白銀都市に潜む謎の勢力
「サティス、どうした?」
「ちょっと待ってて下さい」
いつになく真剣な眼差しで調査を行っているサティス。
額に汗を滲ませて、謎の襲撃者たちの死体を見て回る。
そびえ立るこの本棚の間に漂う冷たい空気がふたりの沈黙をさらに重いものにしていった。
同時にそれはこの白銀都市の細部に触れようとするということの前触れでもある。
サティスの調査の結果、驚くべきことがわかった。
「この襲撃者たちが身に付けている装備の金属ですが、私たちが扱っているどの金属とも合致しません」
「どういうことだ? 未知の物質ってやつか?」
「これはそのガントレットです。手に持ってみてください」
サティスは剥いだ一部を投げ渡してきたので受け取ってみると、あまりに軽かったので慌ててしまい落としそうになった。
軽装甲のものでありながらその色やツヤはどんな金属よりも重厚そう。
しかし、まるで羽毛を持っているかのような感覚だった。
「なんだよこれ……本当に装具なのか? 重さをほとんど感じない」
「えぇ、そして……」
サティスは空間魔術で1本のナイフを取り出し、胴部を覆うプレート目掛けて振り下ろしてみた。
金属音が響いた直後、ナイフの刀身はポキリと折れて勢いよく弾かれてしまう。
しかし肝心のプレートには傷ひとつ付いていない。
防具としてはあまりに異様だ。
「並の武器ではこの装甲を貫けない。それほどまでに硬い素材を自在に加工する技術がこの白銀都市……いいえ、この都市がかつて機能していた時代には存在していた」
「ロストテクノロジーってやつだな」
「そう。実際これがどんな素材なのかも不明のままです。じっくりと調べたいですが……────え?」
次の瞬間、そのプレートはまるで氷のように溶けてなくなってしまった。
焼けるような音を立てながらその装備たちは持ち主を守る役目を終えて風のように消える。
襲撃者たちの死体とボロ着だけが地に転がっている状態だった。
「なんだこれは……装甲が蒸発したみたいに……」
「ふぅ、頭がこんがらがってきました。1日で調べられるような次元ではないようですねこの場所は。それでねセト、実はほかにもあるんですよ」
「え、なにが」
「この襲撃者たち……我々に倒される前からすでに死んでいるんです」
「は? いや、でもアイツら叫び声上げてたし……あ、アンデット系の魔物か?」
「違う……死体を……干からびた死体を"なんらか"の力で動かしていた」
「その反応だと死霊術ってわけでもなさそうだな。────じゃあ、誰が、どんな力で操っている?」
セトの呟いた疑問がサティスの頭の中に圧し掛かる。
そして、とんでもない強度を誇る装甲を簡単に斬ったセトの魔剣。
確かにセトの腕前あってのものでもあろうが、それでも妙な引っ掛かりを感じた。
しかし敵を撃退してようやく落ち着けたということで、セトとサティスは探索を開始することに。
この部屋の本棚に置かれている書物をザッと目をとおしてみた。
だがどれもが見たこともないような文字で書かれているため、セトは目が回りそうになる。
サティスはというと、その持ち前の集中力でジッとページを眺めてはまた次のページへとを繰り返していた。
「サティス、これ読めるのか?」
「正確にではありません。部分的には読むことは可能です」
「この文字を知ってるのか? 今までこんな文字見たことないぞ?」
「かつて魔王軍幹部だったときに、書庫の片隅にこれと似たような文字が書いてある本を見たことがあります。で、そのとき興味があったので少しだけ」
「おー」
「でも、残念ながらこの文字のほとんどは遥か昔に消滅したものだった。ある程度の文字は読めますが、全体を読み取るとなれば、少し難しいかも」
「そうか。それで情報は集められたか? ここのことなにかわかったり」
そうですね、と言ってサティスは本を閉じる。
ゆっくりと本棚に戻してセトに視線を向けながら知り得た情報を話した。
「かいつまんで説明すると、ここは今私たちがいる時代よりも遥かに進んだ文明を持っていた。中でもこの白銀都市は世界の中心とも言えるくらいに。でも……妙な流行病が起きたようです」
「流行病……なるほど、それでかつての人々は全滅……」
「いえ、そうではないようです。確かに優れた医療技術を以てしても防げなかったりしたのは事実ですが、問題は別みたいなんです」
「別? それって……」
「残念ながら、それはわかりませんでした。文字がかすれていたり、そもそも解読できない部分が多かったので……」
「そうか、なら仕方ないな。サティス、先を急ごう。ヒュドラやグラビスが心配だ。それにあのふたりもなにか掴んでいるかもしれない」
「そう、ですね。じゃあ、早くこの建物から脱出を────」
そう言いかけたとき、廊下のほうでなにかが割れる音がする。
行ってみると、先ほどまでセトたちのあとを着いてきていた像が割れていた。
像はもう動く気配はない。
