9.アリシアの決意・前編
アリシア=バーネットの手料理はとても家庭的でした。
豆のスープと固いパンが一欠片、それからスクランブルエッグを添えてくれました。見た目には素朴な家庭料理でした。
この世界のお母さんが作るならこんな感じだろうなぁ…と思いながらも、最愛の親友との食事は幸せなひと時でした。
…うちの食事は全てお手伝いのおば様が用意してくれますからね。母の手料理なんて食べた事が無いです。
「エルキュール、この後暇?」
小首を傾げる様子の彼女にエルキュール=グラムバルクは何も考えずに頷きました。
完全に忘れてますが、私は昨日脱走して来たのですよ?
「あのさ……お祭りも今日までだし、……今日だけ一緒に周らない…?」
何やら張り詰めた表情でした。
勿論断るつもりが一切無く、快く即決で快諾しました。
…ですから私は昨日脱走して来たのですよ?思い出しましょうよー?
「勿論良いのだけど、替えの服がないわよ?」
「おっっっじょうさまだなぁ…良いよ、私の服で良かったら貸してあげる。」
溜めましたね?乾いた笑いが漏れました。
私が食器を片付けていると、何やら奥からうんうん唸り声が聞こえてきます。
「エルキュールぅ〜?好みとか有る〜?」
「あと少しだから待ってくれる?」
食器を洗い終わり、彼女の下へと向かうとお部屋に様々な色や種類の服が並べられていました。
「あのね?大きさが合わないのは仕方ないと思うんだ。………だから何も言わずに選んで?」
「何も言ってないじゃない…。」
親友の小さなプライドをわざわざ貶すのもどうかといくつか見て見ましたが
…………小さいですねー。
昔は私の方がブカブカな位だったのですが、これはもうなんて言うか……その……
仕立て直した方が良さそう?
いやほんと真面目にどうしましょう?
そして時間を掛けすぎました。何やら怨念染みた視線で此方を見て来ますよ。
助けてお姉さん。
お姉さんこの子だった。
「無駄に成長してーーーっ!!もうその格好でいいでしょっ!!」
「きゃっ!ちょっやめてっ!!」
涙目のアリシアに胸を揉まれました。引き剥がそうとしましたが、無駄でした。実力に差があり過ぎます。
って言うか痛いです!!本気でちょっとやめてください千切れます痛い痛いやめんかーー!!
───殴りました。
思いっきり拳骨で脳天に振り下ろしました。親友…最愛の人と言えどセクハラには容赦はいたしません。
レベルアップ、アリシア特攻が付きました。アリシアへのツッコミが必中になりました。アリシアへの信頼度が微量に減りました。暴力ヒロインに返り咲きました。
服がシワだらけになりました。
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エルキュールは緑色ではなくなりました。明るい青紫色に変色しました。
アリシアから借りた服の中では、偶々身体に収まったのですが、それでもまだ少し窮屈そうです。主に胸が。
お陰でアリシアが着れば程良い丈が、少し屈むと色々と危ないですし、胸のボタンが悲鳴をあげます。
何処と無くブレザーに似てる気がしないでもないです。
因みに元々着ていた服は洗濯中です。
「ぐぬぬ…半分くらいくれても良くない?」
「何を言ってるのか分からないわ」
そんなに胸を凝視されると照れ…………いや怖いです。その内食い千切られそうです怖いです。
「それより、お祭りに行くのでしょう?早く行きましょう…?」
「あっ、うん。…ほら、手を繋ごう?」
差し出された手をエルキュールは握りました。すると私の手を引いて先導し始めました。
やはりエスコートをしたがる所も変り無く、私の知っているアリシアのままなのでした。
但し、私が昨日脱走して来た事実は蚊帳の外です。
町に出るとカラフルな屋台が並んでます。
昨日は目的があってスルーしましたが、今日はゆっくりと楽しめそうです。
面白そうな出店を探すと、小物売りの露店が目に飛び込みました。
私はアリシアに目で確認を取ると無言で小物売り場に連れて行ってくれました。
「これは……オーナメントでしょうか?」
一つ二つ商品を見比べて見ると、形こそ違うものの数々の飾り付け用の小物が売られていました。
なるほどなるほど、こういう物を家に飾り付けてみるのも良いのかも知れません。もしかしたら少しは家の雰囲気も明るくなるかも………。
「あっ……忘れてました。」
やっと思い出しました。そう、何を隠そう、エルキュール=グラムバルクは昨日、家を脱走して来たのでした。
隠してませんが事実は事実です。思い出して偉い!
「アリシア…帽子の代わりと言ってはなんだけど…」
……あぁ違いました、最早脱走の事実を思い出す気がないのでしょうね。
言いながら会計を済ませた私はアリシアの帽子に飾りを付けました。
羽根の側にクリスタル製のハートの形のオーナメントを手早く縫い付けると、アリシアの頭に被せました。
「エルキュール…ありがと、…似合う?」
「えぇ、とっても可愛いわよ」
「えへへ、ありがとエルキュール」
照れ顔で笑うアリシアは本当に私にとって天使の様な存在なのでした。
被っては鏡を眺め、外しては飾りを見て、…を繰り返す彼女の様子はまるで小動物の様です。
天使で小動物です。二倍お得です。
思わずにこにこ眺めて居ると、アリシアお姉さんはむーっと頰を膨らませて。
「ほら!次いくよ!」
私の手を握り次の露店へと向かいました。
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いくつかの出店を周った頃、お天道様は真上に上ってました。
大分歩いたのでお腹が空いて来ました。………アリシアがエルキュールの顔を覗き込んでました。
「エルキュールさ…体力付いた?」
「?……どうしたの?急に」
「ほら、昔のエルキュールはさ、少し歩いただけで体調崩してたから…」
あぁ成る程。確かに今は昔と違って人並み程度には動けます。自分の身体事情を鑑みれば、それが改善かどうかは判断が難しい所ですが。
「そうね…今は結構歩き周れるのよ?発作も起きないし、もう迷惑を掛けたりしないわ。」
「迷惑だなんて…思わないよ」
ツンデレ赤茶猫娘が頰を紅く染めてます。可愛いです。
「アリシアは……よそよそしくなったわよね?」
アリシアは息を飲みました。どうやら言葉を選んでいる様子です。
「………人はいつまでも子供のままじゃいられないって事だよ。」
「そうね……だとしても、私はアリシアが大好きよ?」
「うん、わたしも…」
「ふふふ、嬉しいわ?ありがとう、アリシア」
「ん。」
────会話が途切れました。
私がアリシアへ掛ける話題を探して四苦八苦して居ると、アリシアはトテテと音がしそうな足取りで、町が見える小高い丘に上りました。
「あのね、エルキュール」
「大事な話があるんだ」
────いつに無く真面目な表情でした。
しかし、その続きは無粋な介入者によって遮られました。─────




