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俺はひとり王都を歩くと……。

「全然戻ってこない……話すだけでこんなにも時間が掛かるのか」


 ひとり部屋に取り残されたセトは待ちぼうけを喰らいながらベッドで寝そべっていた。

 しかし一向にサティスたちは帰ってこないので、セトは退屈していたところだ。


 もう30分待ってみるも、やはりまだ帰ってこない。

 サティスが帰ってこようものなら気配でわかるのだが、それすらないのだ。


(少しだけなら外へ出ても大丈夫、かな。散歩でもして時間を潰そう)


 セトのほんのちょっぴりの我儘。

 宿屋から離れ過ぎないようにして外へ出てみることにした。


 フロントに言伝を頼み、サティスがもしも探すようなことがあれば、少し散歩をしてくると言っておいて欲しいとしておく。


 こうしてセトはひとりで王都を歩くことに。

 月の光が出迎え、街の賑わいが大人の雰囲気を醸し出している。


 これにはセトも少し陽気になったのか、胸を躍らせながら進んでいった。

 自分自身も大人になったかのような気分で、店や行き交う人々を見て回る。


 そう、最初は喜びを感じていた。

 しかしセトの気分は段々と冷めていき、次第に物寂しさに包まれていく。


 きっと誰もが経験するだろう、ひとりで夜の街を歩いているとふと思い出す過去の記憶。

 かつて少年兵時代に、自身が所属する王都で盛大な祭りがあり、それを遠巻きながら見ていたことがあった。


 温かそうな雰囲気が光となって視覚に入るが、現実は薄暗い部屋の中でひとりきり。

 魔剣適正があるということで、ほかの少年兵より待遇は少しばかりよかったが、それでも籠の中に囚われた小鳥のような状態。


 あのとき、自分はどんな気持ちでその祭りを見ていたのか。


 今となっては思い出せないし、思い出そうとすればするほど、心の奥でなにかが詰まったような感覚に陥る。


 夜空を見上げれば満天の星々に、煌々と光る月。

 あの日の夜もこんな感じだったかもしれない。

 

 今はサティスが隣にいて、街も景色も一緒に見てくれる。

 しかしこうしてひとりで勇んで夜の散歩に出たことを少し後悔した。


 温もりが欲しくなったところで、セトは踵を返し、宿屋へと戻っていく。

 夜の街をひとりで歩くには、セトはまだまだ子供過ぎた。


 宿屋へと戻っていく途中、聞き覚えのある声に呼び止められる。

 その方向を見ると、店の外に設けてある席に座ってスペアリブを美味そうに頬張るホームズの姿があった。


「ようボウズ、久しぶりだな。こんなところで出会うたぁ、こりゃ俺たちの縁はよっぽどらしいな」


「ホームズ。アンタここでなにやってるんだ?」


「なにって仕事だよ。ひと通り終わったんで、飯にしてる。そういうお前はなにしてんだ? ひとりで夜のお散歩か? おうおう、渋いねぇ」


「散歩は終わりだ。今から宿に帰るところ」


「ふ~ん。あれ、あのいつもの姉ちゃんはどうした? まさか喧嘩でもしたのか? んー?」


「してないよ。今バーってところでお酒飲んでる。俺は入れないから部屋で留守番してたけど、暇だったから……」


「おいおい堪え性のないガキだなぁ。心配するぜあの姉ちゃん。女を心配させるもんじゃねぇぜ? カッカッカッ」


 そう言ってホームズは髭面をほころばせながら、瓶の一気飲みで酒を呷る。

 酒の臭いと肉汁の薫りが混ざって、セトの鼻腔をくすぐるが、食指は動かなかった。

 

 その臭いに顔を若干しかめて、肩を竦めながらもセトは腕を組んだ。

 彼の陽気な顔を見ていると、あることを思い出したので少し聞いてみる。


「よく言うよ。俺、ベンジャミン村にしばらく厄介になってたんだけどさ」


「ほー、あの変人の村か?」


「変わり者の村だ。……いや、変わり者って言うのは失礼かもしれないけど。そこに衛兵として来たキリムって女の人、アンタのこと探してたぞ?」


「ぶほっ!」


 キリムの名前を出した瞬間、酒を噴き出してむせ込むホームズ。

 彼女はホームズの生活を支えるために尽くしたというのに、不正が発覚すると逃げ出すという外道っぷり。


「アンタなぁ、散々金稼がせといて逃げるって、一体なにやってんだよ」


「う、うるせぇな。大人には色々あるんだ」


「こんな大人にはなりたくないな」


「おう、反面教師代としてここの飯代払ってくれると────……悪ぃ、冗談だよ。だからそうジットリ睨むなっての。しかし、そうか……キリムのバカ、まだ俺のこと諦めてねぇのか」


