39.Side.アリシア 中編
ーーー三日目のお昼の事でした。
特に問題無く森の奥深くへと馬車は進んで行きます。
わたしはとても暇で、思わず主人のおじさんに尋ねてみました。
「ねぇおじさん」
「なんだい?」
「どうしてこんなに強そうなおじさん達と一緒なのに護衛なんて頼んだの?」
「ははは、それはね?道中は勿論、ゴブリン族はとても危険だからね。なんたって比較的友好的とは言え魔族だ。いつ私達を取り囲んで殺そうとするか分からないだろう?だから君達の力を借りたいのさ」
「ふーん」
わたしはさも興味が無さそうに返しました。セシルも空気を読んでくれてるのか黙ったままです。
魔族だから警戒する。
これは一般人では無くても、冒険者にとっても当然の事だと思います。
いつ、どんな風に互いの信頼関係が崩れて、殺し合いや奪い合いに発展するか分かりませんから。
ーーーしかも、つい最近わたし達のキャラバンが新しい行路を拓いたばかりです。
これは彼等にとっては面白くない話です。
せっかくの金ヅルが居なくなってしまいましたから、こうして交易の相手を頼りにするのでしょう。
ここまでは十分に納得出来る範疇です。
ーーーーただ一つ、この道がゴブリン族の集落に向かってない事実を除いてはですが。
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「ねぇおじさん?」
「今度はなんだい?」
「どうしてゴブリン族の集落に行かないの?」
ーーーー間が空きました。
馬車が停止し、おじさんが優しい笑顔で私を見詰めました。
すると、わたしの頭上から巨大な何かが降り注ぎました。
ーーーしかし、わたしの頭に当たったにも限らず、頭が潰れる事も、気絶する事も無く、巨大な何かが砕けてしまいました。
わたしは彼等の意図が読めてたので、出来た間と同時に紅の勇者モードに変わりました。
わたしは気の練度も魔力もまだまだ未熟なので綱体が貼れません。
代わりに防御魔法には特化してます。
頭に当たる瞬間に防御魔法を部分的に集中させる程度なら訳も有りません。
しかしまぁ何故悪党と言うものはこうも単純なのでしょうか?
「クソッ!綱体か!!」
「あっちの男もかなりやるぞ!」
わたしはこの単純過ぎるおじさん達に溜息が漏れました。
そんなわたしの気持ちとはつゆ知らず、少し太った商人のおじさんはわたしの姿を見て両目を輝かせていました。
「おぉ…美しい…!煌々と輝く気高い光、美しい銀色の長髪、その真紅の瞳には何やら熱い想いが秘められている…!あぁ…穢したい!私の物にしたい!!」
気持ち悪っっっ!!!!
わたしは躙り寄るおじさんに心底気持ち悪さしか感じません。
ーーーしかも相手は人間です。私は勇者として、積極的に人間を殺す事は出来ません。
………と言うよりした事が無いのですが。
うーん………ここは気絶薬でもばら撒いて、気絶させるのが一番手っ取り早いかも知れませんね?
そう思って鞄に手を入れると…
「グギャッ!?」
「ゴエエッ!?腕がッ!!俺の腕がぁぁ!!!」
「アガああああああああッッッ!!!死ぬ!死ぬ!!死んじまうって!!グギャがっ!!」
「やめでぐれぇぇええ!!おれはやどわれだだげなんっギヒィッ!!」
けたたましい悲鳴の声が響きました。
え?え?何が起こってるの!?
「おい!どうした!?」
おじさんが叫ぶと、答える声は有りませんでした。
代わりにドサッと人間が転がされました。
どうやら、既に事切れた屈強な男性達の中の一人の様です。
「安心しろ、貴様も同じ所へ送ってやる。」
それはまるで漆黒の死神の様でした。
わたしは理解が出来ませんでしたが、眼前に転がる男性の死体を見て、思わずえづきました。
………セシルの馬鹿が殺ったんですね?
瞬間、この前の巨大ロックゴーレムの時に力を貸してくれた衛兵さん達の事を思い出して、わたしは動けなくなりました。
わたしが無能なばかりに無碍に散らせてしまった人達の事です。
しかし今回はわたしの連れが自分の意思で人間に対して殺意を振り撒いていました。
あははは、やっぱりわたしは何も守れない勇者なのですね?