だが、心なしか天使像の顔部分はセトをジッと見ているかのようだ。
セトは像に歩み寄ると、破片の中からあるものを見つける。
(これは……)
それはまるでトランプのような形状の硬い小さな板だ。
ひょいと拾い上げてサティスに見せる。
観察してもまったく用途がわからない。
だがもしかしたら重要なアイテムかもしれないということで、サティスが預かることに。
「行きましょうセト。襲撃者の存在もあります。これまで以上に慎重に」
「了解した」
像はもう追ってこないが、ほかの存在のことを考えるとやはり油断ならない。
実質出口はもう近かったが、それでも都市に潜む影はじわりじわりとふたりに歩み寄っているのは感覚で感じ取っている。
一方、ヒュドラとグラビスといえば、まさにセトたちと同様に襲撃にあっていたところだ。
鉄扇2本を用いた華麗な体術とグラビスの正確無比な狙撃を以てしても、装甲へとおすことは難しかった。
「なんなのよコイツら!」
「気を乱すな。怖気れば死ぬ」
グラビスのボウガンは性質上1発ずつなのだが、練達した速度での独自の装填術により素早く発砲できる。
それこそ常人の数倍も速くにだ。
ヒュドラに至っては言わずもがな、謎の襲撃者であるとはいえ、技は人間のそれとまるで変わりはない。
対集団の心得もあってか、攻撃をいなしては強烈なカウンターを叩き込む内に、ダメージを与えるコツを掴んだのか、ひとりまたひとりと葬っていく。
「グラビス。この者たちは人じゃない。この装甲も厄介だ。だが……」
「わかってるわよ! ようやくどこ狙えばいいか見当ついた!」
装甲と言えどまったく隙間がないわけではない。
関節部であったり、喉元の小さな部位であったりと、ダメージを与えられるところはかなりある。
人体急所への攻撃も用いた戦法により、数多くいた襲撃者はあっという間に片付いていった。
ヒュドラもふたり一気に相手にしているが倒すのは時間の問題だろう。
グラビスの周りには骸が転がり、ようやく一息つけると思っていたころだった。
ボウガンを腰のホルスターに納め、キセルを取り出そうとした直後。
「ぐがぁああ!!」
「え? ────きゃあああッ!」
足元に転がっていたひとりが、うつ伏せ状態から急に飛び掛かってきた。
まだ生きていたようで、最後の力を振り絞らんと両腕を彼女の背部に回し体を締め上げる鯖折りを繰り出す。
「なにすんのよ! ……んぎッ! あ゛!」
ミイラのような細腕では考えられないような膂力で締め上げられ、身体がそのまま千切れてしまいそうな感覚に陥る。
抵抗するも戦いの疲れで力がほとんど出ない。
なによりこんな先手を打たれたのが実に痛かった。
「ギギギ……ッ!」
グラビスが海老反りになるにつれ、襲撃者の薄汚い顔面が何度もその豊満な胸に埋まり、顔の動く方向に艶美な変形を見せる。
鼻と目玉、そして頬骨と唇の感触が直に伝わってくるのだが、最早死に掛ける寸前でそれどころではない。
「こん、の……」
グラビスは力を振り絞り、腰のボウガンを手に取り。
「ボケがぁぁぁ!!」
襲撃者の顔面目掛けて発砲、襲撃者は一気に脱力したように後方へと吹っ飛んでいった。
大の字になって倒れる敵の姿を見ながらグラビスは両膝を付いて荒い呼吸を繰り返す。
「グラビス大丈夫か!」
「え、えぇ、平気……ちょっと油断しただけよ」
「少し休もう。無理はするんじゃない」
「どうやら、そのほうが……いいようね」
ふたりは建物の陰に隠れ、身を休めることにした。
休む内にグラビスの顔色も良くなってくる。
「ホラ、水だ。飲むといい」
「ありがとう。ねぇ、アイツらって一体なんなのかな?」
「わからない。武装をしている以上、もしかしたらこの都市の兵士なのかも」
「兵士ねぇ。ミイラになっても兵士とか、どんなブラック職場よ」
「いや、死後も王や国を守り続けるという意味で埋葬したりする文化があるんだから一概にそうは言えないだろう。でも、確かにあれは異常だ」
ヒュドラたちもセトたちと同様、襲撃者の不思議な部分を見ていた。
だからこそ深まるこの白銀都市という巨大な霧に包まれた謎。
その謎を明かすためにはさらに奥へ進まねばならないのだが、如何せん地図もなにもないのでむやみやたらには動けない。
セトとサティスにも合流せねばならないし、やることが山積みだ。
こうして手をこまねいていたときだった。
霧の向こう側に人影がいるのを発見する。
「誰だ!」
ヒュドラは声を張るが、その人物の反応はない。
ずっとその場に佇んだまま、彼女たちを見ているかのようだった。
「……なによアイツ」
「わからない。罠か?」
「……あれってもしかして、ガチで待ってる? アタシたちを」
「待つってなんのために?」
「さ、さぁ」
人影の主に恐る恐る近寄ってみる。
一定の距離に近づくと、人影は靴音を立てて別の方向へと歩いていった。
聞き覚えのある靴音だ。
また近づくと今度はまた別の方向へと歩き出す。
まるでどこかへ案内しているかのようだった。




