40.Side.アリシア 後編
ーーー四日目ーーー
ーーーわたし、アリシア=バーネットと冒険者二人の旅は順調でした。
私達が植物人族が住む森林地帯の奥深くを目指す道中、恐ろしい魔物が現れる気配が無く、無事に辿り着く直前の事です。
仲間の一人が異変に気付いてわたしに声を掛けて来ました。
「なぁ…何かおかしくないか?」
「ふひっ!?べべべべ別におかしくねーし!ちょっと暗いけどおかしくねーし!」
「いや、ほら…森の中で、明け方近くだけどさ…こんなに虫の声が聞こえないもんなのか?」
わたしはその言葉に周囲を警戒し始めましたが、遅かったのです。やはり集中力が切れていたのでしょう。
音も無く空から飛来したそれは、わたしの身体を吹き飛ばしました。
何やら叫び声が聞こえます。
あの二人が叫んでるのでしょうか?
わたしは地面に叩きつけられた痛みで一瞬意識が途切れ掛けましたが、気合いで意識を繋いで保ち、そのままくるりと回転して立ち上がれば、襲撃者の正体を確かめました。
襲撃者の正体は、真っ黒なドラゴンでした。
ヤツの吐く吐息が触れた場所を見ると、植物が腐った様に見えました。
ーーーなるほど、合点が行きました。
例の薬の材料、冷害に見せかけた腐食。そして目の前の脅威。
つまりこのドラゴンが居なくなれば被害は収まると言う事でしょう。
わたしは叫びました。
「お兄さん達は先に行って!!」
「あぁそんなアリシアちゃん!何を言ってるんだ!!早く逃げよう!!」
「ギヒィッ!こわいこわいこわいでござる!!むりむりあんなのむりですぞーーー!!!」
…仕方有りません。
ここで倒し切れなかったら、きっとわたしはあのドラゴンに殺されるのでしょう。
ーーーですがわたしは勇者です。
わたしには二人を守る使命が在ります。
ですので………
「大丈夫、これを片付けたら追い付くから、勇者様を信じなさい?」
わたしは一瞬で変身を終えて、二振りの真紅の剣で竜の爪を抑え切りました。
ーーーさて、命の削り合いだ!!
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ーーーわたしと竜の攻防は互角でした。
わたしが鱗を切り裂けば、尻尾による横薙ぎを受けて飛ばされ、翼を狙えば読まれて避けられ。
腐食竜が今のわたしと同じレベルの攻防を繰り広げられると言う事は、変身に制限時間があるわたしの方が圧倒的に不利なのは言うまでも有りません。
「ーーーこのぉっ!!」
わたしは伝家の宝刀、二刀流で戦ってますが、素早過ぎて勇者の一撃を打ち込む隙すら有りません。
それに対して腐食竜の息はわたしの身体を蝕みます。空気を吸うだけでも肺から侵入して来るのです。
………もしかすると、互角ですら無いのかも知れません。
………あぁ、わたしはここで死ぬんだな。
思わず心を過ぎりました。
それでも、ただで死ぬのは嫌だ。…試しに気絶薬を叩きつけてみるか?
そう思っていると、つい気が緩んでしまったのか、一瞬の隙を突いて、腐食竜の足がわたしを踏み付けました。
あぁ、これは死んだな。
ーーー二人共、無事に逃げられたかな?
ーーーそう思った時でした。
突然、わたしの身体がピカッと金色に光ったと思うと、腐食竜はその光を嫌がり離れました。
わたしは幻を見てるのでしょうか?
いつか見た不思議な光景が広がっています。
わたしの目の前には光輝くエルキュールの姿が映りました。
死にそうなわたしに会いに来てくれたのでしょうか?
彼女はわたしを見て、微笑んでいます。
とても温かい、優しい眼差しで、わたしを愛おしむ様に、どこか懐かしさすら感じる笑顔を向けてくれました。
わたしは思わず涙が溢れました。
ーーーそうして、光輝くエルキュールが消えたかと思うと、腐食竜は何か苦しみもがいています。
………なるほど、この竜は光に弱いのか。
ーーーと言う事は、今の光景は………いいえ、今は折角の好機を逃す訳には行きません!
