15.師匠
あと少しで二人の逃避行は完了。…と言う所で衛兵の団体と共に、エルキュール=グラムバルクとアリシア=バーネットの目の前に現れたのは二人がよく知る人物でした。
ヴォルフガング=フォン=グラムバルク。
エルキュールにとっては愛する父親であり、大陸加盟国『ファルネリア』の陸軍将校です。
アリシアにとっては大切な幼馴染であるエルキュールの父親で在り……。
「師匠………」
エルキュールは耳を疑いました。
親友にとって私の愛する父は、師匠と弟子の関係でした。
「なんで……こんなタイミングよく…っ!」
「不思議かね?不出来な弟子を見送りに来る事がそんなに…?」
エルキュールは二人を見比べました。突然の事過ぎて理解が追い付きません。
「お父さ……まとアリシアが……師匠?弟子…?……いつからなのですか?」
「答える必要は無い。エルキュール…母さんが心配してる。先に帰りなさい」
「お父様……それは…」
エルキュールは後ろめたさと圧倒的な威圧感で父親と顔を合わす事が出来ません。そもそも暫く会話すら殆ど無かったのですから。
「……師匠…それは出来ません…!」
「ほう?何故かね?」
アリシアは顔が青いままですが、目を逸らさず真っ直ぐに答えました。
「エルキュールを……彼女をこの町から解き放つ為です。」
「……彼女は町の外の世界を見たがってます。……成長しようとしてるんです。……だからわたしは…わたしがエルキュールを守りたいんです!」
「必要ない、君の処遇は私から軽い物にする様に掛け合おう。頭が冷えてから旅を始めなさい。」
………一蹴でした。
険しい表情のまま答える父は一切取り合う様子が無い様に感じます。
いつの間にか周囲は衛兵達に包囲されていました。
「………分かりました。………エル、……ごめん。」
またしても親友に謝罪を受けました。…どうやら私の冒険はここまでの様です。
思えば激動で濃密な三日間でした。この後の抑揚のない人生において、刺激的な思い出として抱くには十分でしょう。足元に視線を落とし、心の中でアリシアにお礼を告げると…
アリシアがあの紅く輝く剣を何も無い空間から、まるで手品のように出現させました。
……そして同時に再び髪は長い銀髪に、両目は真紅に燃え上がり、身体中にもまた真紅のオーラを纏いました。
「ごめん…ほんとごめん……」
「師匠、………倒します。」
言うと同時にアリシアは一気に、直進に、目の前の障害物に向かって真っ直ぐに跳躍し、剣を斜めに袈裟斬りで斬り掛かりました。
…が、片手で抜いた幅広の軍刀にいとも簡単に弾かれ、そのまま柄で殴り飛ばされました。
「くっ……早い…!」
「いいのかね?続ける心算ならば、最早君を擁護は出来なんだが。」
「構いません。あの子を守るのはわたしです。」
胸に込めた決意を言葉にしながら、アリシアは高速でヴォルフガングの周囲を跳び、駆け、隙と見れば斬り掛かり…を繰り返し続けます。
その光景がエルキュールの目には追えていませんし、会話も剣戟の打ち合う高い音も合いまり聴こえて無いのですが。
お陰でエルキュールは、ただただオロオロしながら二人の闘いを眺めるだけでした。
衛兵達は予め指示が出ていたのか、今が最大の好機にも関わらず、エルキュールに指一本触れる処か近付きさえしません。
しかし、緊張感が張り詰めた二人の勇者の斬り合いに、他に集中力を割く事が出来ないエルキュールは、その事には全く気付きませんでした。
アリシアの翻す剣は主に腕や脚を狙ったものでした。その全てが殺す為では無く行動不能にする為の剣戟でした。
その程度の事はヴォルフガングには全て把握済みです。
敢えて目で見てから剣を振るっても、一撃目で剣を弾き返し、弾かれてる瞬間に二撃目で三段の斬撃を叩き込み行動不能にする事も容易い程でした。
しかし、ヴォルフガングは敢えてそれを、「まだ」しませんでした。
この打ち合いが丁度、百合に達しても尚、いつまでも彼の予想を脱し得無いので在ればそれをする腹積もりです。
アリシアが攻撃を辞めても当然、同じ事でしょう。
七十、八十と打ち合いの回数を重ねても、全く変わりません。アリシア自身にも焦りが見え始めました。
アリシアには師匠の意図は分かりませんが、自分があからさまに手加減されてるのがよくよく理解出来ます。
しかし自分にはヴォルフガングを本の僅かにでも怯ませる……いえ、認めさせるだけの非情さも切り札も在りません。
…そうして斬り合いは九十合を迎えました。
(何か……!何か師匠を超える何かは…!)
