26.魔将軍
ーーーー突如として私達の目の前に現れた正装の虫人間は、そのバッタの様な口をもごもご動かして恭しく話しかけて来ました。
「お初にお目に掛かります、私、幻魔しち「ばーん」
シャリアさんのライフルが火を噴きました。何やってるんですかシャリアさん!?!??
虫人間の顔面にクリーンヒットした弾丸は弾けて溶けてしまいました。
しかし虫人間は顔を傾けてますが、特に変わった様子が無い様で、顔の位置を戻すと再び話し始めました。
「私、幻魔七将軍のベルゼ「ばーん!ばーん!」
ガインッ!ガインッ!…と金属が砕ける音が鳴り響きますが、やはり全然全く利いて無い様です。
「あわわわわわわっシャっシャリアさん!?なななな何を!?」
「アレ魔族でしょう?どーせあの虫共をけしかけたのはアイツでしょうし、先手必勝でサクッと殺っちゃえってワ・ケ・よ。てっへーーーーー♪」
「マジでイカれてやがんなぁ姉ちゃん。」
「返す言葉もないっす…」
私がガタガタ震えながら両目を丸くして涙目で虫人間さん…様を見ると。
「ヤレヤレ、自己紹介も満足にさせていただけないとは…」
タキシードの様な洋服をパンパンと手で払い、虫人間様は優雅に簡易テーブルセットを組み立てティーカップに何かを注いでました。
「ま、立ち話もなんですし、お茶でも如何ですか?」
お茶のお誘いを受けました。
流石にこれ以上怒らせるのは本気で不味いと思い、私は側へ歩み寄ろうとしましたが
「エルちゃんストップ!」
未だ銃を構えたままのシャリアさんに止められました。もういい加減にして欲しいです。
「マジでやっべーわね?アレを直撃で無傷とか、やっぱ綱体持ちに銃は不利ねー。」
小声でボソボソ話すシャリアさんでしたが私はもういっそ虫人間様の言う通りお茶を戴いてお帰り願いたいです。誰かこの人を何とかして下さい。マックスさんとかマックスさんとかマックスさんとか
「やめといた方がいいっすよ?」
マックスさん!!
そうですよ!早くこのお姉さんを止めてください!
「アイツが飲んでるの、ヘドロっす。………しかし綱体持ちとは厄介っすね…」
へ?ど?ろ?…こ?う?た?い?
「あらエルちゃん知らない?綱体。ある一定以上の鍛錬を積んだ練気使いや、極大の魔力を持つ魔族や精霊なんかが持ってるんだけど、普通の銃弾や攻撃なんかはちーーーーーっとも効きやしないってワケ。」
「簡単に言うと障壁を身体全身に纏ってるのよね。……分かりやすく言えば、身体の周りに分厚い城壁がくっ付いてる様な物ね?オーケー?…つまり」
「あの虫に対してあたし等は為す術が無いのよ」
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ーーーーーその頃、シャリア商会のキャンプでは、気絶したアリシアが目を覚ましました。
「アリシアちゃん………だいじょうぶ……?」
シャルロットが視界一杯にドアップでした。心配そうに、されど興味深かそうにアリシアの顔を覗いていました。
なんと言うか、凄く熱の篭った瞳で唇を見詰められてる気がします。
「えあ?…大丈夫、…大丈夫だから。」
アリシアにはいつもの元気が有りません。
「そうなの…?じゃあ…もう一回」
再び唇に吸い付かれました。
アリシアは驚き硬直しましたが、すぐにシャルロットの身体を引き剥がし、苦し気に息を吸ってます。
「アリシア……ちゃん?」
「ごめんね……シャルちゃん…ごめん…」
アリシアは顔を向ける事が出来ません。
シャルロットは急にアリシアに拒絶され、困ったのと悲しいのと裏切られた気持ちで一杯になってしまいました。
アリシアは………アリシアだけはきっと自分の希望になってくれると思ったのに。
姉以外で初めて自分を理解しようとしてくれた人なのに。
それなのに今の自分はアリシアに否定された様で、とてもとても悲しくなりました。
「ごめん、シャルちゃん…これはわたしとエルキュールの特別だから………ごめんね。」
「アリシアちゃん…の………ばかぁ!!」
シャルロットは再び壷へと引き篭もってしまいました。
それを見届けたアリシアは、深く心に傷を負いました。………傷付けるつもりは無かったのです。
しかし、特別を簡単に許してしまった自分自身に、シャルロットの気持ちを弄んでしまった事実に、アリシアは自分自身への怒りで満たされていました。
ーーーアリシアの心はグチャグチャの曇り空の様でした。
「……まったくもうだよ、アリシア=バーネット!!」
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優雅なティータイムを終えて、虫人間は再び此方に向き直りました。
「………そろそろ私の目的を語らせていただきますね?」
名を名乗らせて貰えない虫人間の足元には二人の人間と、一人のドワーフが転がって居ました。
圧倒的な力量差の前に為す術が無かった光景をただただ眺める事しか出来なかったエルキュールは、顔を青ざめ地面に腰を落としてガタガタ震えてました。
周囲の魔物は主人の指令が有るまでは全く襲い掛かる気配がありませんでした。
「えー…私共の目的は、まぁ有りがちですが被験体の確保です。」
「丁度良く良いサンプルが此方にいらっしゃったので、是非とも御協力頂こうと、こうして馳せ参じた次第でしたが。」
虫人間の演説に震えて聞いていた私は、思わず恐怖で失禁してしまいました。
それでも遠慮なく虫人間の演説が続きます。
「ふむ………被験体は種族も疎らに、人間二匹とドワーフ一匹で十分でしょう。」
「それと、出来れば丈夫な個体が望ましい。………ですので」
「残念ながらアナタは必要ありません。そこで我が眷属達の食事になる栄誉をさずけましょう。」
エルキュールは息を飲みました。
何故私はこの様な恐ろしい場所にやって来てしまったのでしょう?