わたしは片方の剣を思念で操り、竜の足に突き刺しました。
竜は苦しみもがき、悲痛な叫び声をあげて暴れますが、剣が抜ける事は有りません。
わたしが思念で地面に繋ぎ続けているからです。
ーーー 勇者の ーーー 一撃 ーーーー
わたしは一方の剣に魔力と練気を練り上げ混ぜ込み、虹色の輝きを溢れんばかりに解き放ちました。
腐食竜はこの輝きを恐れました。
やはりこの竜の弱点は光そのものなのでしょう。
だからこそ昼間でも真っ暗になる森林地帯を選んで生息していたのでしょう。
しかし、この竜も今や年貢の納め時です。
わたしは駆け出し腐食竜の噛み付きを飛び跳ね避ければ背中に飛び付きました。
そして、その背中に光輝く剣を深く突き刺しました。
竜は苦しみ、わたしを振り落とそうとしますが、必死に耐え抜きました。
何故ならわたしもこの一撃を最後に気絶してしまうのでしょうから。
竜とわたしの根比べが始まりました。
竜は体内で暴れ狂う光の奔流に苦しみもがき、最早形振り構わず地面から離れました。
足は剣が刺さってたのですが、足自体を裂いて地面から逃れました。
そして、背中の異物であるわたしを振り落とそうと暴れますが、わたしは必死に剣にしがみつきます。
しかしこのまま飛び続けられると厄介なので、地面の剣を操り竜の羽根目掛けて射ち放ちました。
竜は飛来する脅威に気付く余裕もなく、無残にも羽根を斬り飛ばされました。
片翼を失った竜は飛び続けられず、地面に頭から激突しました。
背中に居たわたしは地面に投げ出されましたが、魔力も練気も全てを注ぎ終わり、最早剣を操る力も有りません。
後は腐食竜が勝つか、光が爆発するかの勝負でした。
竜は片足と両手で、じりじりとわたしを目指して来ます。わたしはだんだんと意識が薄れて来ました。
しかし、最後に見た光景は、竜の身体から光が爆発して空高く虹色の光の柱が上った光景でした。
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ーーー虹色の光の柱が空に上ったのを見た俺は、その場所を目指した。
………彼女には、一人で行くと告げられたが、やはり魔王の依頼は依頼だ。彼女を守る事こそが今の俺の任務だ。
………道中、二人の冒険者とすれ違った。こいつ等は確か…アリシアと共に向かった冒険者だった筈だが、どうやらスルースに戻るつもりの様だ。
ーーー此方に気付いたと同時に、俺に助けを求めて来た。
「この先で女の子が竜に襲われてるんだ!!」
「俺たち怖くて怖くて……なぁアンタ、強そうだな!?頼む!!彼女を助けてやってくれ!!」
俺は当然の如く頷いて答えた。
「闇が我等を導くならば、少女を終焉から解き放つ事もまた運命。」
二人はポカンとしていた。
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ーーー辿り着いた時、竜は何やら身体の内側から焼かれた様に倒れていた。
そして目の前で茶髪で赤い装束の少女が倒れていた。
…なるほど、これを相手にしていたのか。
ーーー俺の見立てでは幼竜では有るが、成竜になりかけで厄介な時期と見た。
しかしながら、幼竜とは言え、これに一人で打ち克つとは、大した少女だ。
…そう思っていると、竜はせめて道連れに…とでも思っているのか、目の前の少女に向かって喰らい付こうとした。
………ふっ、世話が焼ける。
俺はその頭を踵で踏み砕いた。
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………気付けば誰かの背中でした。
以前にもこんな事があった気がします。
………んん?
「セシル…?」
「あぁ、起きたか?」
「なんで…帰ったんじゃ…?」
「魔王の依頼は絶対だ。貴公を失っては俺の聖域が消失するだろう。」
魔王なのか聖域なのかさっぱりですが、ーーーわたしは助かった事に安堵しました。
「そう言えば竜は?腐食竜。」
「あぁ、アレはお前が片付けたのだろう?俺は寝てたお前を拾っただけだ。」
うーん、時々貴公がお前に変わったり、やはりおかしな人です。
ですが、ふふ…彼はきっと悪意に厳しく仲間には深い情を持ってるのでしょう。
とても不器用な人なんですね。
「うん、ありがとう。………それと」
「ごめんね。」
わたしのお礼と謝罪に、彼は何も言わずに黙って歩き続けてました。
行き先はちゃんと植物人族の集落の様でした。
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ーーー植物人族の集落ーーー
夜が明けて、お昼頃になって、足取りはとてもゆっくりでしたので、その位の時間に私達は集落に辿り着きました。
ーーー辿り着いて速攻で村長宅に寝かされました。
元凶の竜を討伐した勇者へのご褒美です!
ーーーあっ!
そう言えば薬を置いて来た気がします。
ーーーいや、もしかすると、先に来た二人が既に届けてくれてるかも知れませんし、置いて来たのならあの腐食竜のせいできっとダメになってたかも知れません。
…まぁ二人は案の定、辿り着いてませんでしたし、セシル曰くすれ違ってスルースを目指してたと聞いたので、辿り着いてない事は明らかでした。
うーん、そうなると薬の材料が在りません。
採りに行くにしても、こと周辺は腐食竜の被害のせいで、暫くは森林の再生に注力しないといけません。
………そう困っていると…。
「魔王の魔力より湧き立つ蜜に酔い痴れるがいい。」
…………は?
こんな時に何を………あ!
セシルがバッグのポーチから取り出したのは、シャリアさんの依頼品の内、薬品関係の素材でした。
もしかして、別行動中に色々と集めてくれてたのでしょうか?
………グギィ…こういう時は本当に優秀なんですから!!
いや、今は感謝です!!
素材があれば錬金術師の腕の見せ所です!
わたしはよろよろと錬金しようと起き上がりますが、村長に止められました。
「お待ちくだされ勇者様。この集落は草の民の村。錬金術には特に秀でております故、勇者様のお手を煩わせる事も有りますまい。」
「ですが、わたしは薬の材料をダメにしてしまいました…」
「ほっほっほ、それでしたらあの憎き魔竜を討ち滅ぼして頂けた事で帳消し…いや、それ以上でしょう。勇者様はごゆるりとお休みくだされ。」
ーーーお言葉に甘える事にしましたが、結局セシルに全部助けられてしまいました。
うぅ…やはりわたしは誰も守れないダメダメ勇者なのでしょうか?
すると、セシルが言いました。
「案ずるな、貴公は勇者だ。ーーー現に」
「あの二人を守れたではないか。」
ーーーその言葉に、涙が溢れました。




