97.屍界狂想 ネクロノワール 11
草木の宿らない平野に、瓦礫に包まれた広間に、乾いた音が鳴り響いていた。
「どうした!?強くなりたいんじゃ無かったのか!?それとも死にに来たのか!?」
語気を荒々しく怒鳴り付ける男性の声は、一人の青年をひたすらに打ち付ける男性の拳は、事情を知らない者にとってはまるで生かさず殺さず虐め殺そうとしている様だった。
男性が拳を振るえば青年は吹き飛ばされ、瓦礫に叩き付けられ、或いは地面にめり込む程に殴られるか。
そもそも青年の身体は人間の物ではない。生身の部分と、金属の部分が織り混ざった様な重厚な見た目から察せる様に、彼の身体は途轍もなく重いのだ。
それに対し、外見的には人間のそれとしか思えない男性の拳一つで金属の塊をいとも容易く殴り飛ばせると言うのはどう言う事なのだろうか?
この事実は青年の精神を叩き潰すには十分な実情だった。
「………もう一度お願いします。師匠!」
いや、潰れなかった。
今の青年…シグルドには幾らでも立ち上がる理由が有ったからだ。
期限は一ヶ月、それまでに少しでも強くなる必要が有るのだ。
それからの彼は兎に角殴られ、叩きのめされ、空中に身を投げ出され、地面にめり込む事など日常的な光景となった。
ーーー食事の摂れない日など幾らでも有った。
最も、味覚の死んだこの身体に食事による娯楽等存在しないので、あくまでも破損した部品の調達、修復が主とした理由で食すのだが、それでも空腹感を感じてしまうのはまるでゾンビを連想させるのだろう。
いや、実際にゾンビの様な物なのだが。
それからは、師匠と仰ぐ男の元で様々な戦い方を学んだ。
ある時は素手での格闘術を。
ある時は武器を用いた戦闘方法を。
ある時はワイヤーやトラップの使い方を。
仕上がり自体は中途半端だが、各戦い方を学ぶ事で僅かながらの対処方法を覚えて行った。
実の所、シグルドには人より多少優れた戦闘感と言った物が有った。
通常、一ヶ月程度で様々な戦い方を詰め込まれた所で覚えられる訳が無いし、寧ろ他の戦い方が邪魔をしてまともな戦闘術等磨かれないだろう。
それでも様々な戦い方に喰らい付けたのは、守るべき者が在ったからか。
それとも、成し遂げたい野望がそれ程までに大きかったのだろうか。
とにかくシグルドは打たれ、射たれ、切り刻まれても師匠と仰ぐ男の拷問の様な扱きにしがみ付き続け足掻いた。
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シグルドが師匠と呼ぶ男性に虐め抜かれて居た一ヶ月の間、リンムレは工房に出入りしていた。
当然、遊んでいる訳では無く、自分自身に出来る何かを見付ける為である。
目的は有った。
始めは自分達の本体の修繕を自分自身で出来る様になる事だった。
しかし、いつしか工房での作業を手伝い始め、レオンと共に改造に勤しむ内に彼女は段々とのめり込んで行くのだった。
そんな折、リンムレはふと気になった事を問い掛けた。
「レオンさん、これらの武器や兵器はどうやって調達してるんですか?見た所、ここで開発してる様には見えませんし…。」
しかし彼女の質問に主人は答えなかった。
ーーーこれはつまり、自分達が頭から信頼されてる訳では無いと言う事だ。
「ーーー私達が皇国や帝国のスパイで在る可能性…ですよね?正しい判断だと思います。」
「悪ぃな、嬢ちゃん。国を守る為には情報ってのは大事な物だからよ。まぁ俺様に出来る限りで協力はすっから、勘弁してくれや。」
「いえ、そもそも勝手に転がり込んで、問題まで持ち込んだ私達を受け入れてくれただけ有難いです。」
恭しく頭を下げる少女に、レオンは気まずそうに首を横に振った。
「特殊飛行制御装置つったか…。ありゃ再現はマジで難しい代物だが、それでもあの空戦技術とあの異常に便利な右腕の技術提供との交換だからなぁ。ほんと、人殺しに関しちゃ異常な迄に発達してやがんな、あの外道国家が…」
主人は実に苦々しい表情で外道に堕ちた皇国の技術に付いて褒めるのだが…。
「………ま、戦争が無かった時代から生きてる俺様としちゃあニイちゃんも嬢ちゃんもこんなクソみてぇな殺し合いから足洗って欲しいんだが…」
しかし、レオンはその先の言葉を飲み込んだ。
