2.やりたい事
━
━━━━━
━━━━━━━
「あっほらほらここだよ!」
───喫茶店『ロマーネ』───
看板にはそう書かれていましたが、成る程喫茶店…。この町に第一号進出…と言った所でしょうか?
…いえ、家でも紅茶は飲めるのですが、この町で友人とこうしてお出かけ出来る場所が増えたのは素直に喜ばしいのです。
何よりお出かけ先で淹れたての紅茶を飲めるのはとても僥倖。…と、覚えたて?思い出したて?の言葉を使ってみた所、親友が此方の様子に一声。
「……ありゃ?気に入らなかった…?」
とんでもない!残念な事に魔法瓶はこの世界にはまだ存在しないので、こう言ったお店が出来るのはとてもとても喜ばしい事なのです。何回でも言えます、喜ばしいのです。
「早速入りましょう…!」
私は意気込んで親友の手をグワリと掴み、入店したのでした。
「凄い勢いだよ!?今日はわたしがエルをエスコートするんだからっ!」
先導欲求を台無しにされて頰を膨らますアリシアと両目をキラキラ輝かせて期待感に胸を膨らます私の対比は面白いもので、さて置き店内の雰囲気を簡単に観察した所。
目に映ったのは木造りのカウンターとワインセールでしょうか?大きな樽が店内に一つ、二つ。
カウンター奥の棚には紅茶やコーヒー豆の詰まった瓶や木箱、カウンターの上にはコーヒーミルや様々な色や形のティーポット、…はたまたティーカップに限らずコーヒーカップやグラス、皮製の布巾?の様な物。
なんと言いましょうか、私の知識的に観察力的に細かくは認識出来てませんでしたが、中々良い雰囲気の店内ではないでしょうか?
ただ、喫茶店なのか居酒屋なのかは疑わしい所です。
店内には幾らかのお客さんがポツリポツリ。そして円盤型蓄音機が有り、そこからはしっとりとした音楽が流れてました。歌詞はないのですがヴァイオリンの独奏の様な、思わずうっとりしそうです。
「おーいエルー?エルちゃーん?起きてるー?」
思わずうっとりしてました。
「まさかそこまでのめり込んじゃうとは思わなかったよー。」
いつの間にか私の背後に周られて抱擁を受けている現状に羞恥が湧いて来ました。ええ湧いて来ましたとも。
「あっ…アリシア…人前では…あの…やめて?」
──キョドキョドでした。
カウンターの奥から覗いているのは店員さんでしょうか?
少し若い見た目ですが渋さを感じさせる様なダンディズム?を湛えた優しい笑顔で此方に声を掛けて来ました。
「いらっしゃいませ、お嬢様方。カウンター席とテーブル席のどちらがよろしいでしょうか?」
声もとても渋いです。生前の自分よりも遥かに渋いです。
「あっ…ではテー「カウンター席で!」
アリシアお姉さんが被せて来ました。今日はとことんエスコートしたいのでしょうか?少しだけ頬がプクッと膨れました。
アリシアお姉さんの指定に沿ってカウンターの席に座りました。少し高めの子供用の様です。低身長の私に対する親切心です。実に有難いです。
私はオレンジペコを。アリシアお姉さんはブラックのコーヒーなどを注文しました。
…あなたブラックコーヒーなんて飲めましたっけ………?
ところで、意気揚々としたアリシアお姉さんにエスコートを任せて私は…と言うと、周囲の人の雰囲気が何となく落ち着かず、そわそわし始めました。
前世では人見知りなどは無かった筈なのですが、これも転生した影響なのでしょうか?
どうせなら虚弱体質や人見知りとさよならをして、超魔力やら神能力なんかが欲しいのですが、当然そんなに都合のいい願望は叶えては貰えません。
生まれ持った母親譲りの愛らしい外見とそれなりに裕福な家庭に生まれただけでも御の字です。それ以上を強請るのは神様に失礼です。
少し経つと注文した品が提供されました。
そういえば…と、ふと
「私にはやりたい事がない」
苦〜いコーヒーと悪戦苦闘してたアリシアは、私の言葉に気付いたのかきょとんとした瞳をこちらに向けました。
そんな彼女を他所に、私は続けました。
「ねえ、錬金術は…アリシアのやりたい事?」
私の問い掛けにアリシアは腕を組んでうーんと唸り声をあげます。これは言うべきか言わないべきかと言った心境です。親友なので察しがつきます。
………やがて意を決したのか、そんなに重い話なのか、彼女は答えてくれました。
「んー………やりたい事をする為の手段?」
なるほど、手段ですか。
「いやあのね?おばーちゃんにも感謝してるし、おかーさんとおとーさんの遺してくれた大切なお店だから勿論わたしにとって大切だよ?」
いつになく真面目な表情のアリシア。そんな彼女の横顔を眺めていました。
「それとは別にわたしにはやりたい事が……うーん、…やらなきゃいけない事が有って、それが出来る手段だと思うんだ。」
「………やらなきゃいけない事?」
思わず途中で口を挟んでしまいました。アリシアは続けます。
「それは秘密。でも錬金術自体も楽しいし、辛い事も沢山有るけどやりたい事だよ!」
