日記と地下にある魔剣
セトたちは建物の出口に近付いていた。
襲撃者の気配はないが、それ以上に不穏な空気が濃くなっている。
廊下を歩いている際、窓の外にはべったりと無数の手がくっついていた。
それはふたりを激しく求めるかのように、引っ掻いたり叩いたりと忙しない。
これには魔人であるサティスも嫌悪感で顔をしかめる。
セトはというとそこまで表情を崩さずだ。
昔から劣悪且つ、こういった恐怖をあおってくるような場所には慣れている。
己の過去を思い出し、精神に余分な揺らぎを見せないようにしていた。
(そういや、昔真っ暗な墓場でずっと待機して奇襲の指示を待ってたこともあったな。……どう見てもそのときの比じゃないけど)
いつでも魔剣を引き抜く準備はできている。
いざとなればサティスを守る剣となり盾となるのは自分自身であると。
襲撃者こそ現れなかったが、ポルターガイスト現象や幻覚などによる妨害が増えてきた。
まるでこちらを深淵へと引きずり込もうとするかのように蠢く様はまさしく亡者のそれである。
────では彼らは亡者であるか?
襲撃者は皆死者であったが、あの像といい、壁を這っていった少年といい、生者とまではいかないが、死者ではないような気がした。
苦痛と恐怖にもがき助けを求める、若しくは同じ思いを味わわせようとする生者。
セトの感覚ではそんな風に感じるのだ。
もっとも、異形であることには変わりはないが。
この異形たちを孕み続けている霧と白銀のダンジョンにはなにか秘密がある。
恐らく、グラビスが最初に言っていた『魔剣』が絡むなにかが。
そんなことを考えていたセトは、前方に出口らしきものを見つける。
外へ通じる大きなドアはポッカリと口を開き、空気の通り抜ける音を不気味に響かせていた。
「やっと出られるな」
「ですね。本音を言えばもっと調べたかったですけど」
「仕方ないさダンジョンだもん。はっきり言って安全な場所がない」
ここは体力よりも先に精神がやられてしまう場所だ。
白い霧が視覚的に思考に靄をかけ、奇怪な者たちが白と黒の中で蠢くことで神経を張り詰めさせる。
ある意味狩場だ。
侵入者を生かすにしろ殺すにしろ、未知という名の空気をどのダンジョンよりも十分に発揮している。
警戒しつつ素早く建物から脱出するセトとサティス。
追手も襲撃もなし、その他安全確認と確保を行ったときだった。
「あれ、誰か来るぞ?」
「見覚えのあるシルエットですね……もしかして」
霧の奥からふたりの人物がやって来る。
ヒュドラとグラビスだ。
「セト、サティス、無事だったか!」
「はぁ~よかった。やっと合流できたわ」
「アンタらも無事でよかったよ。そっちは平気だったか?」
「変な連中に襲われたけど、ちょちょいよ蹴散らしてやったわよ。このアタシが!」
「嘘ですね」
「ちょ!?」
サティスはグラビスの負ったダメージを魔術で癒しながら、情報を聞き出す。
セトたち同様襲撃者とそうでないモノと出会っていたようだ。
「あの、こっちに誰か来なかったか?」
「誰かって?」
「我々はある人物のあとを着いていった形でここまで来たんだ。霧でシルエットしか見えなかったが……」
「いや、ヒュドラとグラビス以外誰も見てないな」
「そうですね。それらしい靴音も聞こえませんでしたし」
「そうか……じゃああれは誰だったんだろう」
「考えても仕方ないわ。それよりさ、アタシたち探索してたときにね、これを見つけたのよ。多分日記じゃないかって」
そう言ってグラビスはサティスに見つけた物を渡す。
手に取るとずっしりと重いそれの表紙部分を見るとかすかに文字が見えた。
「……確かに、これは日記のようですね。名前はかすれてしまって読めませんが」
「ビンゴ! やっぱりサティスなら解読できると思ったわ」
