女3人BARに寄らば……。
その日の夕方、セトとサティスは宿屋へと戻る。
早めの食事を終えてから、セトは部屋で留守番をすることに。
「それじゃあセト。いい子にしててくださいね」
「なぁサティス、俺も……」
「ダメです」
「ダメなのか……」
「子供はバーには入れません。あそこは大人がお酒を飲む場所でもあるんですから」
「うぐぐ、わかった。待ってる」
やや不満そうにするセトの頭を優しく撫でて、サティスは宿屋の中に設けられているバーへと赴く。
ドアを開くと、ほんのりとした酒の匂いと、適度な薄暗さがサティスを出迎えた。
サティスはカウンターの奥側の席に座る。
蝋燭の火に揺られながら、注文した酒の入ったグラスに口を付けた。
濃厚な味わいとグラスの中で揺れる氷の冷たさと音の余韻に浸りながら、サティスは待ち人を待つ。
数分してやってきたのはヒュドラだった。
「待たせてしまって申し訳ない」
「いいえ、先に楽しませてもらってますので」
あの表彰式のあと、セトとサティスはヒュドラに会いに行った。
サティスの話し合おうという提案に快く乗ったヒュドラは、指定されたこのバーに足を運ぶ。
「なにか飲みます? アナタの歳ならもうお酒飲んでいいんですよね?」
「あぁ、確かに。だが私は遠慮するよ。水でいい」
「遠慮はなしです。遠慮するならこの話し合いはなかったことに……」
「え、そこまでか!? じ、じゃあ……ミルクを一杯だけ」
「ハァ、まぁいいでしょう」
ヒュドラはサティスの左側に座り、ミルクが来るのを待っている間にサティスと話し合うことに。
その間サティスはグラスを片時も離さずに、琥珀色の液体の上で浮く氷を眺めていた。
「セトから聞きました。セトと友達になったんですって?」
「あ、あぁ。そう言ってくれた。友達にならないかって。……勿体ない言葉だよ。彼に酷いことをしたというのに……」
「まったくですよ……と、言いたいところですが、そう言えないのが私の苦しいところです」
「どうして?」
「どうしてもなにも……私の前職覚えてないんですか? アナタたちは酷いことをした。でも私はそれ以上のことをしてきたんです」
ヒュドラはハッとする。
サティスは元魔王軍幹部であり、セトたちと明確な敵対関係にあった。
それがどういうわけか、恋仲となっているのだ。
サティスは、ヒュドラは自分と似ているとさえ感じている。
「セトがアナタと友達になりたい、というのなら……私は否定はしません。アナタはどうなんです?」
「どうって……もう決まっている。私はセトの友達だ。過ちだらけの私を、彼は許してくれただけでなく、友達として迎えてくれた。それだけで十分だ。いや、身に余るほどの贅沢だよ」
「そうですか……セトがそう決め、アナタにその決意があるのなら、私はそれに関して言うことはありません」
そう言ってサティスはグラスに口を付ける。
その頃にはヒュドラにもミルクが持ってこられ、ふたりでゆっくり飲むことに。
丁度そのとき、もうひとり上機嫌でやってきた。
「やっほ~サティス~。奢られにきたわ」
「ほんっと遠慮ないですねアナタ」
グラビスはホクホクとした表情で、サティスの右側に座り、少し高めの酒を注文した。
そういうところはヒュドラを見習ってほしいと言わんばかりの溜め息を漏らすサティス。
しかし、妙に機嫌のいいグラビスの様子が気になったので聞いてみると、これまたさらに溜め息が漏れそうな内容だった。
「アンタに貰った昼食代使ってカジノ行ったら大当たりしちゃった」
「人のあげた昼食代を博打に使うって、アナタどういう神経してるんです?」
「いーじゃんいーじゃん、当たったんだから」
「じゃあ奢るのなしですね!」
「それとこれとは話が別!!」
妙な雰囲気になるふたりを見ながらヒュドラはグラビスをまじまじと見る。
(こ、この人もセトの友達、なのかな? なんというか、サティスとはまた違うタイプだな。……セトってそういう女性が好きなのか?)
