未知のダンジョン【白銀都市】
白銀都市がいつから存在していたかは誰にもわからない。
眉唾な記録によれば、まだ魔物がいなかった時代から存在していたのだとか。
今の建築技術では到底及ばないくらいに高々とした四角い建物や、やけに平べったい形状のものや、かなり装飾過多なものもある。
使われている材料は不明。
石のようにも見えるが、実際はそれ以上に硬く、かすかな銀色を帯びているようにも見える。
そして都市全体を覆う深々とした白い霧が、さらに不気味な雰囲気を醸し出していた。
この霧は年がら年中ずっと立ち込めており、数メートル先の景色をまるまる飲み込んでいる。
サティスは魔術で周囲の地形などを調べようと試みるが、この奇妙な霧に阻まれているせいか、それとも別のパワーが働いているのか範囲が限られていた。
「ダメですね。ここでは魔術による地形把握は役に立ちません」
「ま、できたらほかの冒険者たちだってやってただろうしね。これも戻ってこれなかった原因のひとつなのかもね」
「妙だな。大地の気の流れはおかしくはない。むしろ……王都やこれまでの別の場所よりずっと安定して、穏やかなんだ」
「気とか魔術はわからないけど……でも、そうだな。深い霧の中の戦闘はこれまでにもあった。でも、ここまで深いのは異常だ」
この白銀都市に住んでいた人々は、何者で、どこから来て、どこへ行ってしまったのか。
現在でも多くの謎を残しており、踏み入れた者は帰ってこないという未知の恐怖を孕んでいる。
早朝に王都を出て2時間ほどでセトたちは訪れていた。
すでに太陽は昇り大地を煌々と照らしているにも関わらず、光は霧で遮られている。
しかもここは井戸の中のように年中ずっと温度は変わらないのだとか。
冬ほどではないが、幾星霜と漂う冷気をその身に感じ取れる。
「しっかし薄気味悪い場所だな。……サティス寒くないのか? グラビスもさぁ」
「う~ん、極寒ってわけでもないのでねぇ。それよりも見てくださいよ。建物は兎も角として、植物までかすかに銀色を帯びています。まるで鉱物みたい」
「きっとこうなる前は、大勢の人がここで平和に暮らしていたのだろう。……なにがあったんだ?」
「まさしく宝が眠るにはうってつけの怪しさ満点の場所ね。もしかしたら魔剣以外にとんでもない掘り出し物が出てくるかもウへへ」
4人の声と靴音が白い霧と建物に反響して響いている。
どこまでも静かなこの都市は、かつての面影を残しながら長らくこの大地に存在していたわけだが。
「それにしても、随分と損傷が激しいな。魔物かなにかが暴れたのか? 今のところ邪悪な生命の気は感じ取れないが」
ヒュドラは周囲を見渡しながら全方位へ注意を向けている。
自分たちが訪れる以前にも冒険者たちが何度か入ったという話だが、その痕跡すら見当たらない。
セトはそびえ立つ建物を見上げたり、物陰などに視線を送っていた。
兵士時代の名残で、奇襲や狙撃に注意を払っているような仕草だ。
白銀都市に流れるこの寂しくも異様な空気がセトをそうさせていた。
「こんなでっかい建物に住んでなにしてたんだろう。上の階に行くだけでも足が疲れそうだ」
「そうですよね。塔というにはデカすぎますし、なによりこんなにも作る意味はない。……それに、この都市に敷かれているすべての道は床石による舗装じゃない……もっと別のなにか……」
「ねぇ~、そういうさぁ。かたっ苦しい話抜きにしない? もっとこう……お宝とかロマン溢れる話題をさぁ」
「アナタは緊張感なさすぎです」
「戦場で真っ先に死ぬか逃げるタイプだな」
「ちょ!? セトまで辛辣ぅ!? ……ハイハイわかったわよ。キチッとしますよキチッと」
グラビスがそう言った直後だった。
彼女の足元でなにかが反応し、突如魔法陣のようなものが地面に浮かび、全員を包み始める。
「しょっぱなからやらかしますか……」
「え゛! アタシのせい? アタシのせいなのこれ!?」
「巧妙な罠だな。仕掛けが地面とカモフラージュしてある。……誰かいるのか?」
「皆気を付けろ! なにか────……」
言い終わる前に魔法陣の効果が発動した。
サティスですらも見たことのない紋様あったが、転移術式のようだ。
気が付けばセトとサティスはふたり一緒に別の場所に移動させられていた。
サティスからみて、最初はどこかの豪華なお屋敷かと思ったが違った。
(王都にある魔術師の子たちが行く"学園"のような形状に近いですね。位置的に見てここはその中庭のような場所……)
白銀都市でこういった学び舎を見ることができたのは発見だ。
周囲の状況からして無人になってからは誰かが踏み入った形跡はない。
となるとここは白銀都市のさらに奥のほうになる。
「セト、ヒュドラと……あとついでにグラビスも心配です。少し探索しましょう」
「わかった。今のところ敵影らしいそれは見当たらない。暗殺弓兵もいないようだ」
「こ、こういうときに兵士モードは便利ですね」
「俺にできることはサティスを全力で守ることだ。この白銀都市はほかのどの場所よりもおかしい。万全の注意が必要だ」
「……そうですね。私も気を引き締めましょう」
「口元緩んでるけど本当か? 顔も赤いし」
