14.旅立ちと決めた日
アリシア=バーネットの頭は真っ白でした。
幼馴染であるエルキュール=グラムバルクの告白を聞いて、思考が定まりません。
「………どういう……」
「私はね?アリシア…私は」
「もって後七年の命らしいの」
アリシアはぐらりと床に倒れました。
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わたしの大好きな幼馴染には出来るだけ安全にこの町で過ごして、もしかしたら好きな人も出来て、それは少しだけ悲しいけど愛し合って、かわいい子供も生まれて…。それでわたしが帰って来た頃には今日までの事を笑い合ってお互いにお婆ちゃんになっても仲良く過ごして…。そんな日々を夢見て。
そんなわたしの親友が残り少ない命。納得出来る訳がありません。
「どうして…?そんなの知らない…どうしてなのさ!!」
わたしは体勢を立て直し、床に座り込んだまま、思いっきり叫んでしまいました。
エルキュールはそんなわたしを優しく抱き締めます。それが今のわたしにはとても辛いです。
「三年前のあの化物にね?…本当はあの日死んでたのかもしれないけど…私の身体はあの時の化物の毒で汚染されてるのよ」
「あの……日の……」
アリシアは心が押し潰されそうでした。何とか耐え切っていると、エルキュールは続けます。
「勘違いしないでよ?あの日から私は寧ろ体調も良くてね?身体も人並みに動かせるようになったし、おととい言ったように、貴女が私を守ってくれた事にも感謝してるの。」
「それでも世間知らずな私は、この世界への憧れを抑え切れないの。貴女が何を言おうと、お母さんが止めようと!私は世界へ羽ばたくつもりよ?」
絶句と言うか呆れたと言うか何と言うか…。
わたしはもうこの頑固な幼馴染を止める手立てはありません。
「まったくもう…まったくまったくもうだよ!!」
「エルキュール一人で冒険だなんて危なすぎでしょ?…わたしの旅の途中までなら一緒に行ってあげるよ」
「あ、結構よ?」
「へ?」
「だって貴女には一度断られたし、それなら他の冒険者さんに依頼するしか無いじゃない?断ったのは貴女ですから」
わたしは意地悪な発言に思いっきり頰が膨れました。本当にずるい子です。
「ダメなの!!エルはわたしが絶対に守るから!わたしと行くの!!」
幼馴染の顔がにまーんとニヤけた様に見えました。
「はい、不束者ですがよろしくお願いします。」
本当にずるい子です。
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さて問題は、エルキュールの母ことミューリッツァ=N=グラムバルクの存在です。
このまま家に帰ると恐らくまた軟禁状態でしょう。しかし何も告げずに去る訳には行きません。
私達は一度アリシアの工房に戻りました。
……しかしお婆様のお姿が見え無いのが気になりましたが、アリシア曰くおととしの暮れに亡くなったとの事でした。天涯孤独の身になってました。
私はアリシアの、命を投げ打つ様な決意はここから来ているのかと悲しくなりました。当の本人は気にするなと言ってくれましたけど。
さて話を戻しましょう。…アリシアが昨日の服と同じ様な服を探して私に渡してくれました。
元々着ていた服が有るのですが、旅をするには不向きだとか。
私達は一度身体を綺麗にする為にお風呂に入りました。お湯の節約の為に一緒にです。
時々アリシアの視線がねっとり絡んで来た気がしますがきっと気のせいですよね?
私達は漸く石屑や砂埃、身体に塗れた血液等とお別れしました。お風呂上がりのアリシアの髪は洗い立ての猫の様にふわふわでかわいいです。
互いに着替えを終え、アリシア特製の食事を済まし、手早く身仕度を整えると、私は二通の手紙をしたためました。勿論父と母宛にです。
内容は割愛しますが、簡単に説明するなら今までありがとう…と、旅に出る事です。
私が手紙を書き終える頃にはアリシアの方も旅支度を整えてくれました。
何やらコンパクトに荷物が纏めてられてます。私は替えの服など少し不満も有りましたが、そこは現役の冒険者さんの指示に従いましょう。
足りない下着は行く先々で買えばいいのです。
さて、私達の準備が整った頃、何やら入口の扉がノックされる音が聞こえました。
「アリシア殿!いらっしゃいますか!?」
女性の声でした。
「はい、何か御用でしょうか?」
入口の扉を開けるとそこには複数人の衛兵の姿がありました。もしや昨日の件でしょうか?
「お忙しい中申し訳ありません。此方にグラムバルク卿の御令嬢がいらっしゃるかと…、出来れば穏便に引き渡して頂きたいのです。」
あぁ、やはり捜索願いを出されていました。間違いなく母の手の者ですね。
「グラムバルクのお嬢様ですか?何かあったんですか?」
「目撃情報も有ります、単刀直入に言いますが、彼女は誘拐として届けが出されています。」
お母様…なんて事を考えてるのでしょうか…。
「彼女は様々な方から狙われる身です。我々も後の英雄に手荒な事はしたくないのです。どうかご英断を」
「………分かりました。」
理解されました。とてもとても困ります。
「それでは彼女を渡しますので少々お下がり下さい。」
思わず文句を言いそうになりましたが、素直に一歩下がる衛兵を見てアリシアは私を荷物ごと抱き上げました。お姫様抱っこですか?姫抱き!姫抱き!
「では、失礼します。」
彼女が紅いオーラを纏い、髪が白く伸びると高く跳躍しました。衛兵は少し遅れて追跡の号令を掛けた様です。
アリシアのこれは紅の勇者モードでしょうか?
家の屋根伝いに町中を飛び回ると、衛兵を振り切った所で元に戻ります。
「ちょっとアリシア…大丈夫なの…?」
「元々アトリエは引き払うつもりだったから…。思い出は沢山あるけどね?」
「そう言う事じゃ………もういいわ」
自分の我儘さに思わず心の中で溜息が出ます。
「ほら、今から駅に向かうよ?もうすぐ出る筈の機関車に乗るよ。それに乗りさえすれば追っ手は来ない筈だから。」
「……中央ね?かなーり不安だけど、きちんと守ってね?騎士様?」
「分かったよお姫様。」
私達の逃避行が始まりました。
町中を駆け回り、時には衛兵に立ち塞がれ、裏道を伝い、私はアリシアに手を引かれながら走りました。
凄くドキドキしました。興奮が収まりません。
なんだか悪い事をしているみたいで生まれて初めての経験に私の心は打ち震えます。
かく言うアリシアはと言うと………笑ってました。
きっと私と同じ気持ちなのでしょう。
人だかりの出来る町中を、私達は全力で駆け抜けました。
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町中を駆け回り、衛兵達の包囲網を抜けて、私達は中央区に辿り着きました。
体力の無い私は全力疾走等ほとんどした事が無かったので、最早息も絶え絶えです。心臓がズキズキします。
アリシアは「しょーがないなぁ」と言った感じに此方に再度手を差し伸べてくれますが、そもそも冒険者さんと引きこもりで体力に差が生じるのは仕方のない事だと思いますよ?思いません?
私とアリシアは手を取りました。そして駅へと向かいました。
これでこの町とは暫しお別れです──。
こうしてみると感じ入るものがあります──。
──しかし、私達を遮る者が駅から歩み出て来ました。
私はその顔をよくよく知ってます。アリシアもまた青い顔でその方を見詰めています。
ここで一番超えがたい障害が現れるとは思いも寄りませんでした。
━━━隻腕の陸軍将校の登場でした。━━━




