53.三方の悪意
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私達が目指す首都『ファルネリア』まで後少しと言う所の森の中、突如として襲撃を受けた私達は臨戦態勢を整えていました。
動物の革と木の枠で出来たテントはある程度なら攻撃を防ぎますが、重い攻撃や、火等には弱い為、外で健闘してくれているセシルさんが頼りです。
それでもアリシアの準備は早く、武器など持たずに服だけを着て出て行きました。
そうして聞こえて来る剣戟の音が、人間に寄る襲撃の証だと物語っていました。
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「セシル!状況は!?」
飛び出したアリシアの身体は真紅のオーラに包まれていました。髪は美しい銀髪で後ろ髪がお尻まで伸び、猫耳の様な物が生えています。茶色の両目も真紅に染まり、その手には瞳の色と同じ輝きを放つ真紅の剣を手にしています。要するに真紅の勇者モードです。
そして少女は、圧倒的な速度と質量の攻撃で、襲撃者共を蹴散らして行きます。ある敵は腹に剣の腹で横薙ぎを受けて吹き飛び木に叩き付けられ、またある敵は頭頂部に鋭い踵落としを受けて失神し、またある敵は股間に金的を受けて悶絶した後、已む無く意識を手放して。最早勇者モードのアリシアに触れられる者はこの場には中々居ませんでした。
そこに唯一触れられるであろう男性が返事をしました。
「北から反時計回りに南東まで、複数人。殺してない、…が、数が多い。回復をされたらジリ貧だ。」
セシルと呼ばれた男性の返事に「普通に喋れるじゃん」と思いつつも現状を頭で整理して、そのまま質問をしました。
「荷物は大事?もしそうじゃないなら…」
「ふっ、荷物よりエルキュールとシャルロットの命の方が魔王は喜ぶだろう…。準備が完了次第戦線を駆け抜けるぞ!!」
「了解!」
二人の会話はそれで終わりました。後は二人が出て来るのを待つだけでした。
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私は服を着たのですが、いざ相対するのが人間だと知ってしまうと足が竦みます。人間に殺され掛けても、勾引かされ掛けても、それでも敵意や殺意や攻撃意思等が湧かず、震えて怯えてしまうのが一般人と冒険者の違いと言う物なのかも知れません。
シャルロットちゃんは私の身体を抱き締めて言いました。
「だいじょぶ…エルおねえちゃんはシャルがまもるから…」
少し冷たい何かを感じさせるその声は、私の背筋を冷やします。私を包む小さな身体に震えは在りませんでした。………恐らく、殺意を向けられる事に慣れてるのでしょう。しかも実の親からです。
一緒にお風呂に入った時は綺麗な身体に見えたのは、きっと姉のシャリアさんの努力の賜物なのでしょう。………しかし、本当はその身体には消し切れない傷痕が残ってるのかも知れません。
…その証拠に、怒りからか体温が上がってるシャルロットちゃんの身体には様々な形で薄桃色の痕が浮かび上がっています。
私は複雑な気持ちになり、シャルロットちゃんの身体を抱き締めると、薄桃色の痕は引いて行きました。
「ごめんね…こうふんしてた…シャルはだいじょうぶだよ。」
シャルロットちゃんが私の手を握り返してくれました。………守ると誓ったのに守られて、アリシアの気持ちが少しだけ分かった気がしました。
「ねぇ、シャルちゃん…エルおねえちゃんを信じられる?」
私は短く言葉にしました。そしてシャルロットちゃんの返事を待ちました。
「………しんじたい。」
それだけを聞くと、私は震えを押し殺し、殺意が乱れる戦場の中、シャルロットちゃんに全力で笑顔を向けました。
「シャルちゃん、おねえちゃんにしっかりしがみついてね?」
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私が外へと踏み出すと、待っていたかの様に私とシャルロットちゃんに何かが降り掛かりました。一体何に囚われたのかと必死にもがいていると、それは網目状に組まれた紐、四方八方に重しの付いた簡易的な網。普通に投網でした。
シャルロットちゃんは何とかギリギリ突き飛ばしたお陰で捕まりませんでしたが。
投網に絡まれ、重し同士が繋がった紐を引っ張られると、態勢を崩して転んでしまいました。
何故この様な原始的な罠に掛かってしまったのでしょうか?
「げっ、エルキュール!!」
アリシアが気付いて私に駆け寄ろうとしますが、時は遅く、私の背中を踏み付ける者が居ました。
「やっはー?元気にしてた?」
………私はこの人………人間?…に見覚えが有りません。人間にしては皮がズルズルで縫った様な痕が有ります。しかもその目は血走りギョロギョロと剥き出しで、まるで悪魔の様に悪意に満ちてます。
そして右腕の肘から先が在りませんでした。
しかし、声はガラガラですが、聞き覚えがある気がします。
「エルキュールさんさぁ、幻滅したわー。お前らレズかよ。変態ゲロ豚共め。」
何故か声を聞いてるだけで不快感が押し寄せて来ます。………私はどこでこの声を…?
「えぇ〜?ちょっと離れただけでもうウチの事忘れたの?エルキュールさんって友達甲斐無いわねぇ。」
………まさかこの人は…!?