「ちょ! ジロジロ見ない!」
こうして中庭と言えど、白い霧であまり見えない。
セトとサティスはお互い逸れないように隣り合うように歩きながら周囲に気を張っていた。
すると前方に人影らしきものが見える。
声を掛けるが反応はない。
よく見ればそれは2体の大きい像だ。
材質は不明。
天使の翼を背中から生やした長髪の少女の胸像。
その胸像に横たわるようにして、涙を流す少年の像。
少年のほうは少女と比べて損傷が激しく、口が耳まで裂けたようになっており、左足に至っては膝から下がない。
「なんだ像か。ビックリした」
「ボロボロですね。触らずに放っておきましょう」
(う~ん、この天使像の女の子。綺麗だな。胸はグラビスくらいありそう)
サティスがさらに周囲に目を向ける中セトは少しの間その像を見ていた。
なにかヒントがあるかもとしばらく観察をしてみたが、セトの鑑識眼はそれほどでもなく。
諦めてサティスの傍へ行こうとしたときだった。
ふと視線だけもう一度像に向けてみると。
────天使の像がまるで人間のような所作でセトのほうを見ていた。
セトは視線を向けたまま止まり、ゆっくりと数歩自分の位置をずらしてみる。
像もそれに合わせて、本当に生きているかのように首を動かしてセトを見ていた。
「なぁ、サティス……なぁ」
「どうしました? 今、私もちょっと……」
実はサティスも異常なものを見つけていた。
サティスはさっき、視線の先にひとりの人間の少年を見つけたのだ。
こちらに背中を向けたまま建物のほうをじっと見ているようで、その佇まいはまるで亡霊のよう。
声を掛けようと思った直後、少年は機敏な動きで四つん這いで壁を音もなく駆け上がっていき、屋上の霧の中へと消えていったのだ。
サティスもなにか見つけたのだと瞬時に察したセトは、彼女と背中合わせになるように近づき囁いた。
「サティス。やっぱりここはなにかおかしい。この場所の脱出経路を探そう」
「えぇ、ここは恐らく中庭でしょうから……建物の中に入るための入り口かなんかがあるはずです。霧で見えにくいでしょうが探しましょう」
「あぁ、……さっきから嫌な気配がする。実際に感じる殺意とか敵意じゃない。なんていうかこう、過去の経験上から感じるちょっとした危機感のような」
「言いたいことはわかります。行きましょう。物音を立てず、慌てず、呼吸を整えて」
目標はこの建物からの脱出、そして別の場所にいるだろうグラビスとヒュドラと合流すること。
ここまでの道中、敵と言えば魔物であったり野盗であったり、セトに至っては四凶霊と言われる存在だったりとしたが、セトはそれ以上の緊張を抱えていた。
(もしも戦闘になれば、例の試練で貰ったあのガントレットも使うことも考えなきゃな。……必要であるのなら、少し薄気味悪いが白銀のガントレット『テュポン』も……。こんな未知の場所だ。四の五のは言ってられない)
サティスを背にセトは奥歯を噛み締めながら眼光鋭く気を張り詰める。
ふたりは力を合わせてその場所からの脱出を目指す。
一方、グラビスとヒュドラのほうにも動きがあった。
彼女らも一緒になるように転移されたようで、周囲を警戒しながら歩き辿り着いた場所で探索をしていた。
そこは今でいうところの小さな酒場のような場所。
埃を被ってはいるが外も中も、ほかと比べると損傷は少ない。
グラビスは酒場と見るやウキウキしながら、寝かされていた酒を漁りだす。
未知の文字と絵が描かれたラベルを吟味しながら、テーブルの上に並べていた。
「君はそれをどうするつもりだ?」
「決まってんじゃん。いくつか持って帰って、飲む」
「やめたほうがいいような気がするが……」
「なによ。アタシたち宝探ししてんのよ? これも宝よ宝」
「うぅむ」
呑気して鼻歌交じりに物色するグラビスをよそに、あまり離れないようにヒュドラは内部の様子を軽く見て回る。
クラシカルなデザインのテーブルにイス、その上には埃に塗れた酒瓶とグラス。
冷えた空気が鼻から肺へと入り込む。
酒場の内部にまで薄っすらと霧が立ち込めており、それがこの空間を余計に広く怪しく見せていた。
まるでその薄っすらとした白の中からなにかが這い出して来るのではないかと。
そう思うと少し怖くなってきたので、踵を返してグラビスのほうへと歩もうとしたときだった。
────ゴトン。
物音がしてふたりの表情が凍り付いたように戦闘の意志を瞬時に宿す。
バーカウンターの奥のドアからだった。
そして、そのドアの向こう側すぐのところに誰かいる。
グラビスはボウガンを手に取り、ヒュドラは新しく持ち出した武器である鉄扇をふたつ両手に持った。
しかしドアの向こうにいる何者かが動く気配はない。
まるでこちらの出方を伺っているかのようだった。
しばらくの沈黙、だが、これにしびれを切らしたグラビスが、ヒュドラの制止を聞かずドアに向かって発砲。
放たれた棘がドアを貫通する音と発砲音が虚しく響く。
だがなにかが倒れるような音も、断末魔も聞こえない。
ドアに空いた穴の奥は漆黒だった。
そこから空気の吹き抜ける音がかすかに聞こえる。
だが、何者かの気配はまったく消えていなかった。




