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僕等は早速つまづいてしまった……。

 時同じくして、少年兵セトを追放した勇者一行は、魔物達の襲撃を受けていた。

 明日も早いと就寝しようとしていた直後にこんな事態となった為、勇者達は大いにてこずっている。


「クソ! 数が多いぞ!」


「慌てるな、分担して敵を殲滅するんだ!」


 現在パーティーは4人。

 後方での支援と迎撃を担当する僧侶『マクレーン』に魔術師『アンジェリカ』。


 彼等は実戦経験は浅いものの、それでも高い実力を持つ術師だ。


「く、術式が間に合わない! 誰か敵を引きつけて、このままじゃ魔術が出来ないわ!」


「無理だアンジェリカ! こっちは手一杯だ!!」


 そう叫ぶは前衛のひとりで、若くして大陸武術の達人であり剣による高速連撃を得意とする女武闘家『ヒュドラ』。


 速さなら勇者にも並ぶが、火力では及ばない。

 凄まじい連撃ではあるものの、魔物の耐久度にこの少女は苦戦していた。


 勇者こと『レイド』もまた、魔物達の物量作戦により、その力が存分に振るえない状態にあった。

 斬っても斬っても屍を越えて現れる敵の勢いに圧倒され始める。


「ひ、ひぃいい! か、神よッ!」


 マクレーンもまた魔物に追い回され、術式の展開も出来ない。

 パーティーは完全に劣勢に立たされていた。


「て、撤退だ! 撤退するんだ!!」


「え、でも!!」


「このままじゃ全滅する! 誰か足止めをして時間を稼いでくれ!」


「この数相手では無理だ!!」


 言い争う内に魔物達はどんどん迫ってくる。

 今が好機と言わんばかりに勢いづいて、猛る闘志と殺気をパーティー達に向けていた。


 パーティーは荷物のほとんどをその場に残して、全速力で逃げていく。

 魔物達の追撃をかわしながらも逃げきった先は、月明かりが照らすも仄暗い谷の奥。


 周囲に緑はなく、見渡す限りの岩肌の世界。

 動物の骨も所々に見られ、遠くでは肉食獣らしき遠吠えが響いている。


 暗闇と重苦しい雰囲気が4人を支配していた。


「はぁ……はぁ……、クソ、こんな場所に来るとは!」


 勇者レイドが舌打ちした。

 全員疲れ切って、その場にへたり込んでしまう。


 ここまで来た苦労が一気に水の泡となった。

 荷物のほとんどはあの場所に放置。


 今頃魔物に荒らされているだろう。

 彼等は今、最低限の装備しか持ち合わせていない。


 疲労感とこの絶望感が、魔術師アンジェリカをパニックにさせた。


「もう……もうッ! 一体なんなのよ!! 折角ここまで来たのにまたここからなの!? もう嫌ぁッ!!」


「アンジェリカ落ち着け!」


「おぉアンジェリカよ……そうですとも、冷静さを欠いてはなりません」


 マクレーンとヒュドラがなだめるが、彼女の罵声は響く。


「アナタ達がちゃんと敵を引きつけてくれてばこんなことにならなかった!! そうよ、アナタ達のせいよ! アナタ達がミスったから私は恥をかいただけでなく、大事な荷物も失ったッ!」


「アンジェリカ、ちょっと黙っててくれ……」


 貴族の娘で人一倍プライドの高いアンジェリカは、1度怒り出すと治まるまで大分かかる。

 なにより今のタイミングでそれをされるのは非常にまずい。


 パーティーメンバーの誰もが精神が揺らいでいた。

 こんな状況で彼女の罵声が続いたら……。


「黙って、ですって!? レイドさん、これはアナタの責任よ。そうよ! アナタの采配ミスだわ!」


「頼むよ落ち着いてくれ、今言い争っている場合じゃない!」


「これが落ち着いていられるの!?」


 アンジェリカの罵声は留まることを知らず、レイドにまでその牙を向ける。


「レイドを責めるのはやめろ!」


「なによ、たかだか武術が出来るだけの平民のくせに。アナタだって責任はあるのよ? そんなへっぽこ武術でこの先どうやって旅をするというの?」


「……貴様。私を咎めるのはかまわない。だが、我が父が己が人生を賭して築き上げた武の結晶を侮辱するのであるのなら、仲間と言えど容赦はしないッ!!」


 ヒュドラが剣を引き抜こうとしたのを見てマクレーンが必死に止めて、2人の仲裁に入った。

 両方興奮状態でこのままいけば喧嘩どころか殺し合いに発展しかねない。

 それほどまでに彼女等は追い詰められていた。


「御二方おやめなされ! ……こうして生きているだけでも、我々は恵まれているのです。今はただ生き抜くことを考えましょう」


 マクレーンの言葉に2人は険悪になりながらも、殺気を解いた。

 しかし、ここでアンジェリカがレイドにあることを問いかける。


「ねぇレイドさん、どうしてあのタイミングでセトとかいう賤民せんみんを追放したのかしら?」


「せ、セト……?」


「そうよ、あの子を追い出したせいでパーティーの火力は激減した。さっきのあの戦いだって、あの少年兵がいれば状況はきっと違ったわ。少なくとも突破は出来なかったとしても、ただの撤退で済んだはず。こんな疲れることもなかった!」


「アイツはダメだ。セトの力は人類を救う為の力じゃない。ただ単に殺戮を振りまくだけの……」


「そんな生っちょろいこと言ってる場合!? 激戦になればああいう力が役に立つって考えなかったの!?」


「うるさいな! 君だってアイツを追い出すのに賛同してたじゃないか!」


「こんな事態になるなら賛同なんてしなかった!」


 今度は勇者レイドと魔術師アンジェリカの言い争いが過熱する。

 ほぼ無一文に等しい状態で食料も水も僅か。


 完全に危機的状況であり、救援が望めない孤立部隊のようでもあった。


「皆様、落ち着きなさい! 言い争っていてもなにも変わりません! ……まず谷を越えて集落を見つけましょう。そこで態勢を立て直すのです」


 マクレーンの言葉にアンジェリカは黙るも、レイドを鋭く睨みつけながら不機嫌そうに背を向けた。

 ヒュドラも精神が参ったように項垂うなだれる。


 まずは休息だ。

 それから集落を探してみようと決めたとき、またしてもアンジェリカが口を開く。


「……休息をするとして、誰が見張りをするの? 誰かさんのせいであの賤民はいないのよ?」


「……ッ! わかった、僕がやる。皆は休んでくれ」


 極限の疲労状態にまで追い詰められた勇者一行。

 だが誰かが見張りをしなければ、また襲われる可能性もある。


 この雰囲気だと、見張りの交代を申し出ても拒否されるに違いない。

 彼は寝ずの見張りをすることにした。


 本来こういうことはセトに任せていた。

 2時間ほど見張りをすれば、あとはセトにやらせるといったやり方。

 寝ずの見張りをやらせたこともある。


「……くそッ! なんでこうなるんだ。なにも……悪いことはしてないのにッ!」


 皆が眠る中、勇者は谷がまとう暗闇と不気味さの中で毒づきながらも、その精神を病んでいった。




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― 新着の感想 ―
[一言] いや勇者さま。セトに対しては悪いことしかしてませんが…。
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