視線に気付いたグラビスはヒュドラに軽く手を振りながら。
「ハァイ、見知らぬ御仁。アンタもセトとサティスのお友達? なになに? セトの周りって美人揃い?」
「グラビスさん、ちょっと口を噤まないと蹴りいれますよ?」
「まぁまぁ……えっと、私はヒュドラと言います。グラビス、さんですね」
遠慮がちに自己紹介をしたときだった。
グラビスの表情が曇ったように真剣になり、なにかを考え始める。
「あの、なにか?」
ヒュドラは恐る恐る聞いてみると、グラビスは思い出したようにサティスをのけるようにしてヒュドラに顔を近づける。
「ヒュドラ……どっかで聞いたことのある名前だと思ったら。アンタ魔王討伐の勇者一行のひとりじゃない!」
のけるようにされ、鬱陶しそうにしていたサティスもこれには驚きを隠せない。
グラビスはヒュドラを知っている。
その理由は驚くべきものだった。
「ねぇ、どうしてアンタひとりでいんの? レイドは? レイドは無事なの?」
「え、あ、あの……」
「……あぁ、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃったわね」
曰く、グラビスと勇者レイドはかつては同じ村に住んでいた幼馴染だったのだという。
グラビスのほうが歳が3つ上で、彼は彼女を実の姉のように慕っていた。
しかしまもなくして、彼は勇者の適合があるとして、家族とともに村を出て王都のほうへ移り住んだ。
そして今に至るのだ。
「そう、レイドが……」
「その、申し訳ない。私が無能なばかりに……」
「いいわよ、別に。アイツ、結構思い込みとか激しいから……。ほんっと、馬鹿。とことんまで馬鹿なんだからアイツ……」
グラビスの表情に陰りが宿る。
「こちらをどうぞ」
グラビスの前に先ほど頼んだ酒の入ったグラスが置かれた。
丸いアイスボールが小気味良くグラスを鳴らし、口に含めばまろやかな口当たりとかすかな酸味が彼女を酔わせる。
「その、グラビス殿。もし私でよければなにか力に」
「いいって。こういうのは、自分でケリを付けなきゃいけないと思ってるから」
「自分で?」
「そ。……ハァ、魔剣の情報を手に入れた当日にこれか」
「ということは、もう魔剣がどこにあるかを突き止めたのですか?」
「えぇ。おじさんみたいに強くなるってためだけにここまで来たのに。……どうやら、ほかにも使い道ができちゃったみたい」
そう言ってグラビスはまたグラスに口を付けた。
酒の匂いと落ち着きのある薄いダークな空間で、各々の旅路が妙な縁で繋がり合う。
サティスもまた、彼女の話が他人事のようには思えなかった。
きっとセトも同じことを思うだろうと、直感を働かせる。
「……そういやさ、ヒュドラ。アンタこのサティスを知ってるみたいだけど……どういう関係? もしかしてセトのことも知ってんの? もしかして……アンタの話の中であった"追放された仲間のひとり"ってセトのこと?」
「え……いや、あの……」
ヒュドラはサティスたちのことを考えて、あえてセトの名前は伏せておいたのだが、グラビスの読みは鋭く、戸惑ってしまう。
隠し通すのは無理があるかもだが、それでも守らねばと考えまた嘘を重ねようとしたときだった。
「そこは私からお話しましょう」
「サティスが話してくれんの?」
「ここは人目がありますので、部屋でセトと一緒にお話しましょう。これはアナタの憧れのリョドーさんも知っていることですし、なにより彼もまた私とセトの関係を内密のものにして貰っています。アナタもそれでいいですか?」
その問いにグラビスは快く了承し、再び酒を呷る。
今日は皆少し飲みたい気分だ。
セトに申し訳ないと思いながらも、サティスは女3人でゆったりとした時間を過ごす。
時同じくして、ウレイン・ドナーグの街で"ある動き"があった。
「失礼します。オシリス隊長」
「なんだ?」
「王都にてホームズより報告が来ております」
「ホームズが? ほう、早いな」
部下から報告書を受け取り、目を通すオシリス。
その頬を伝うは緊張の冷や汗、目付きも自然と鋭くなる。
「そうか、奴が……」
「奴とは……?」
「────お前は、"呪術"というものについてどれくらい知っている?」
「呪術、ですか? ……えっと、確か『大呪術』と『小呪術』のふたつの種類があって……大呪術は遥か昔に衰退してもうその資料も残っていないとか……」
「よろしい。下がっていいぞ」
部下を下がらせ、オシリスは窓際へと足を運び、ひとり暗くなりかけの海を眺める。
先ほどまで美しい黄金染みた朱色が目立っていたのに、それを妬むかのような黒が海を彩り始めていた。
「太古より失われたはずの叡智、大呪術の使い手、────『涙する死魂の女』の記号を持つ女。魔王軍相手でも頭を抱えるというのに……これは、忙しくなるな」
報告書に書かれた危険人物の名を呟くオシリス。
かねてより各国がマークしていた女なのだが、まさに神出鬼没。
ホームズも行方を完全に見失ってしまったようだった。
ネフティスという女は、云わば意思を持った災害と言っていい。
なにを企んでいるのか、まるで見当も付かない。
だからこそ、その被害の規模は尋常ではないものになる。
その危険極まりない手はまさに、ある人物へと差し伸べられようとしていた。
「勇者レイドは、この先ね────」




