俺に突っかかってきた女性は『グラビス』。実は……。
「……────それで、アナタはどうしてセトをこんなところまで連れ込んだんですか?」
サティスが樽の上に座って、腕と足を組みながら正座する女性を見下ろす。
その傍らで、セトはドリンクを飲みながら成り行きを静かに見守っていた。
「コイツが……」
「コイツ?」
「こ、この子がアタシと彼が揉めてたのをジッと見てたから……」
「だからって襲っちゃダメでしょ」
「う……。だ、だってしょうがないじゃない。彼、別れるって言ったんだから……こう、むしゃくしゃして」
項垂れながら理由を話す女性に呆れ返りながら、サティスは樽から降りて、彼女に顔を上げるよう言った。
「こういったことは二度としないように。ほかの人にも。わかりましたね」
「わかったわよ。……まったく、ウチの親みたいに説教しやがって」
「それに、セトも」
「え、俺?」
「子供がそういう場面をジッと見るものじゃありません!」
「いや、別にあの別れの場面を見ていたかったわけじゃないんだ」
「どういうことです?」
「この人、俺はどこかで見たことある」
セトの言葉にサティスと女性は互いに顔を向けた。
セトはこういったからかいのジョークを言ったりするタイプではないことはサティスも重々承知している。
「アンタがアタシを? どういうこと?」
「えーっとその前にだけど……アンタ、名前は?」
「……『グラビス』よ。アタシの名前はグラビス・アミテージ」
「グラビス、か。分かった。俺はセト。多分アンタも知ってるだろうが魔剣使いだ。俺たちは以前ベンジャミン村に行ったことがあってな……」
そう言いかけたとき、グラビスが銀色の髪を勢いよく振り乱すように立ち上がり、セトの肩を掴んだ。
「ベンジャミン村!? ねぇアンタもしかして、おじさん……いや、リョドー・アナコンデルには会ったの!?」
「あ、あぁ、会ったよ。……なるほど、これで合点がいった」
「せ、セト? これは一体どういうことなんですか?」
「うん、ちゃんと説明するよ」
セトはベンジャミン村にいたときのことをグラビスに話す。
その際、リョドーの家で肖像画を発見した。
彼の過去を示すものなのだろうが、そのときは深く追及はしなかった。
だがグラビスとの出会いで、点と点が結びつく。
「グラビス、アンタは昔肖像画を描いてもらったことがあったんじゃないか?」
「え、えぇ。小さいころだったからあんまり覚えてないけど」
「その絵に描かれてた女の子は、アンタだったんだな」
「……そう、おじさんってば、その絵をずっと持ってたんだ」
グラビスの表情に曇りが見えた。
物憂げで、その衣装の露出度からは考えられないほどの清廉さが垣間見れる。
声のトーンを落としながら、大河の流れを見るグラビスの目には一種の寂しさが滲んだ光が宿っていた。
銀色の髪が風で優しく揺らされる中、視線をそのままにセトとサティスに語り掛ける。
「憧れの人よ。アタシも、おじさんみたいな英雄になりたいって、そう思ってた。でも、彼は戦場を退いてあの村に」
「アナタは、リョドーさんとはどういった関係で? 親子、ではなさそうですけど」
「なんだっていいでしょ。アタシにとってあの人は……"ヒーロー"なんだから」
そう言って白銀の細長いキセルを取り出し、先端に火を灯す。
目を細めながら紫煙を燻らせる彼女の背中に、リョドーの姿が見えたセトは、サティスにもそれ以上の詮索をすることをしないようにと、手で制した。
「ありがとうグラビス。話してくれて」
「別にお礼するようなことなんてしてないじゃない。変なガキンチョねアンタ」
「よく言われる」
「……ところで、アンタたちはこれからどこへ?」
「私たちは王都へ向かいます。船に乗って行くんです」
「マジで? ん~、こりゃ運がいいかもしれないわね」
「ん、どういうことだ? なにか問題でもあったのか?」
先ほどとは打って変わり、ニヤニヤとしながらキセルを指先で回しつつ近づいてくるグラビスに少し驚く。
「いやぁ~ここで会ったのもなにかの縁じゃない? ホラ、アタシさ、彼氏と別れちゃったじゃん。彼氏がお金を管理してたから今無一文なのよねぇ。で、アタシも王都へ行きたいの。だぁかぁらぁ……」
「そうでしたか、それはお気の毒。じゃあ頑張って下さい」
「待てや!!」
セトの手を引っ張り踵を返そうとするサティスを呼び止め、今度は腰を低くして懇願してくる。
「ねぇお願いってば! 王都に行かなきゃアタシは自分の目的果たせないの! 人助けだと思ってさぁ~」
「あのですね。アナタの事情は知ったことではないのですが?」
「アタシには魔剣が必要なの! 欲しい魔剣があって、その魔剣の有力な情報を集めるには王都が一番なのよ!」
「魔剣? そうか、アンタは魔剣適正があるもんな」
「あれ? アタシが適正あるってわかるの?」
「勿論、俺は魔剣使いだ」
「マジで!? ……ホントだ、適正を感じる。嘘でしょ。子供の歳で魔剣適正が出るなんて異例よ?」
「だからセトは凄いんです」
隣りで自慢げに眼鏡を直すサティス。
セトは気恥ずかしそうに後頭部を掻く。
「魔剣適正がある人間にとって、魔剣がどれほど価値があるものかわかるでしょ? お願い、もう頼みの綱はアンタたちしかいないの」
「……サティス、とりあえずどうだろう? 王都まで同行させるっていうのは」
「ん~、とりあえずは、でしょうかね。わかりました。旅は道連れ世は情けってことにしておきましょう」
その言葉を聞いてグラビスは飛び上がる。
喜怒哀楽の激しい彼女にセトは笑みが零れた。
もうじきすれば船が出港する。
船乗り場へとセト、サティス、そしてグラビスの3人は向かった。
その途中で、グラビスは"ある奇妙なこと"を口にする。
「それにしても珍しいわね。アンタみたいな子供をこんな場所で見かけるなんて」
「そりゃそうだろうな。俺みたいに子供のときから魔剣適正がある奴なんて……」
「あ~それもそうだけど。もっと違うことよ」
グラビスは先頭へと足を進めセトのほうを向きながら歩く。
「────アンタさ、"赤砂漠の民"の子でしょ? ホラ、その白と黒が反転した特徴的な目なんてその証じゃん」
「え?」
「赤砂漠の民? ……俺が、その子供」