何故私はシャリアさん達の様に勇敢に戦って死ねないのでしょう?
何故私は…………アリシアを一人残して死んでしまうのでしょう?
「させ……無いわよ!!!」
シャリアさんが何かを拾い上げ振り被りました。
先程キングワームに投げ付けたピッケルでした。先がほんのり輝いてる気がします。
「無駄ですよ」
しかし虫人間の片手にあっさりと根本から圧し折られたソレは最早何の意味も持たない棒切れになってしまいました。
「マックス!!!」
シャリアさんは叫びながら取り出した二丁拳銃で虫人間を撃ちまくりました。いつの間に弾を込めたのでしょうか?
そしてマズルフラッシュの中から飛び出したのはあの凶悪なペンチでした。
「ほうほう!?」
虫人間は何やら楽しげな声色でペンチを押さえ付けましたが、更にドワーフのおじさまが大槌に魔力を込めて地面を殴り付けました。
すると一呼吸置いて虫人間の足元が隆起して、正にギロチンの要領でペンチの刃部分に吸い込まれました。
ーーーーのですが。
「素晴らしい!やはり貴方がたは我等が魔王様の為の検体に相応しい!!」
「是非とも御協力頂きましょう!」
ペンチはあっさりと砕かれ、隆起した地面は片足を踏み込んだだけで押し返され、逆におじさまが岩の槍に貫かれました。
しかし全てを眺めていた私は何も出来ずに震えてました。
………そんな自分自身に嫌気が差した時の事です。
「では其方のお嬢さんには御退場願いますね?」
虫人間が人間の様な指をパチンと鳴らすと私の身体は巨大な芋虫にのしかかられ背中に針を刺されました。
何かがドクンと身体に流し込まれました。
「かっ………は……?」
「エルちゃん!?」
段々と身体がしびれてきまし…た
わた…は……まま…べられ……う…………………………
「クッソこの!!あたしのエルちゃんから離れなさい!!」
「いいえ離れるのは貴方です!!」
空中でマックスを掴んだ虫人間はエルキュールに駆け寄るシャリアに投げ付けました。
豪速とも言える勢いで飛んで来たマックスを避けられ…いえ、避けると死ぬだろうと判断したのか、一切避ける事なく全身でマックスを受け止めたシャリアはそのまま虫共の山に埋もれました。
虫共は遠慮なくシャリアやマックスに集り、針を突き刺し、麻痺毒を流し込みました。
「ゴハァっ!!……テンメェぇ!!!」
「貴方もですよ。」
腹部を抑えて顔だけで睨むドワーフに、まるで瞬間移動の如く側に現れれば虫人間はそのまま回転蹴りでドワーフを蹴り飛ばしました。
ギュルギュルと回転しながら吹き飛ぶドワーフは岩に叩き付けられ動かなくなりました。
そしてこれもやはりあっさりと虫にたかられ麻痺毒を打ち込まれました。
薄れる意識の中、エルキュールは虫人間に顔を向けました。
「アナタは何の役にも立ちそうに無いと思いましたが、ふむ………食糧より苗床の方が役に立ちそうですかね?」
エルキュールが髪を掴まれ品定めされていると、シャリアとマックスに、そしてドワーフにと視線を向けました。
皆殺されてしまったのでしょうか?
ーーーーエルキュールの中で何かがザラッとノイズの様に走りました。
《ーーーー状況確認。》
《ーーーー生命反応多数。》
《ーーーー目標捕捉。》
「ーーーー生命体の記録回収に移行します。」
ーーーー私の声ではありません。
私の右目からドロリとヘドロの様にドス黒い何かが零れた気がしました。