「読めるのか? すごいな……」
「ほんの少しだけです。全部の文字の解読はできませんが……」
サティスの解読のもと日記の内容が明らかになる。
ただし、文字がかすれていたり元々読めない文もあるので、ある程度は憶測が入っていたりするため、事実とは異なる可能性もあるとのことだ。
内容は次のとおりとなる。
今日に至るまでの異能技術の発展により、人類はついに300年という寿命を持つに至り、医療においても過去では不治の病であり謎の症状と言われたものも簡単に治るようになった。
だが、長く続いた我らの平和を脅かすかのように、ここでまた謎の病が流行した。
肉体はボロ布のようにやせ細り出血は絶えず、精神はまるで獣のように狂暴になるのだ。
症状をなるべく抑える薬や施術はできても根本的な解決は望めないまま、回復が見込めないまま50年、100年と生きる人々を見るのはもう耐えられない。
そこで私が開発したのは精神と肉体を分離する生存装置だ。
意思のない肉体と精神体となった患者を安全に保管し、管理すること。
私はこれを『虚怪計画』と呼ぶこととした。
最初は上手くいっていた、いっていたんだ。
なのに、なのになぜこうなってしまったんだ。
まさか生存装置そのものが『意志』を持ち始めるだなんて。
今では患者ではない存在ですらむやみやらたと捕えては装置の中に入れている。
止めなくてはならないと思い、私は都市一番の呪術師に依頼を頼んだ。
あの装置は極めて頑強な造りになっているため、生半な武器では破壊できないが、『あれ』あれならば……。
だが、その中身はあまりに危険過ぎた。
燃費が悪いどころではない。
大量の魂を用いた充電が必要とはどういうことだ!
話が違う、人を救うのに同じくらいに人を殺すのはおかしいと思い呪術師の家に行ったが、すでに引き払われ、アイツは行方をくらました。
あぁ、終わった。
装置は暴走し、『あれ』もまたなんだか不穏な気配を出している。
もしや同じように意志を持ち始めているのか?
なんてことだ!!
確かめた結果、本当に意志に近いモノを持っていることがわかった。
私はなんとかして『あれ』を地下へと封じることができた。
カードキーはある場所に隠したが、もしかしたら見つかるのは時間の問題かもしれない。
なにより『あれ』はずっと効果を発揮している。
やれるべきことはやった、しかし……あぁ。
都市は暴徒で溢れ、守備兵たちが治安維持の名の下に惨い虐殺を繰り返している。
あれほど生命の息吹で輝いていた世界が、血煙と断末魔で汚れてしまった。
この都市が滅べば、世界にどれほどの影響を及ぼすのか。
私がそれを知ることはきっとないのかもしれない。
「────以上が日記の中身となります」
「えっと……なによこれめっちゃ重いんだけど?」
「凄いな……300年も寿命を延ばせるだなんて」
「確かに凄いですけど、問題はそこじゃあないでしょう。この『あれ』というのは生存装置を破壊するために作られたそうですが……もしかしたら」
「あぁ、魔剣である可能性はあると思う。現に俺の魔剣で奴らの装甲を斬ることができた。……でも、燃費が悪いっていうのはなにか引っ掛かるな」
「そうですね。大量の魂というのがなんとも……」
「気になるところはめっちゃあるけど……この、"カードキー"ってなに?」
「私も思ってた。そんな名前のものはベンジャミン村でも聞いたことがない」
皆が思案する中、日記の最後のページにはそこに通ずる地図らしき絵が描かれていた。
絵の形と現在地を可能な限り照らし合わせ、その場所を探す。
1時間くらいしたのちに、それらしい場所を見つけた。
白い霧でわからなかったが、建物の中では一番に大きなものではないか。
「ここか、入り口は開いているようだな」
「なんていうか、不気味なとこね。今まで以上に」
