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地下の魔剣と兵士長

「来るぞ!」


 魔剣を守るかのように立ちはだかる兵士長は、これまでの襲撃者とは一線を画す動きで4人を翻弄する。

 2本の鎌剣を用いて、猛獣のように低く構えながらのヒットアンドアウェイを繰り出した。


「キェエエアアアアッ!!」


 鎌剣を振るい、セトの振るう魔剣の刀身を絡めとるようにしながら間合いを詰めては膝や足刀などを用いた強力な足技が唸りを上げる。

 

 セトは繰り出される足技の数々を弾いていくが、その桁違いのパワーに押されそうになった。

 気を抜けばその足で骨をコナゴナに砕かれるか、鎌剣で一気に急所を抉り抜かれるかだ。


 トリッキーな軌道を描く鎌剣に惑わされまいと、セトの集中力と剣気が一気に跳ね上がる。

 正眼から脇構えに移行し、あえて間合いに入った。


 兵士長はその首を刈り取らんと鎌剣を交差させるように振るう。

 この不気味な剣閃を潜り抜けて、セトは体勢を一気に低くした。


 狙いは両の足。

 脛斬りの太刀をお見舞いせんと瞬撃の一刀が宙を走った。


「ぐがあああ!」


 兵士長は半ば情けない声を発しながらその一撃を避けた。

 宙を一回転し、セトの背中を取ろうとしたとき────。


「甘いぞぉ!」


 ヒュドラの高速移動。

 それは風のように素早く、次の一打へと繋がれる。


 兵士長の鎌剣の一本はヒュドラの鉄扇に絡めとられ、宙に放られた。

 もう片方の鎌剣を使おうとしたとき、ヒュドラが鉄扇を広げた状態で兵士長の顔に軽く放る。


 視界を奪われたこの一瞬、兵士長の身体がほんの少し仰け反った。

 この機会を逃さぬと言わんばかりに、ヒュドラの肘と指先、もうひとつの鉄扇が装甲の間から覗く肉と布の部分を高速で抉る。


「あぐぅ!?」


 体勢が崩れたのと同時に蹴りによる胴部への猛撃。

 いかに装甲をまとっているとは言えど、不安定な体勢ではその衝撃は逃しきれない。


 ましてや練り上げられたヒュドラの一撃は兵士長の身体を、セトのほうへ吹っ飛ばすほどだ。

 それを待っていたと言わんばかりに、セトの大上段からの袈裟斬りが炸裂する。


 左肩ごとごっそりと腕をもっていかれた兵士長は転げながら体勢を立て直す。

 しかし、そこで魔術による罠が仕掛けられていたことに気付いた。


 セトとヒュドラとの戦闘で気を逸らされている間にサティスが魔術を行使したのだ。

 魔力で編んだ糸に引っ掛かるごとに、火や雷といった強烈な魔術が炸裂する。


「さぁ、チャチャッとやっちゃってくださいな」


「よし来た! 終わりよクソミイラ!」


 最早戦闘不能とも言える兵士長にとどめの一撃。

 グラビスのボウガンで顔面のど真ん中が見事に撃ち抜かれる。


 如何にほかより抜きん出ている実力を持っていても、相手が悪すぎた。

 ましてや4人の実力者を同時にして勝てる道理などない。


「へん、ざまぁみやがれっての」


「まぁほとんど集団リンチみたいなものでしたからねぇ」


「死してなおあの練度の武を内包し続けていたとは……」


「さて、次は魔剣だな」


 4人が魔剣に注意を向けた直後だった。

 完全に倒されたはずの兵士長に魔剣と同じ妖光が宿るや、瞬時にして魔剣の隣に跳躍したのだ。


 誰もが驚愕とともに再び構える。

 人間の理でもない、魔物の理でもないなにかが、骸を動かしていた。


 そして兵士長はガタガタと震えるようにして魔剣を手に取ったその次の瞬間には、この巨大な広間を穿つように妖光が全体に放たれる。

 

 兵士長から断末魔とも笑い声ともとれぬ声が響き渡った。

 視界が塞がれる中、セトは薄っすらと目を開き、信じられない光景を目の当たりにする。

 

 兵士長の身体に生気が宿っていっているのだ。

 みるみるうちに肉付きは良くなり、肌や筋肉にもハリが出てきて、より戦闘向きになっていく。


(まさか、生き返っているのか!?)


