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凶霊たちの泉へ

 地下へ通ずる階段は、石像を上にすることで隠されていたらしいのだが、今はその石像は崩れて剥き出しになっている。

 松明で中を照らしながらジェイクが入っていくのを、セト、サティスの順に一列に並んで奥へと進んでいった。


「ここはなにかの儀式をする場所だったのかな。あんまり広くはないし、物も少ないけど、もしかしたらヒントになるかも」


 円形の空間の奥に、真っ黒な泉があった。

 それを囲むようにして柵がしてあり、石造りの祭壇に台座が鎮座している。


「ここはとっても薄気味悪くて、仲間も近づかないようにしています。サティスさん、なにかわかりますか?」


「ありがとうジェイク君。少し調べますね」


 サティスは祭壇に近づき、くまなく観察し始める。

 セトは薄気味わるそうに表情を歪めながら、ジェイクと一緒に柵から泉を覗き込んだ。


 泉はまるで大量の黒の絵具をぶちまけたように真っ黒で、なにやら粘り気さえも感じる。

 セトは石を拾って泉に軽く放ってみると、驚くことに石が着水した直後に一瞬にして砕け散った。

 思わずジェイクと顔を見合わせるセトに、サティスは注意の声を張る。


「コラ! 勝手なことはしない!」


「あ、ごめん。でもサティス、さっき石がコナゴナになったんだ。こんなことあり得るか?」


「……あぁ、さっきの音はそれでしたか。確かに妙ですね。恐らく"これ"が関係しているのかも。ちょっと来てみてください」


 セトとジェイクは祭壇へと足を運び、サティスが指差す部分に目を向けると、台座に石板が置いてあり文字が彫ってあった。

 古代文字で、『悪しき4つの御霊みたま、死に魅入られし凶霊きょうれいここに眠る。同じく死に魅入られし者のみ泉の中へ』とのことだ。


「選ばれた者のみ入ることの許される泉。もしかしたらここが試練の場なのかもしれませんね」


「試練って……、セト、君はなにを?」


「世界を救う、って言うと大袈裟だけど、似たようなもんさ。ひとりすっごく強いのがいて、俺は試練を受けないとそいつに勝てないみたいなんだ」


 死のウェンディゴ『アハス・パテル』の試練。

 黒く禍々しい泉は3人の来訪に水面を不気味に揺らしていた。

 ジェイクは松明の光で照らしてみるも、反射は一切ない。


 どれほどの深さなのかどうかすらも不明であり、石を一瞬でコナゴナにするあたり、ただの物質でないことは明白だ。

 じっと見続けていると、そのまま吸い込まれてしまうそうな感覚が起こる。

 

 この深淵の底にいるのは、凶霊と言われる謎の怪物。

 恐らくはセトと同じようにアハス・パテルに魅入られたかつての人間たちなのではなかろうか。


 セトがそう考えたとき、泉の底から呪詛こえが聞こえた気がした。

 早く来るようにせせら笑いながら何者かが招いているような感覚が、セトの胸をざわつかせる。

 だが、セトの瞳に迷いはなく、すぐに行動に移した。


「よし、じゃあ行ってくる」


 そう言って祭壇によじ登り目の前の黒い泉に勢いよく飛び込もうとしたときだった。


「ちょ、コラコラコラコラ! 待ちなさい! ダメですってば!」


「わぁああ! セト、やめッ! ダメだ早まるな落ち着け!」


 セトを羽交い絞めにするサティスとジェイク。

 傍から見れば入水自殺を食い止めようとする図にも見えなくもない。

 いきなり後ろから抱き着かれたセトは、慌てたようにバタバタとし。


「待てって! わかったよわかったってば! 一旦放してくれ」


 ふたりに引き摺り下ろされ、セトは座らされる。


「一体なにを考えているんですか! いきなり飛び込んだら危ないでしょう」


「そうだよセト! さっきのあの石見ただろう? セトがあんな風になったらどうするんだ」


「いや、入らないと試練受けれないだろ。ここへ入るほかになにか手立てがあるのなら別だけど」


「それは……」


 セトの言葉にサティスは一変して弱気な表情を見せる。

 セトの言うとおり、ほかに手立てはなく、怪しいところはもうここしかない。

 石板に書いてあることが本当なら、この凶霊こそがセトの受ける試練を暗示する存在だ。

 セトは早い段階で覚悟を決めたらしい。


「多分戦闘になるかもしれない。俺ひとりで行くことになるけど、心配しないでくれ。ちゃんと戻ってくる」


「セト……」


 サティスの心配が拭えることはない。

 見知らぬ場所へセトがひとりで行き、戦うことになると思うと胸が締め付けられる。

 そんな彼女にセトは微笑みながら、手をつなぐ。


「約束する。絶対に戻ってくる。多分無事では済まなくなると思うけど」


「それが心配なんですよ。アナタが傷付くと思うと……」


「傷付いて帰ってきたら、膝枕しながら回復してくれ」


「もう、こんなときに変なこと言わないでください。……ふふふ」


「へへへ」


 見つめ合って笑っていたときだった。


「あー……ん゛ん゛ッンー!」


 松明を持ったジェイクがやや不機嫌そうに咳払いをする。


「……あの、良い雰囲気になるのはいいけど、僕もいるってことを忘れないでほしいんだけど? そりゃ君らからすりゃ僕は部外者みたいなもんだけどさ」


「あ、いやゴメン。部外者とかそういうんじゃない。アンタはここまで案内してくれた恩人だ。感謝してる」


「アハハ……ごめんなさいねジェイク君」


「あ、いや、別に大丈夫ッス。え~っと、行くんだろセト? 無理しちゃいけないよ。君には……僕らと違って帰りを待ってくれる人がいるんだから」


「ジェイク……」


「こんなの見せられたら、誘おうにも誘えないよったく。生きて帰ってきてくれ」


「あぁ約束だ。俺だってくたばるつもりはないさ! その、ジェイク……」


「ん、なに?」


「帰ってきたらさ……その、俺と"友達"になってくれるか?」


 セトから出た言葉にジェイク同様サティスも驚く。

 彼自身の口から友達と言う言葉が出たのは、ウレイン・ドナーグの街でオシリスを助けるとき以来だ。

 セトは照れくさそうにうなじを掻きながら、ジェイクを見る。


「……いいのかい、僕みたいな奴で? 出会って1日しか経ってないのに、君を無理矢理革命軍に入れようとしたのに……」


「そんなのいいよ。で、どうなんだ?」


「────あぁ、いいとも。こちらこそよろしく」


 ふたりは握手をする。

 革命軍に招く際に伸ばした手は握られることはなかったが、友情の握手は交わすことができた。

 ジェイクはそれだけで満足だった。


「行ってきなよセト。帰ってきたらさ、他のメンバーとも友達になってくれ。きっと皆喜ぶ」


「勿論だ。……────じゃあ、これから泉の中へ入る」


 朗らかな表情から、兵士のように厳かな表情へ。

 セトは腕を回したり足をブラブラさせたりしながら筋肉をほぐし、再度祭壇へと上がる。


「セト、必ず戻ってきてください! ……必ずですからね」


 セトは静かに頷き、息を大きく吸い込んで、目の前の真っ黒な泉へと飛び込んでいった。

 水飛沫は飛ばず、まるで穴にでも落ちたかのように、セトの姿は暗黒へと消えていく。


 そしてこれは深淵に潜む怪物たちにとって、血沸き肉躍る宴の始まりでもあるのだ。


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