強請るだけでは何も出来ません。…アリシアの剣はそれでも緩みは許されません。
これは彼女自身の決意が故に、過去の弱かった自分を乗り越える為にも絶対に諦めてはならないと言う覚悟があるからです。
エルキュールは自分が守る。絶対に揺るがない決意なのです。
剣戟が九十九合目に到達した頃、ヴォルフガングの目付きが変わりました。
アリシアは次が最後であろう事を理解しました。
誰もがアリシアの敗北を、ヴォルフガングの勝利を確信しました。
横目でエルキュールを見ました。……彼女は何も言わず、両目を閉じて顔の前で両手を組み、祈る様な格好をしています。
アリシアは気付きました。幼馴染が、自分の勝利を信じて全てをわたしに委ねた事実を。
アリシアの心は熱く熱く燃え上がりました。同時にアリシアは呼吸を置き去りにしました。
百合目が弾かれた時、ヴォルフガングは一切の油断も慢心も無く、軍刀の峰で全力で剣を持つ手、左手、右太腿に目にも止まらぬ高速で打ち付けました。
………筈でした。
「これが……わたしの答えです。」
アリシアはこのヴォルフガングの謎掛けに、「自分自身の今の力ではどうしようもない状況にどう対応するのか」…と言う問いに答えを提示しました。
手立ても切り札も無いのなら、その場で作ればいい。
彼女は紅く輝く剣を離して居ませんでした。寧ろ増えてました。
両手に携えるふた振りの紅き剣はヴォルフガングの剣戟を受け止め切り、攻撃の衝撃が強過ぎたせいか手は酷く痺れますが、辛うじて継戦が可能でした。
「ふむ、では今度は遠慮なくこちらから向かおうか。」
ヴォルフガングの大振りの一撃が顔面に迫ります。
アリシアはこれを剣で受け止める事はせずに全力でヴォルフガングに向かって跳躍し、紙一重で摺り抜けました。
そして交差しながら肩口を斬り付けますが、やはり容易く避けられてしまいます。
アリシアは着地と同時に踵を返して、片手の剣を離し、一本の剣に全力を込めて斬り掛かりました。
………しかし、ヴォルフガングは後ろを振り返る……と言うよりその場で回転しました。回転を加えながらの斬撃、回転斬りを披露しました。
アリシアは剣ごと弾き飛ばされました。
そのまま吹き飛び勢いを殺せないまま壁に激突しました。
アリシアが地面に突っ伏して嗚咽を漏らしていると、ヴォルフガングが歩み寄り、一言。
「惜しかったが、やはり君に娘は任せられんな。」
アリシアはその言葉に瞳を閉じました。
「では、娘の事は諦めたまえ。」
ヴォルフガングが剣を振り下ろしました。
………と、今度こそ誰もが決着を確信しましたが、またも、そうはなりませんでした。
アリシア自身とエルキュールだけはアリシアの敗北を信じてませんでした。
ヴォルフガングの剣は突如飛来した何かに弾かれました。
それはアリシアが離した筈のもうひと振りの紅い剣でした。
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───剣を弾かれたヴォルフガングは、何も言わずに軍刀を拾い上げました。
吹き飛ばされ、壁に叩き付けられたアリシアは、未だに身体が動かず最早万策尽きたかと、最期の瞬間を待ちました。
しかし、幾ら待てどもその瞬間は訪れませんでした。
アリシアの前に立ち、軍刀を腰の鞘に納めると、無言でアリシアの手を引き起こしました。
「うむ、良き答えであった。」
その言葉にアリシアは思わず腰を抜かします。きっと緊張の糸が切れたのでしょう。
ふた振りの剣は消え、髪も目も元に戻ってしまいました。
「……だがアリシアくん、君はまだまだ世界には通用しない。君が本気で娘を守り切るので在れば、もっと精進しなさい。」
ヴォルフガングの表情はとても優しいものでした。
緊張感が薄らぎ優しい笑顔でアリシアの頭を撫でる父は、恐らく私の親友を認めてくれたのでしょう。
………いや待って親友。
お父さんにナデナデされるとか何それ羨ましい。私だって最近…三年間ずっと全然そんな経験無いのに頭を撫でて貰うとか狡くないですか?
いや頑張ってくれたのは分かりますよ?身体中切り傷とか擦り傷とか凄いですし。私の為にしてくれた事なので嬉しいのは嬉しいですが、それとこれとは別です。
って言うかもしかしてお父さんを三年間ずっと独占してたのはアリシアですか?
このキャットシーフめ!ケット・シーめ!お父さんのナデナデは私の特権なので私も撫でてくれる事を要求します!さあどうぞ!お父様!愛しのエルキュールを心行くまで愛でてください!」
「だからその癖本気で治しなってば…」
「えっ、エルキュールさんって、こんな人なんだ…」
「エルキュールさん引くわー。」
「エルキュールさんがやべーやつだった件」
「グラムバルク卿の御令嬢が変態過ぎた…」
「あたしは分からなくもないけど…」
声に出てました。
なんか一部で同意の声が聞こえますね?気のせいでしょうか?
かく言うお父さんはと言うと………
「愚かな私の娘がすまぬ。」
───顔に手を当て皆様方に謝罪してました。