眩しい程に満面の笑顔でした。
私にはやりたい事…やらなきゃいけない事がありません。折角転生した新しい人生なのに、私にはやりたい事が無く、魔力を持たないこの身には使命も助け出したいお姫様も居ません。
どちらかと言うと助け出されるお姫様側です。
アリシアが何を為そうとしているのかは分かりませんが、彼女の笑顔の明るさからはきっと暗い未来に続くものでは無いのでしょう。
そう信じていると、対象的に私の胸はぽっかりと穴が空いたかの様に空虚に感じるのでした。
━━━━━━━
━━━━━
━
「ありがとうございます。またお越し下さい」
最後まで渋い声でした。
暖かな店内から出ると、程良く冷たい空気が肌を通り抜けて行きました。
「んん〜〜〜…っ」
アリシアは大きく伸びをしていました。
結局彼女の苦〜いブラックコーヒーは私が処理をして、私のオレンジペコは心優しいアリシアお姉さんがもぎり取っていきました。
───有難い事です、ええ、とっても。
「まだお昼過ぎかぁ…エルは何かやりたい事ある?」
「そうね…」
私は少し考えると、呟く様に提案します。
「新しい本が読みたいわ。図書館じゃなくて…どこか良いお店は有る?」
「う〜〜〜ん……ちょっとだけ歩くけど、大丈夫?」
「えぇ大丈夫よ、案内してくれる?」
私の言葉に軽く了承して手を握ればそのまま歩き始めました。先程は気付きませんでしたけど、アリシアの手はとても暖かいです。手が暖かい人は心が冷たいと聞いた覚えがありますが、あれはきっと嘘ですね。
………とは言え、三十分程でしょうか…?割と歩いてる気がします。
日頃家に篭って居るので私は体力が有りません。息が切れて来ました。助けてください。
「う゛ぇっ!?まだ十分しか歩いてないよ!?」
驚かれました。
「あっほら!そこの角を曲がった所だからもうちょっとだよ!がんばれー!」
十分との御告げを受けてから、彼女の応援でも頑張れる気がしませんでしたが頑張りました。…………おえっぷ。
そして辿り着きました。
私の長く辛い冒険はこうして幕を降ろしました。今まで御愛読ありがとうございました。」
「終わらないよ!?まだ本も見てないからこれからだよっ!!お姉ちゃんがついてるから諦めないで!!」
途中から声に出てました。とにかく私はアリシアの手を借りて店内へと挑みます。
入店した私の目に飛び込んで来たのは、まるで図書館の様な本の山でした。
目に映る限りでも古い本から新しい本、どうやら数日分の新聞紙も有るみたいです。
「錬金術の本は………っと、あった!」
アリシアは元気に目的の物を見付けた様です。ヨカッタネ。
「…………って高っ!!一冊五百 S…お小遣い足りないよ!」
何やら喚いてる様子ですが彼女は錬金術の本や医術、家具や雑貨の本は読みますが学術書は私の知る限り、あまり読みません。
これもある意味将来のビジョンがはっきり見えてるからでしょうか?
そして私はと言うと…
「犬………かぁ」
思わず動物が沢山掲載された白黒の写し絵集に夢中になってました。店員さんの視線が怖いのですが、可愛いものは可愛いのです。
…………買っちゃおうかな…。
本気で衝動買いしそうになっていると、アリシアが私に問い掛けます。
「ねえエル?そう言えばエルって手先が器用だよね?」
「そう?確かに手芸はちょっと自信があるけど…」
「そうだよ!わたしの服のほつれとかボタンとか、パパパーって直しちゃったし!」
そう言われて見ればそんな事も有った気がしました。
そもそも私は家から出る事自体稀なので、いつもお母様と一緒に小さな小物や洋服の仕立て直しを教わったりしています。なので必然とそう言った事が少しずつですが上手くなってる気がします。
「この帽子のリボンもエルのお手製でしょ?すっごくお気に入りなんだ!」
アリシアの活発な元気さに似合うと思い着けてみたのですが、お気に入りとはとても嬉しいです。
「…気付いてくれたのね?ありがとう」
思わず照れてしまいました。頰が熱いです。でもそんな私に構わず彼女は続けました。
「えっへへ〜。それでね?こう言うのは興味あるかね?」
オッホンと言いそうな口調でした。
取り出したのは何やらファッション雑誌?でしょうか。
やはり白黒の写し絵で撮られた写真集ですが、様々な被写体の方々が綺麗だったり可愛かったりの服を身に纏いそれぞれ思い思いに様々なポーズを取っていました。
「興味…あるかも」
「よーし、じゃあこれはわたしが責任持って誕生日にプレゼントするよ!」
「えっ、でもお金がないんじゃ…」
「だいじょーぶ!エルの為に使う分はちゃーんと有るから!」
「アリシアったら…」
このお姉さんは妹分を惚れさせる気でしょうか?
ともあれ、アリシアは私の暖かな光なのは間違いない様です。
やりたい事…始めてから決めてしまってもいい気がしました。
━
━━━━━
━━━━━━━
あぁ…帰り道も有るんでした………。