8.親友との邂逅
「久しぶり…。」
アリシア=バーネットの口から聞けた言葉は、とても短いものでした。
少しハスキー掛かった声は、相変わらず可愛らしいのですが、何か此方を警戒する様な声音。茶色の猫の様にふわふわの髪はミディアム位の長さで、編み込みは以前のままですが首後ろの中心で背中までのテールにしてます。
相変わらず仔猫の様にクリンとした焦げ茶の瞳ですが、睫毛が長く美少女感溢れます。…しかし此方を見詰める視線からは牽制を感じました。
私よりも少し高めだった身長はいつの間にか追い越してしまった様で、私から見てもこじんまりとしてかわいいです。胸は………敢えて触れません。
着ている服は全体的に赤基調で、余り変わらなく見えますが、以前と違って胸元に冒険者の錬金術師を表す表彰が着いてます。……まさか私の知らない間に冒険者になっていたとは驚きました。
そして彼女は、以前私が贈った帽子を被ってませんでした。
代わりに頭を守る用途でしょうか?羽根付きの大きな赤い帽子を深く被ってました。
私は硬直しました。…明らかに私に対して拒絶の様な態度が見え隠れしてます。
やはり三年の月日は私達の間に巨大な溝を作ってしまったのでしょうか?
しかし折角ここまで来たのだ、男は度胸!女も度胸!ど根性!
意を決して話しかけようとすると、先に口を開いたのはまたしてもアリシアでした。
「何か御用ですか?エルキュールさん?」
言葉を失いました。
最愛の親友の中で私は他人になったのでしょうか?
先程は愛称で呼んでくれたのに、それだけで心が折れそうでした。
ですがここで退いては関係の修復など見込めません。
私は彼女に歩み寄り、抱き締めました。………無謀にも
私の視界がぐるりと回りました。
気付けばアリシアに支えられる形で地面が目の前に迫ってました。
「不用意に近づくと危ないですよ?」
「………はっ?……アリシア…?」
「これから仕事ですので、ご依頼か何かでしたら手短にお願いします。」
そのまま手を引かれ立ち上がりましたが、何ですかこれ?
ショックなのも有りますが、とても腹立たしい…いや、マジほんと無いです。
久しぶりに会えたのにコレかよ!こっちは何度も何度も手紙を出してたのにずーーーーーーっと無視ですよ?この赤茶猫!!
もうほんとマジ無いっすわ、人が心配してたり寂しかったりで漸く会いに来れたら組み付され掛けて、しかも他人行儀。
心配させたのは自分ですけど!?心配すらして無かったのかもですけど!!?
はっはーん分かりました!あなた照れてるんでしょう?久し振りに会えたから照れてこんな無体な仕打ちをしたんですね?
分かった分かりました、全部受け止めますんでどうぞご自由に鬱憤晴らしてくださいな!」
「いい加減その人前でブツブツ言う癖、治した方が良いと思いますよ?」
途中から声に出てました。
「それで、どうして他人行儀なのよ…?」
私は何か吹っ切れていつもの口調で聞いてやりました。
「………。わたしと貴女は昔の友人ですが、今は陸軍将校殿のご令嬢と極一般市民の間柄ですので。」
────絶句しました。
え?この子本当にアリシア?無遠慮にお姉さんぶってたあの可愛いアリシアは成長と共に階級や立場等を気にする様になったのでしょうか?
…なったのですね、妹分としては寂しいです。
私には現実が受け止められません。頭がくらくらして来ました。
「そろそろ暗くなりますし、お祭りで賑わってるので貴女を狙う輩がいるかも知れません。」
「アリシア…?」
「仕方ないのでお送りしますので、帰宅なさった方がよろしいかと」
相変わらず優しいのは優しいのですが、他人行儀も素っ気無いのも辛いです。
そんなにも私の存在は彼女にとって遠ざけたいものなのでしょうか?ものなのでしょうね。
私は思わず涙が溢れ出ました。
「エルキュールさん…?」
流石に他人行儀を決め込んでいたアリシアも、涙には弱かった様です。
おろおろと取り乱してます。私は泣いてます。お祭りを楽しむ人達も、此方に気付いてはなんだなんだと人垣が出来始めました。
「………はぁ、……こちらへどうぞ」
流石に居心地が悪いのか、アリシアのアトリエ内へと招き入れてくれました。
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ーアリシア=バーネットのアトリエー
アリシアの私室でしょうか?可愛らしい物が一つ二つと並んでますが、それ以外は殆ど私物が見当たりません。
寧ろ以前私が訪れた時から物がそれ程増えて無い様に感じます。
……少し違和感を覚えました。
「それで…」
本題に入るようですね。
「何故店先にいらっしゃったのですか?」
「………それは」
怖いです。ウルっと来ました。泣きそうです。
「アリシアに会いたくて…」
「三年間音沙汰無しだったのにですか?」
…………それは……。
「わたしが何度も手紙を出しても一度も連絡を寄こさず、会いに行っても門前払い。」
………はい?手紙?