 妖光が収まったころには、完全な『人間の男』の姿で魔剣を掲げるように持っていた。

 斬り落とされたはずの左肩も腕もすでに修復しており、不気味な眼光を見せながら4人に笑んでいる。


「な、なによ……復活したっての?」


「まさか……魔剣使い?」


「いや、セベクやオシリスのようなタイプではありません。これは……」


 セトは兵士長を睨みつけながら静かに構える。

 力みをなくし、重心を低くした下段と正眼の間に魔剣を持っていった。


「────。────、……────」


 すると兵士長は奇妙な言葉を話し出す。

 そしてそれが伝わっていないとみるや、ちょっと待ってろと言わんばかりに人差し指を出して制止をかけた。


「あー、あー、アー……」


 発声をして口を整えた直後だった。


「……なるほど、これがお前らが住む今の世界の言語か……」


 突如としてセトたちにもわかる言葉を喋り出す。

 これには誰もが舌を巻く。


 超古代と言ってもいい文明に住んでいたかつての人間が、適応を始めたのだから。

 右手の魔剣が紫色の光を放つ中、兵士長は話を続ける。


「随分な驚き様だな。無理もない。すべてはこの魔剣のお陰さ」


「魔剣のお陰? どういうことだ」


「……ん~、一から全部話すのは手間だし面倒だ。テメェらがこの魔剣に辿り着いたってことは、大方この都市で起こったことを知ってるってことだよなぁ? ……色々あってね、オレや部下は死後もこの魔剣の端末しもべとして操られる羽目になっちまったのさ」


「操られた……?」


「そうだ。それがこの魔剣『隠遁なる神秘(アメン)』の能力。自ら意志を持ち、眷属を増やして、眷属の持つ経験や知識、それと対峙した相手の情報を読み取る。────しかもお得なことに、魔剣に認められた者はたとえ適性がなくとも使える」


 それは驚くべき能力だった。

 曰く、魔剣に認められればたとえ戦いを経験したことのない幼子であっても達人数人と渡り合えるとまで言うのだ。


 まさに、魔剣に関わった命の数だけ強くなる。

 魔剣に血を吸わせればなおのこと、より濃密なパワーを得ることができるのだ。


 生存装置とは対極の存在である魔剣『隠遁なる神秘(アメン)』。

 これが白銀都市にあると噂される最強の魔剣の正体だった。

 

 生前、この魔剣を目の当たりにした兵士長は完全に魅入られてしまい、操られることを好んで受け入れ殺戮を愉しんでいた。


 一切の遠慮なく本来守るべき存在であるはずの人々を殺めることができるのは最高の贅沢などと言うあたり、異常な精神の持ち主であることは明白だ。


 過去になにがあったかは詳しくはわからない。

 きっとこれからも永遠の謎だろう。


 だが、目の前のこの男を見過ごすわけにはいかなかった。

 なにより兵士長も殺意を迸らせている。


「オレの部下がお前らの時代の人間も何人か殺したから、そのときの情報もすべてこの魔剣に保存してある。……そして今、それらはオレの魂に秒単位で更新されていく。くはっ、すっげー情報量だ」


「それで、今度は私たちということですか」


「そのとおり。し・か・も……。試し斬りの相手にうまそうな美女、とついでに魔剣使いのガキ。でもどうせなら女は犯してから殺すほうがいいな。うん。生き返った記念にイッパツ、よぉ? キャハッ!!」


「な、なんという……下劣なッ!」


「下劣で結構。それがオレにとっての"生きてる"ってことだ」


 兵士長が下卑た笑みを浮かべ、誰もが侮蔑の目を向ける。

 彼の言葉に、セトもまたその表情に凄まじい怒りを浮かべているようだった。


 だがここでサティスは冷静に疑問を投げ出す。

 ここまでの道のりで現れた奇怪な存在たちのことだ。


 襲撃者たちが魔剣で操られていた者たちなら、あれらは一体なんなのか。

 当然とも言える疑問に兵士長はすんなりと答えた。


「……あれは、生存装置で保管されていた精神体。その成れの果てさ」


「なんですって?」


「肉体は延々と生かされたまま、精神体のみが解き放たれた。だが、エネルギーのバランスを崩して異常行動を起こしたり、物に憑りついたり、中には自分たちと同じ存在にしようと生存装置まで引きずり込もうとしたりする奴もいるな。……中にはまだまともそうな奴もいるが、時間の問題だろう」


 恐ろしい惨状をまるで世間話かなにかのように平然と語る兵士長。

 彼にもっと聞きたいことがあったが、それは阻まれてしまった。


「おしゃべりはここまでだ。さっきからウズウズしてんだよぉ。言っておくが、お前らの戦闘データはすでにインプットしてある。これまで同様ホイホイ殺せると思ったら、大間違いだ。────来い!!」


 異様なオーラを放ちながら兵士長は片手で魔剣を構える。

 右半身にして切っ先を地面に向けるような下段構え。


 セトの経験上、敵の魔剣使いと交えたことは何度もある。

 試合ではあったがオシリスも強く、魔王軍兵士であるセベクもまた強い。


 そんな彼らに負けぬほどに悍ましい気配を出している目の前の男。

 セトは先ほどの怒りを集中力に変え、敵を殲滅することだけにすべての神経を注ぐ。


 迷えば斬られる。

 それが魔剣使いならばなおのこと。


 ましてや相手はセベクに勝るとも劣らない鬼畜外道。

 セトの意志の中に「守りたい」という観念が強く輝く。


 それがセトにこれまで以上の勇気を与えた。

 その勇気に触発されたように、サティスもヒュドラもグラビスも、自然と力が湧いてくる。

 

 時間と空間を越えた戦いの火蓋が今切られた。

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