「作戦はどうする?」
「セト、私、ヒュドラ、グラビスで行きましょう。グラビス、後方の警戒を怠らずに。ヒュドラ、アナタは左右をメインにお願いします」
「あいよー」
「わかった」
中に入る4人だったが、どこも瓦礫で埋まっており通れるような通路が見当たらない。
襲撃者もいないようであったし、なにより静かすぎる。
一切の怪異めいたことは起きず、探索しようにもなにもないような場所だったので誰もがこまねいていたときだった。
「あれ、なんだこれ」
セトが奥でドアのような形をした壁を見つける。
軽くノックしてみると奥に通じているような気がした。
しかしドアノブもないので開けることはできないだろう。
魔剣で破壊するにしても、もしもそれが原因でさらに瓦解するようなことになってしまってはシャレにならない。
「どうかしましたかセト」
「ん? なんだこれは……壁、ではなさそうだが」
「これってもしかして奥に通じてんの? じゃあさっさと開けちゃいましょう。魔剣でも魔術でもなんでもドカッとやっちゃいなさいよ」
「いや、それをやると周りが危ないし……。もしかしてここでカードキーって奴を使うのか?」
「でもカードキーなんて持ってないわよ?」
「ん~、セト。私たちが飛ばされた場所で像の中にあったあれ、ちょっと出してもらえます?」
セトは言われた通りに取り出した。
これが言うところのカードキーなるものなのかは不明だ。
だが、使ってみないことには始まらない。
どのように用いるか思案し試していると、なにやら壁が反応した。
重苦しい音を立てながらゆっくりと開いたのだ。
やはりドアであったらしく、しかしあまりの出来事に4人は固まっていた。
地下へと通じる階段が現れ、そこから一気に不気味な気配が漂ってくる。
これまでにない濃密なまでのものに誰もが息を吞んだ。
「もしかしたらここが……」
「えぇ、可能性は高いです。この先に、『あれ』が存在するかもしれない」
「へぇ、面白いじゃん。……こりゃ、すんごい罠とか敵とかがいるんでしょうねぇ」
「そんなことを言うなよ。本当にそうなりそうじゃないか」
「バッカ! こういうのはヤバい展開がゴロゴロあるって相場が決まってんの」
「は~いグダグダ言ってないで行きますよ」
「……俺が先頭を歩く。皆は少し離れて着いてきてくれ」
セトが先に階段を下りる。
下りていけばいくほどに気配が濃くなっていった。
間違いなく殺意だ。
種類でいうのならあの襲撃者たちのものと似ている。
だが度合いでいうのならこの先にいるであろう存在のほうが大きい。
ずっとこの地下にいるというのなら、きっとそいつは尋常でないほどに飢えているだろう。
階段を下りると、ただっ広い空間に辿り着いた。
いかにもな場所の奥に妖しく光るものがあった。
「あれは……」
両刃の剣が台座に突き立てられている。
セトは一目であれが魔剣であることを見抜いた。
「あれが……白銀都市の魔剣」
セトが近付こうとしたときだった。
だがすぐ頭上に鋭利で残忍な気配を感じる。
真上から奇声を上げながら斬りかかってきたのは、襲撃者たち同様丈夫な装甲をまとった長身痩躯の動くミイラだ。
(なんて桁違いな闘気だ。……ということは、コイツが隊長格か)
セトは攻撃を躱して距離を開けると魔剣を抜いて構える。
あとからやってきたサティス、ヒュドラ、グラビスも戦闘態勢に入った。
「な、なによコイツ……まさかアイツらの親玉?」
「なるほど、恐らく彼はこの都市を守護していた守備兵の隊長なのではないかな? 死してなお殺しに身を置くか……」
「ですが、こちらは4人。一気に畳みかけましょう」
闘争の空気になる中、奥にある魔剣はまるでその光景を愉しんでいるかのように、妖光を揺らめかせた。




