1.『岩門』ーロックアーチー
「エルキュール、あまり遠くへ行っては駄目よ?」
優しげな声にエルキュールと呼ばれた少女は振り返り、儚くも元気な笑顔を見せました。
エルキュールと呼ばれたのはそう…産まれ変わった自分でした。
少女の名前はエルキュール=グラムバルクと言います。
純日本人な黒髪は光を包み込む様な金髪に、純日本人な黒目はキラキラ輝く様な碧眼に、男らしい顔付きは母親譲りの可愛らしい顔立ちに。前世ではそれなりに自慢だった少し高めな正幅も、今やこじんまりとした可愛らしい体躯に。
緑の基調とした服は大人しいイメージを表現したかの様な可愛らしいドレス姿。
───何より、男性だった筈の自分は、すっかりおしゃまな小さなレディへと変貌していました。
「はい、お母様」
素直な返事を返した少女の年頃は十二歳頃で、直に十三を迎えようとしていました
少女は近頃思い出します。
実感は無いのですが、此処とは違う全く知らない異世界の記憶がまるで体験して来たかの様に思い出すのです。
───自分が大きめな身体で、活発に山を登り、会社に勤め、友人と笑い合う。
いかにも極一般的で、普遍的な生活を送っていた記憶でした。
今の…病弱で、家に籠ってばかりで、触れれば簡単に手折れそうな程にとても弱い身体とは対照的で
少女の心を酷く切なくさせるのでした。
(昔の自分は「俺」と言ってましたけど…口にするのはとても恥ずかしく感じます…)
誰に聞かれるでも無いのに、少女は考えただけで頰が熱くなるのを感じてしまいます。
それでも自分が「佐藤剛士」で、本当は男性だと言う事を事実として認識していました。
「もう山には登れないのでしょうか…」
病弱な身体は自身の心を酷く虚ろにさせてしまうのでした。
「エルーーー!」
ふと、明るく弾むような声が自分の雲が掛かった様に暗く沈んだ思考を払い除けました。
声の主に視線を向けると此方へ駆け寄る姿が視界を覆い………いえ、身体に覆い被さりました。
とても可愛らしい少女でした。
弾む様な明るい声に茶色の活発なショートカットに編み込み、仔猫の様にクリンとした焦げ茶の瞳、自分よりも少し身長は高めで、とても健康的なしなやかな体躯。
着ている服も、赤を基調とした元気を表現したかの様な明るい配色の…錬金術師?をイメージさせる様なローブとスカート、真白いブラウスは袖が肘まで捲くられこれまた活発そうで、まるで自分とは正反対でした。
彼女が被るふわりと大きな真白いベレー帽の様な帽子には薄桃色の大きなリボンが着いており、去年に自分が彼女の誕生日に贈った物でしたか。
気に入ってくれてる様子で嬉しくも擽ったいです。
「アリシア、急に抱き付かれるとビックリするわ」
「ごめんごめん、久しぶりのお休みだからビックリさせようと思ってー」
「それなら大成功ね?」
「うぇっへへー、成功成功!」
この子はアリシア、アリシア=バーネット。エルキュールこと私の親友で、私より一つ年上で十三歳にして錬金術師として開業…つまり自立した生活を送ってます。
両親は既にいらっしゃらないのですが、両親の遺したアトリエで師事を受けるお婆様と二人暮らしをしています。
それでも曲がる事無く真っ直ぐに育った彼女は、今の私にとって太陽の様に暖かな存在でした。
「今日はエルとデートだからねっ!これでも急いで、エルに見付からない様に来たんだよー?」
「………それならいっそのこと盗賊に転職したらどうなの…?」
「それは………有りか!」
「無しでしょう。」
軽口を言い合いながらも暖かな何かを感じ、私は母にお出かけの挨拶をして彼女と街へ向かうのでした。
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私ことエルキュール=グラムバルクは転生者です。
以前私が存在した世界、地球と言う惑星の日本と言う島国では「佐藤剛士」と言う男性でした。
しかし私が転生したこの星は、科学と魔法が同水準で発達し、混在する世界『惑星ウィスタリア』と言います。
なんとこの星にはいくつかの国家が存在します。
大きく分けて、竜の帝国『ドラゴニア』、聖王国家『サンクト=ヘルメシュタイン』、大樹の王国『スロートリング』、機械帝国『メインズゲート』、空の皇国『フロートセンス』、大海を統べる大国家『グランアズール』
自分が送られたのは大樹の王国『スロートリング』の大陸加盟国『ファルネリア』と言う島国でした。
そして、更に小さな田舎町で礼節に厳しくも暖かな両親の一人娘として暮らしていました。