………動けないわたしを見て、これならばと思ったのか、一人残った商人のおじさんが事も在ろうにわたしを人質にしました。
「そっそそそそれ以上近付くな!!この娘がどうなっても知らんぞ!?」
わたしの首元にナイフを当てがってます。あぁ、そんな物、意味がないのに…
「クズが、貴様がそれを薙ぐより早く俺は斬れるぞ?試してみるか?」
全く臆せずにズンズンと近付いて来ます。わたしはぼー…っとそれを眺めてしまいました。
「ひぎぃ!!だが貴様が失敗すればこの娘も共に斬り捨てられるだけだ!!良いのか!?良いんだな!?」
「気にするな、俺は失敗しない。」
セシルが剣を水平に構えた瞬間です。
わたしは真紅の剣を錬成して、セシルの斬撃を受け止めました。
しかし斬撃をは防ぎ切れず、おじさんの腕を斬り飛ばしてしまった様です。
「うがああああああああっづ!!!わたしの!!わだじのうでがああああああああ!!!」
叫ぶ声には憤怒も恐怖も合い混じった感情が込められて居ました。
わたしはそれでもセシルに集中してました。一手間違えたら後ろのおじさんが殺される。いえ、下手をするとわたしが斬り殺されるかも知れません。
「退け、その男は貴公を穢そうとした。俺にはアレを始末する理由がある。」
「気絶させてギルドに引き渡せば済んだ話でしょ!?殺す必要なんて無かったのに!!」
「貴公は甘い、アレは憎しみを募らせて復讐に来る。ここで怨嗟を断ち切れねば後に痛い目を見るぞ?」
ーーーおじさんは……この隙に馬車を走らせたみたいです。…とりあえずは守れましたか。
「甘さ上等!!わたしが何なのか教えてあげる!!」
「………わたしは勇者なんだよ!!」
力一杯思いっきり頭突きをしました。身長が足りないので、セシルの胸元にドスンと当たりましたが、ちょっとは効いたのでしょうか?
…セシルは少しよろめいて後退りをしましたが、何を思ったのか大人しく剣を納めると、何故か温かい目を向けて来ました。
「貴公が選んだ事は、間違いなく後にシャリア商会の害となる…。だが、それでも貫くと言うのならば俺が貴公等を護ろう。」
………しかし、わたしは彼の言葉とは裏腹に怒りが沸いて来ました。
周囲を見渡します。
そこにはわたしと同じで、ただの雇われであろう男性達の死体が五つ転がって居ます。
獣の死体が無いと言う事は、きっと馬車の中です。
ーーーわたしは、守れませんでした。
勇者だなんだと言われた所で、わたしは結局一人の女の子なのです。
ちょっと一般人より頑丈で、身体能力が高いだけで、勇者と呼ばれるに相応しい力も実力も持っていないのです。
ーーーわたしはセシルに伝えました。
「ここからはわたし一人で行く。あなたとはやってられないよ。」
ーーーわたしはスルースへと歩き始めました。
漆黒の死神をただ一人残して。
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ーーー大分夜も更けた頃、スルースに辿り着いたわたしは、まずは冒険者ギルドへと報告に行きました。
あの商人のおじさんの悪行と、これまでに起きたであろう被害をです。
しかしまぁ予想はしてましたけど、証拠が不十分である事と、ギルドへの直接依頼では無かった為、摘発出来る程では有りませんでした。そもそもセシルの殺人がかなり痛手ですし。
しかし今後、その様な事が起こらない様に警戒はしてくれるとの事で、とりあえずは報告完了です。
一応シャリア商会も、冒険者ギルドの庇護対象にして貰いましたけど、各支部への通達はしばらく掛かるでしょう。
流石に精神的に疲れたわたしでしたが、まだまだシャリアさんの依頼も果たせて無いので、次の仕事に取り掛かる事にしました。
うーん………植物人への薬の配達ですか。
今から出ると、朝には辿りつけそうなのですが、道中何が起こるか分かりません。
ーーーやはり休んでから……
「植物人の里が冷害で枯れ掛けてるってよ?」
「可哀想になぁ…今すぐ行ってやるべきなんだろうが、戦力がなぁ…」
んん?これはもしや、わたしが名乗り出れば一緒に行けるのでは?
………しかし、先程の事が頭を過ぎりました。
……ぐぎぃ……セシルのアホーーー!!
わたしは今は居ない相棒に怒りとやるせなさで罵りながらも、先程の気持ちを吹き飛ばすかの様に彼等に声を掛けました。
「お兄さん達、もしかして薬を届ける仲間を探してるの?」
「ん?うひょっ!女の子!!……じゃなくて、その通りでござる!!拙者等植物人の里に行こうと思うのですが、ふヒヒ、戦力的に不足を感じてましてな!デュフフ」
おおう……何この人?
「おい、お前女の子に慣れてないからっておかしくなってるぞ?」
あぁ、なるほど。
「ごめんな?お嬢ちゃん。でもお嬢ちゃん、戦力になりそうな人を紹介してくれるのかい?それなら有難いんだが。」
「えっと、わたしが一緒に行きたいなって…」
「おおっと!それには及びませんぞ!!拙者等、女子を危険な目に遭わせる趣味は無いので!!ので!!」
あぁ、わたしの事を知らない人達なんですね?
では、わたしは胸を張って言います!!
お前、張る胸無いだろって言った奴、前に出ろ!蹴っ飛ばしてやるから!!
「大丈夫、わたしは勇者ですから!!」