「まだアンタのことまだ好きそうだったぞ。会いに行ったらどうだ?」


「それはできない。殺される」


「おい」


「冗談だよ。今はちょいと大事な仕事請け負ってんだ」


「大事な仕事? なんだ、魔王軍のことか?」


「違う。それ以上に厄介な奴がいるんだよ。別にお前さんが知る必要はねぇさ。せいぜいあの姉ちゃんと綺麗な思い出作りをしてな」


「そうか……」


「あ、そうだ。ベンジャミン村にいたってのならよ。お前、リョドーには出会ったか?」


「ん、あぁ出会ったよ」


「アイツ、なにか言ってなかったか?」


「なにかって?」


「……────いや、やっぱりなんでもねぇ。忘れてくれや。おうボウズ、そろそろ宿屋とやらに戻ったほうがいいんじゃねぇか? あの姉ちゃんが心配するぜ?」


「あ、あぁ、わかった。じゃあな」


 セトは駆け足で宿屋へと戻っていく。

 その背中を見送りながら、ホームズはスペアリブ最後の1本を摘まみながら呟いた。


「……あれが、伝説の少年兵『破壊と嵐(セト)』か。クレイ・シャットの街でのお前の戦いぶりを見たときからどうも怪しいと思ってたんだ。勇者一行といるはずのお前がなぜ、あの女……魔王軍幹部サティスと一緒にいるのか。まったくわからねぇことだらけだぜ」


 ホームズの持つ傭兵の勘は、今世界に向けられていた。

 魔王軍と人類の戦いによって世界は一種の極限状態だ。


 その水面下で、ホームズの理解が及ばない領域で、なにかが起ころうとしている。

 そんな予感がしてならなかった。


 まるで災いの起点たる特異点が顕現したかのよう。

 その中心にセトがいるのではないかと、ホームズは目を細めて思考を巡らす。


(急に力を落として敗北寸前になった魔王軍、行方不明の勇者一行、襲われる旅人や村々、本来敵同士なはずのふたり、そして……今になって活動的になったネフティス。おいおい、もしかしてこれらは繋がってんのか? ……そう考えるにしてもまだ情報が足りないな)


 ホームズはスペアリブを頬張ると一気に平らげる。

 オシリスからの依頼を何気なく受けてはみたが、まさかこんな考えに至るとは自分自身でさえ思わなかった。


 粘りつくような空気がホームズに圧し掛かる。

 魔王軍を倒して、世界はハッピーエンドになるなどというのは、あまりにも楽観的過ぎたかもしれないと。



 一方セトは宿屋へと辿り着くと、ひとりフロントの長椅子に座る。

 ホームズとの会話で少し気になったことを頭の中で整理していた。


(ホームズの請け負ってる仕事ってなんだったんだろう。そして、ホームズはリョドーのことを知ってる。まるで遠くの友達を気に掛けるような表情だった。過去にリョドーとホームズは出会ってたんだろうか? う~ん)


 顎に手を当てて考え、目を閉じる。

 そのときにセトは念願の声を聞くことなった。


「あらセト。こんなところでなにをしてるんですか?」


「あれーもしかして、寂しくて出てきちゃった? ホラ~、やっぱり子供をひとりで部屋においちゃダメなんだって!」


「セトはそこまで幼くありません! キチンとひとりでお留守番できます」


(ギクッ)


「あの、セト? 本当にどうしたんだ? すごく難しそうな顔をしているが」


 サティスとグラビスが軽い言い争いをする中、ヒュドラは心配そうな表情で身を屈めるようにしてセトに問う。


「いや、なんでもないよ。ちょっと夜風に当たりたかったんだ。それでここにいた」


「そうなのか? なにか不安や悩みがあったら私に……いや、サティスに言うんだぞ? 彼女を心配させてはいけないからね」


「わかってるよ。……で、どうだったバーは?」


「私はお酒が飲まないからミルクを飲んでいたが……その……彼女、グラビスさんだったか? すごい酒豪だぞ。途中でサティスがキレてなぁ。治めるのが大変だった」


「あぁ……お疲れさん」


「ところで、セト。今から君たちの部屋で大事な話をするんだ。勿論君にも参加して欲しい」


「大事な話?」


「簡単に言えば、我々が勇者一行だったときのこととかだ」


「────わかった」


 セトたちは部屋へと赴き、話をすることにした。

 4人の運命が今完全に結び合った瞬間である。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここでパーティ結成でしょうか? コンビから集団となるということは、試練や敵もまたランクがあがるのか
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