この世界の人間は亜人や精霊、魔族等と違い基本的に魔力を持たず、空気中の魔素を取り込めません。
極稀に一部、生まれつきで魔力を持つ人間も居ますが、その多くは冒険者として功績を上げたりするそうです。
私の両親ですが、お父様は口髭を蓄えた厳しい顔の軍人さんです。国を守る為に首都に行くと数ヶ月から数年くらい帰って来ません。
とても寂しいし心配ですが、いつもきちんと無事に帰って来るので帰って来たらぎゅーってします。
お母様はとても優しくて綺麗で私の大好きなお母さんです。いつもお父様の心配をしてるのに、顔に出さないで暖かい笑顔で私を撫でてくれます。頰にキスをしてくれます。
二人とも、私の第二の人生で一番大好きな人達です。
………でも、私の身体が弱いせいでいつも心配掛けてしまいます。
それが私にとって一番辛い事でした。
それはそうと、私の住む町の名前はロックアーチと言います。岩門と言うだけあってとても大きな岩の門に囲まれてます。
石畳みと木造りの家屋で造られた町並みですが、家の配色は割と落ち着いてます。
なんと言うか、英語もフランス語も他の外国語も、様々に織り交ぜられている様に感じるのはきっと私の前世の中途半端な知識に引っ張られているからなのかも知れません。
…きっと私の中の概念のせいです。…せいなんです。
それはさておいて、私が住む町を紹介します。
町の中心部にはお役所が有り、住民のお悩み相談から書類申請、冒険者さん達の冒険依頼などが手引きされてます。町の中心だけあって分かりやすいので沢山の方が訪れます。後それから、屋根の上のてっぺんのひよこ時計がとてもかわいいです。
次にその周辺ですが、人が沢山集まるのでお店が多く目の前には駅があります。
お店屋さんもそうですが、図書館も存在します。本の種類は程々ですが…。
駅には時々機関車が訪れます。遠くから家族に会いにやって来た人、沢山のお手紙や荷物、これから大切な人に会いに行く人、お仕事で来た人、お仕事に行く人。様々な用途で利用されます。
機関車に乗って都会に夢見て旅立つ人も居れば、お父様の様に長いお仕事に行く人も居ます。
次はいつ頃帰って来るのでしょうか…?
それから少し町の中に入って行くと、下町と呼ばれる町があります。私は通った事が有りませんが、学校もあるみたいです。下町は岩門のせいで余り陽当たりは良くないのですが、それに負けないくらい住民さん達の活気に溢れてます。
私の大好きな親友のアリシアもこの町でアトリエ…工房を開いてます。
この町は大きな岩の門に囲まれてると紹介しましたが、実は上にも町は続いています。
私の家はそちらに有ります。陽当たりも良く草花に囲まれているのですが、気温が変わり易いのが難点です。
町の端っこの方はすり鉢状で、斜面にはなだらかな所には農場があったり、上町に続く勾配が急な石段があります。私にはこの坂は越えられないので上町と下町を繋ぐロープウェイを利用してます。
アリシアはいつも坂を駆け上がって来るので凄いです。
この町は余り機械の手が入って無いので、とてものどかな町並みだと思います。
私は親友と町に降りて、パン屋さんで焼き立てのパンを買ったり、アリシアの工房にお邪魔して作業を眺めたり、図書館で本を読んだり…。毎日では無いのですが、町の方に来れば大体こんな感じに過ごしてます。
さて、紹介はこの辺りにして、今日は何をしましょうか?
私が腕を組み片手を顎に当て考えていると、明るい声が私に呼び掛けました。
「あのね?あのね?今日はエルに新しいお店を紹介したいんだ。」
新しいお店…?振り返り思わず小首を傾げてしまいました。
「うぇっへへー、いい反応だねぃ?どんなお店かは着くまでのお楽しみだけど、きっと驚いちゃうよ?」
アリシアの可愛らしいしたり顔に思わず顔が緩みました。…どうやら私はこの娘の千変万化の表情が大好きみたいです、
「それなら楽しみにしてるわね?驚かせてくれなかったら…罰ゲームかしら?」
「むぐぐ…っ!?だっ!ダイジョーブだよ!………多分、………きっと」
物凄く視線逸らしてますよー?
お姉ちゃんに着いておいでと言わんばかりの親友…だけどもうすぐ私も誕生日で、貴女に並ぶのですよ?
野暮な問答はさて置いて、私は結局アリシアと談笑にのめり込みながらも目的地へと足を伸ばしたのでした。
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