「わたしは嫌われたんだと、いえ…そもそも貴女に会う資格の無い人間なのだと諦めてたんです。」
………手紙なんて一通たりとも受け取った覚えが有りません。…と言うより思い詰め過ぎです。
「当たり前です。わたしは貴女を守れなかった…大事な帽子もあいつに破られた。…大切なものは何一つ守れなかったんです…」
アリシアの瞳に涙が浮かびました。
「そもそもわたしが……誘わなければ……あんな事にはならなかった!!」
「アリシア…」
駄目です。さっきから名前を呼ぶ事しか出来ません。私は無力です。
「あなたを壊してしまったのはわたしなんです……わたしにはあなたの友人である資格なんか……無いんです」
「アリシア!!」
抱き締めました。
私には自分を責め続ける目の前の大切な大切な少女を、ただ抱き締める事しか出来ません。
「触っちゃダ「いいのよ。」
「わたしは「辛かったわね…?」
「でも「私は生きてる」
「貴女が私を背負ってくれたから、今私はここに居るの。」
アリシアの髪を撫でます。
「私が居て辛いならもう会わないわ?でもそうじゃないなら…」
アリシアの涙を拭います。
「昔みたいに、私の生きる導になって?」
絶叫とも咆哮とも言える様な叫びでした。
私の胸の中で大好きな親友は泣き噦りました。
発する言葉は意味を成さず、ただただ子供の様に泣き喚きました。
私はこの愛おしい親友を優しく優しく撫で続けました。
一晩中、ずっと…ずっと…
私は脱走していた事を、すっかり忘れてしまいました。
それ程迄に今はただこの最愛の友人の側に居たいと────。
慰めるのではなく、ただお互いに空白の時間を埋める様に、ゆっくりゆっくりと、寄り添い続けたのでした───。
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一夜明け、カーテンの隙間から朝陽が溢れて降り注ぐ頃。
エルキュール=グラムバルクはお互いに手を握り合って寝ていた少女、アリシア=バーネットを見詰めていました。
親友の寝相の悪さは改善されてました。
昨晩の感情を爆発させた姿とは打って変わって、まるで子猫が眠る様に愛らしい美少女の姿はエルキュールの嗜好を擽りました。
「おはよう、かわいいアリシア…。」
顔を近付け寝顔を覗き込むと─。
「おはようエルキュール。……何しようとしたのさ?」
思いっきり起きてました。心なしか顔が赤いのですが。可愛らしい寝息をたててた筈なのに、フェイクを入れるとは恐るべし!
「えっと…その…」
「わたしも一端の冒険者だからさ、寝てても大抵気配で分かっちゃうんだよね…。」
月日の流れは恐ろしい…!……そもそも運動神経自体今の私より昔のアリシアの方が高かったと言う事実。
やはり山に登るか?鍛え直すか?
……そう思っているとアリシアが言いました。
「朝御飯、食べるよね?」
久しぶりのアリシアの手料理でした。
昔はタルトをよく作ってましたが、………そう言えば例のあの日は結局食べられませんでしたね。
タルト以外も作れるのでしょうか?私が小首を傾げていると…
「相変わらずかわいい…………じゃなくて、いるの?いらないの?」
「よろしくお願いします。」
うーん…昔の口調では無くなりましたが優しさは相変わらず。
ですが、まだ何処かよそよそしい…。もっと打ち解けたいものです。
「それじゃあ作って来るから、ちょっと待ってて?」
そう言って部屋から出て行きました。
………何と無く手持ち無沙汰になりました。
………よし、女子の部屋を家探ししましょう。
………私も女子でした。
………いやしませんよ?
頭の悪い一人ボケツッコミを脳内開催して居ると、ふと昨日の違和感に気付きました。
………私が出した手紙がどこにも見当たりません。
そもそもお互いにやりとりがチグハグだったのは、思い違いをしてたからでした。
私が出した手紙が今どこに有るのか、アリシアの書いた手紙の行方はメタ読みですが、何と無く理解しました。
お母様によって処分されてたのですね。