのには理由が有りました。
一つは団体の目的を達成する手段として利用する為、もう一つは現在彼女の目の前で憎しみを募らせ続ける男性を生かし続ける力、回復魔法を掛け続けている事に起因するのでしょう。
彼女が魔法を掛け始めてから、実に三日が経過していました。三日間続けて魔法を掛け続けられる魔力を捨て置く者など居ないでしょう。………最も、扱いが丁寧になるのかと言えばそれはまた別の話ですが。
程無くして、不幸な事にこの世界に意識を戻してしまった男性は、脱水症状を起こしたガラガラの掠れ声で、少女に聞きました。
「おいガキ、イいぃまァ何日ダ…?あレがら…カハッ…ン日経っタ…?」
しかし少女は何も答えずただただ水差しの水を彼に差し出すだけでした。男性はその様子に苛立ち、残った片腕で水差しを奪い取ればそのままグビグビと浴びる様に飲み干しました。
「……ゲボッ!!ガハッ……がぁっ!!……はぁ…はぁ…チィッ…、づガエ…ねぇな…」
全身に擦り込まれた塩のせいか、はたまた剥がされた皮のせいか、痛みと共に憎しみや怒り、苛立ちが湧き上がります。
「あのガキ共を探しだジテ…ゴロしてやるわ…」
憎しみに囚われたその目はギラギラと殺意をしたためていました。
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それから彼は、団体員を数人、少女を傍に引き連れて旅立ちました。目的地は分かってます。首都『ファルネリア』です。
彼等が水路を行く事が無いのは事前に調べて分かっていました。………ですので、首都への終盤に幾つか罠を仕掛けて置きます。先ずは最短距離の岩山。ここに岩雪崩が起きる様にワイヤートラップを。迂回した森の中に襲撃用の広場を敢えて作り出しました。人の手が入っている事で、安心感を誘う為です。勿論その前後にも多少の人の手が入った後を作る事で油断を誘うのも忘れてません。
そして自分達が岩山側と森林地帯と、どちらに張るべきかを悩みましたが、彼は幸運な事に協力者を得ることが出来ました。
名も知らぬ商会の主人とその御一行との出逢いでした。
最初は邪魔なだけなので始末してしまおうと考えた男性でしたが、恰幅が良く、自身と同じく片腕が無い中年男性の必死の命乞いと、ここで殺してしまう事で目標に警戒させてしまうかもしれないデメリット。そして興味本意で聞いてみた中年の目的と、自身の野望を天秤に掛けた所、利用してから殺す方が楽に遂行出来ると判断したのでしょう。
彼もまた、自分達と同じく目標の人物達に一泡吹かされ、大事な左腕を失い、一行の赤い少女を手に入れる事なく殺され掛けたと言うではありませんか。
彼を生かす事に決めたのは彼等の目的が自分の一致しなかった事も有りますが、もう一方の可能性に待機をさせて、自分の仲間を潜ませ、いざと言う時にはそちらに合流すれば良いと考えたからでした。
………しかし、中年はとても愚かであり、優秀でもありました。
かの中年が言うには、これまでの道中、目的の一行が森林地帯を進む様に魔物や動物、または手下を山賊や盗賊に扮装させて時には襲撃をし、または普通の冒険者に見せ掛けて嘘の情報で彼等の行路を誘導し続けたとの事でした。
継ぎ接ぎだらけの男性は、半ば呆れても居ましたが、逆に喜びも溢れて来ました。
何故なら、愛しのエルキュールさんをこの手で穢せる日が近付いて来たからです。
彼は中年との間に協定を結びました。互いに狙う標的には手を出さない…と。
自分が目覚めてから準備に勤しんで既に一週間、目標の足取りが近付いて来たのを感じると、より一層の事喜びを感じ始めます。
それから二日程の後、遂にその時がやって来たのでした。
夜間を狙っての襲撃でした。男性は、あらかじめ中年との間に襲撃する時刻を設定しておきました。
引き連れていた薄布の少女は後方待機です。
男性は認識阻害の魔法を全力で使い、伏兵を隠し通し、そして自分自身の存在すらも阻害させ、持てる能力の全てを利用して、単身彼等のテントへと乗り込みました。
男性はその中の光景を見てしまいました。
エルキュール=グラムバルク、アリシア=バーネット、シャルロットの三人の少女同士の濃密な絡み合い、テント内を包み込む様な甘い香り、紡がれる淫猥たる言の葉に、思わず認識阻害は解けそうになります。幾つか残された表皮の一つ、部分的に血液が溜まるのを感じました。
しかし彼もまた、これまでの苦労が水の泡になるのを全力で納める為に、ひたすら我慢をしています。
それでも想い人の淫猥な表情を眺めていると、劣情が沸き上がって来るのは仕方のない事です。
しかし、彼に同性愛の趣味が無い為か、この絡み合う茶髪の少女と、小さな白髪の少女に苛立ちを感じていました。
「この糞雌ガキ共が…ウチのエルキュールさんに汚い豚面で吸い付きやがって…。ウチのえげつない物でブチ犯してやろうか?」
………と、心の中で呟きましたが、それは中年男性との協定違反に当たるので、今は目的達成の為にグッと堪えます。
そして時が来て、仲間達や中年の雇ったならず者達による襲撃が始まると、後は簡単に事が運びました。
一度はエルキュールとアリシアが同時に飛び出しましたが、二人共簡単に服を着る為に戻って来てくれました。
赤い少女となったアリシアはそのまま飛び出して行きましたが、エルキュールはと言うと、またもや躊躇をして居ましたので、罠を仕掛ける時間は十分に有りました。
こうなってはもう消化試合です。自分の用意した罠に、アッサリと掛かってしまった少女に、最早落胆すら覚える程でした。
「ジーリ………さん」
「あら?そう言えばそんな名前だったわねぇ。…でも今はもう遠い過去の話よ?」
そんな会話を繰り広げたジーリと呼ばれた男性は他の少女や青年を牽制し、目の前の少女をいつでもバラバラに出来ると脅し掛けました。………実際に出来るのでしょう。
後はゆっくりと他の者も捉えて、攻撃意思を完全に削ぎ、自分達の都合を理不尽に押し付けて、あの憎き漆黒の青年、セシルの前で絶望を植え付ける為に目の前で三人の少女をブチ犯すだけでした。
とてもとても簡単過ぎて、スムーズに行き過ぎて、拍子抜けする程でした。
自分が味わった苦痛の分も労うべきなのです、この一団は。
当然の権利を得る為に自身の一物を取り出し、屈服する少女に向けるのでしたが、異変が起こりました。
………中年男性の引き連れて来た屈強な男の首がポロリと落ちたではありませんか。
ジーリと呼ばれた男性は一瞬、何が起きたのか理解出来ませんでした。
自分はまだ何もしてません。寧ろ落ち着いた所で裏切り、中年男性から赤い少女も掠め取る位の計画でしたが、中年男性から裏切り者を睨め付ける視線を感じました。………が、それはすぐに恐怖へと変わっていました。
何事かと元ジーリは首を視線の先に向けた所で気付きました。
視線の先にはミノタウルスの様な巨漢の化物が聳え立っていたからでした。