何故なら彼女が、彼等が今更引き返すつもりも無い闘いに身を投じてる事を…自分達で決めた闘いなのだと理解しているからだ。
ーーー察してくれた事に安堵したリンムレは、静かにお辞儀をするのだった。
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ーーーー帝国領内ーーーー
全身が白銀の金属で包まれた半機械人間の青年、青目で青いウルフヘアーな青年が、白衣を着た同じく半機械人間の女性に語りかけられていた。
「ジーク様、改修作業のプランについてなのですが。」
「すまない、聞かせてくれるかい?」
彼の名前。識別コードは特殊飛行型戦機『ジークフリード』
以前、特殊飛行型戦機『シグルド』と一戦交えたその人だった。
ジークフリードは既に帝国に身を寄せて居た。
本体の改修作業を委託する為でも在るが、それ以上に自分が守るべき者を持つからである。
その為には寄る辺を持つ事も必要だと、理解していたのだろう。
そしてその守るべき者なのだが…
ーーーそれは共和国前にてシグルドとの死闘のすぐ後の事である。
「クソッ!…後…少しだったのに、かっ……核をやられた…!!……まさか…僕は死ぬのか…!?…こんな…こんな…何も出来ずに…」
ジークフリードは船体を爆破され、胸元から核に掛けて貫かれ、機能停止寸前の状態に追い込まれて居た。
追い掛けて来い…等と息巻いた物の、実の所今にも死にそうな程にダメージを受けて居たのだった。
高速で飛行する中、段々とフラフラし始め、今にも地面に激突するかと思った所で、意識を屍喰機動核内の電脳世界へと引き摺り込まれた。
電脳世界に於いて、ジークフリードは機械の身体では無かった。
身体が括り付けられた巨大な戦闘機は勿論、機械で出来た部分は一切無く。
手も足も、身体全てが人間の物で、替わりに見た事が無い服を着ていた。
学生服…と言う物なのだが、何分ジークフリードは学校に通った事が無かったので、それがどう言った服なのかは理解出来て居なかった。
「……どこなんだ?…それに僕は一体…?」
困惑するジークフリードの後ろから、語り掛ける声が有った。
「ジーク…で良いのね?……久し振り、ジーク。」
その声に懐かしさを感じたジークフリードは、思わず振り返ると、目の前には懐かしい顔が、何度も何度も聞いた声が、自分を愛おしげに見つめて居たのだった。
「お姉…ちゃん…?」
ジークフリードの目には涙が溢れていた。
やはり彼女も知らない服を着て居たのだが、懐かしい青髪を三つ編みに束ね、優しい青い瞳、自分に向ける暖かい眼差しに、青年は涙をボロボロと流して駆け寄って居た。
「お姉ちゃん!ごめん!ごめんよ!僕が…僕が助けられ無かったから…ごめん!!」
「ジーク、……大きくなったね?」
ほんの少しの語り合いなのだが、それでも青年にとっては守りたかった人との、今一番会いたい人との邂逅なのだ。
全てを失ったと思った彼に残った最後の希望。
何故自分に会いに来てくれたのかを聞くと、彼女の屍喰機動核が、自分の核へと接続されて居たから…と、愛する姉自身の口から語られた。
では何故今まで会ってくれなかったのか…何故今になって、死に行く自分に会いに来てくれたのか…。
ジークフリードが聞くと、彼女はこう返したのだった。
「今までずっと意識を封じられてたの。…でも、ジークの核が傷付いた時の衝撃で封印が解けたみたいで…。だからこうして、意識の中で貴方に会いに来たの。」
その言葉に、ジークフリードは意気消沈してしまった。
理解してしまったのだ。
「そうか……僕のバックアップ機能は…お姉ちゃんだったのか…。」
そんな彼のフラついた身体を抱き締めて、姉は語るのだった。
「今はゆっくり眠りなさい。…お姉ちゃんがジークを守るから…だから。」
その刹那、姉を名乗る女性の目付きが一瞬だけ鋭くなった。
「核が癒されるまで、お姉ちゃんが絶対に守ってあげる。」
電脳世界から意識を取り戻した時、そこに居たのはジークフリードでは無かった。
落ち行く体制を制御し、再び高度を上げながら、ジークフリードの身体の女性は高らかに宣言した。
「陸戦小型戦機『ディアドラ』、私の愛しい弟を守る為に…絶対に落とされてたまるものですか!!」
ノリと勢いだけで書いてます。