「エルキュールから汚い手を離せ。百合の何が悪い!!!!百合こそ至高だ!!!!」
この何かよく分からない事を吼えてるセシルさんが一歩踏み出そうとしましたが
「おっと、野郎は黙ってなさい?ウチの糸がギッチリ絡んでるの、見えない訳じゃないでしょう?」
その言葉に、セシルさんは一歩も動けなくなりました。…やはりこの人は…。
「ジーリ………さん」
「あら?そう言えばそんな名前だったわねぇ。…でも今はもう遠い過去の話よ?」
元ジーリと名乗った暗殺者風な人の言葉は先程自分で言った言葉と矛盾していました。
「とりあえず、女同士でヤるのもつまんないでしょ?ウチのぶっといのをくれてやるから喜ばせてア・ゲ・ル」
そう言って網の上から私の胸を揉み、頰をその穢らわしい舌で舐めて来ました。
「エルキュールを離せ…!!」
アリシアが吼えました。
アリシアの怒りが頂点に達したみたいで、五本の紅い剣を操り元ジーリへと向けて居ましたが。
「ひゃはっ!!この豚ぁ殺されたきゃやりなぁ!!ほらほら来いよ来いよ来いよ来いよ!!!ゲハハはははヒャハハハはハハハハハ」
元ジーリが笑いながら、嗤いながら、私の身体を糸の投網で締め付けました。すると、私の腿や二の腕、頰から赤い筋が浮かび上がりました。
「エル………おねえちゃん………」
シャルロットちゃんが地に伏したまま、私の姿を見て、震え上がりました。
「おいおいおいオイィ!!なぁに萎えてんの!?萎えてんじゃねぇよクソガキ共が!!来いって言ってんだろ!?あぁっ!!?」
元ジーリの挑発を無視して、
「シャルちゃん………大丈夫、大丈夫だから…ね?」
私が少しでも安心させようと微笑むと、この表情が嫌いだと言わんばかりに締め付けを強くして来ました。
「うぐぎっ!!」
思わず悲鳴を上げてしまうと、元ジーリは下卑た笑顔を、アリシアやシャルロットちゃん、セシルさんは緊張感が走った表情でこちらを見つめてました。
「さぁて、じゃあ今日は協力者さん達にもお楽しみ頂こうかしら。」
元ジーリが指をパチンと鳴らすと、木の陰から複数人の男性が現れました。
「いやぁ勇者様、お久し振りです。覚えてらっしゃいますかな?」
太った中年の男性は、アリシアに向けて恭しくお辞儀をしましたが、左腕の先が在りません。
私は知らない人でしたが、アリシアは、
「あっ…アナタは…」
敵意を込めて見詰めるアリシアは知っている方の様です。…そしてセシルさんも
「チッ、やはりあの時殺しておけば…」
何やら物騒な事を言ってます。………その間も私は元ジーリの汚い愛撫を受け続けていました。
「なんで…どうしてアナタがあんな奴と…」
アリシアは中年男性を睨み付けますが、男性も元ジーリもニタニタと下卑た笑いを浮かべるだけです。
………が、男性がこれだけを言いました。
「言った筈です。貴女が欲しい…と。………お前達、やれ」
すると、見るに筋肉質で屈強な男達がアリシアとセシルさんに組み付こうとしてます。
「くっ、セシル!」「あぁっ!」
一言で意思疎通を果たしたらしいアリシアとセシルさんでしたが、
「動くなと言ってるでしょう?…それともこの豚女の足でも切り落とさないと分からないのぉ?」
この外道の言葉に、その場から動けなくなってしまいました。
「エルおねえちゃん…」
「おっ?このガキもよく見りゃ美人になりそうな面構えじゃねぇか。なぁオッサン、このガキ俺にヤらせてくれよぉ〜」
「はぁ?おめぇロリコンかよ!!」
「ぎゃははは!!おめぇこのガキ壊す気かよ!!」
中年の連れて来た屈強な男が下衆な会話を繰り広げます。シャルロットちゃんは小さく「ひっ」と、悲鳴を上げました。
「この外道共!!恥を知りなさい!!」
私は吼えましたが、冷たい目線で元ジーリに頰を叩かれ何も言えずに震え始めました。
「エルキュールさん?潔癖なのはお嬢様っぽくて唆るけどね、………状況考えて言えよ豚女ぁ」
ーーー最悪でした。
私が下手な事をしなかったらこんな事にはならなかったのでしょう。
私がもっときちんと見張り等を務めていたら………
後悔は尽きませんでしたが、最悪な時はどん底まで最悪な様です。
私もアリシアも、シャルロットちゃんもセシルさんも、予期せぬ襲撃に為す術が無くなっていた時の事でした。
アリシアに群がる男の首から上が綺麗サッパリ無くなっていました。
アリシアはまさかまたセシルが!?…と、疑いの視線を向けましたが、違います。セシルさんは男達に前回の復讐とばかりにひたすら痛め付けられ続けて居たからです。
では逆に元ジーリの裏切りかと思いましたが、それも違います。何故ならこの外道は私に汚いアレを咥えさせようとしていたからです。
ーーーーでは、何が原因かと言いますと………私にははっきりと見えて居ました。
ーーーー白と黒で身体が作られた、憤怒を表す様に濁った朱色の両眼を輝かす。機械で出来た生物の様な牛頭人体の化物の姿が。




