俺は彼女から話を聞いた。その凄惨な事情を。
夜の森は日中と比べて余計に暗さを増す。
あらゆる生き物が息を潜め、または眠りにつく中、梟が木々の間を飛び獲物を狙う。
何千年と昔から続くこの森のサイクル。
それは人類が長い戦乱の歴史を築いてきても尚変わらない。
そして彼等にとって変わらぬ日常の中に、異物たる存在が2人。
明かりを外に漏らす山小屋で、森の住民とはあまりに程遠い存在が、森の中で目立っていた。
「わぁああッ!!?」
「うおッ!?」
飛び起きたサティスに驚き、思わず水を零してしまう。
セトはまたしてもテーブルの裏に隠れて声を掛けた。
「ど、どうした……?」
「……いや、別に」
呼吸が荒い。
なにかに怯えるように表情を歪ませながらも平静を装っていた。
悪い夢でも見ていたのだろうか。
「サティス、アンタどうしちまったんだよ。俺等のことあんなに見下してたのに……」
今や見る影もない。
彼女は以前のサティスとはまるで別人だ。
ここまでかつての敵が豹変すると、逆に心配になった。
そんなときサティスはゆっくりと語り始めた。
「アナタ達のせいですよ」
「え?」
「……と、言いたい所だけど。実際は私の自業自得です」
彼女は幾度となく勇者一行の前に立ちはだかり、その知略と魔術で挑んできた。
だがその度に退けられ、任務失敗の経歴を重ねていくことに。
魔王からは失望され愛想をつかされただけでなく、処刑まで言い渡された。
処刑は次の日、即ち今日の朝だ。
本来彼女は今日この日死ぬはずだったのだ。
魔王は彼女が激しく後悔してから死んでもらうようにと、彼女から幹部の職を剥奪し、あろうことか魔王軍のほぼ全員にリンチにさせた。
殴る蹴るだけでなく、鞭打ち、高圧電流、三角木馬等の屈辱的な拷問も受けたのだ。
なによりきつかったのが、自分よりも格下の存在である魔物達にも何度も踏みにじられたことだった。
彼女の心はここで破壊されていき、ついには目の前に映る現実全てが恐怖となった。
そして朝方になって処刑されて死ぬことを恐れたサティスは脱走。
魔王の領土より命からがら逃げだし、この森でセトと出会った。
「そんな、ことが……ッ」
「私は……魔王様の信頼を裏切ってしまった。あろうことか、死ぬのが怖くて逃げて……」
彼女は笑っていた。
だがそれはセトや勇者達が知るそれではない。
以前の彼女からはかけ離れた悲しい微笑みだ。
「じゃあ、俺のことも話すよ」
「別にいいですよ。ボーヤの話なんて面白くなさそうですし」
肩を竦めるように軽く笑って見せるサティス。
セトは横向けに立てたテーブルにもたれかかるように、その場に座った。
「俺は勇者パーティーから外された」
「日中に聞きましたね」
「……俺は、殺戮者だそうだ」
「え……?」
これから話すは自分の経歴。
少年兵として戦場を駆け巡っていたこと。
そして、自分の価値観がどれほど周りと違うか。
戦う以外に道を見出せなかったか。
「……────とまぁ、上手く説明出来たかはわからないけど、それが俺だ」
テーブルの向こう側にいる彼女は黙っていた。
どういう表情で聞いているのかわからなかったが、セトはそのまま続ける。
「物心ついたときから、俺は大人達に"戦え"って言われてた。言うことを聞かないと殴られるし、それが嫌だからずっと従った。魔剣適正? っていうのがわかってからは大人達は少し優しくなった。大人の決めたこととかはあんまりよくわからなかったけど……優しくしてくれるならそれでって……」
その後は話した通り、大人に命令されるがまま戦場で殺してきた。
ときには敵に捕らえられ拷問もされたが、決して口を割らなかった、それが命令だから。
ずっと話を聞いていたサティスだが、ここでようやく口を開く。
「ねぇ」
「ん?」
「少年兵、って言いましたよね?」
「言ったな」
「確かアナタの国やその周辺諸国は、宗教上の規定で少年兵は禁止されているはずですよ? なのにアナタは……」
「あぁー……でも大人達が普通に少年兵を使ってるんだから……別にいいんじゃないか? 難しいことはわからないし、余計なこと考えずに黙って従えって言われてる。それに、敵の国と戦ってるとしょっちゅう見かけるよ。……新兵、なのかなぁ。すっごく怖がってた……でも、殺さないと殺されるし、大人達だって怒るから……」
再び彼女が黙る。
なにか傷付くようなことを言ってしまったかと少し不安になるが、また彼女は話しかけてきた。
「アナタは……こんなことを私に話してもいいのですか?」
「いいさ別に。……王国の帰り方なんてわからないし、その為の準備もない。仮に帰れた所で、俺はきっと殺される。……それくらいわかるさ。俺は所詮、魔剣適正があるだけの兵士だ。死んだら死んだであの国には有能な大人達がいっぱいいるから俺一人いないくらいでどうにもならないし。……それに帰る家もない。誰も俺のことなんか心配してないよ」
なぜだろうか?
ふとセトは疑問に思った。
こんなにも自分の過去を話したことはない。
なのに今夜はやけに自分は語りたがる。
似たような境遇にいるサティスにシンパシーを感じたからだろうか。
「そう……」
彼女は窓から差し込む月光に照らされながら短く答えた。
空から差し込むこの光は森を分け隔てなく照らし、夜行性動物達の道しるべとなっている。
だが、今のこの2人にはそんな道しるべなど存在しない。
お互い帰る場所もない哀れな渡り鳥だ。
「寂しくはないのですか? 大勢の人に見捨てられたのですよ?」
「わからない……。なぁ、こういうとき大人はどうするんだ?」
「……私にも、わかりません」
彼女の穏やかな口調を最後に、会話は途切れ各々眠りについた。
サティスは布団に包まりながらテーブルの向こう側にいるまだ幼い彼の、阻まれて見えない姿をじっと見ていた。
その向こう側でセトは寝息を立てている。
大きめの布に包まり、三角座りで眠っているのだ。
「……わからない、本当にこういうときどうすればいいかわからないんですよ」
サティスはそう呟いて目を閉じる。
不思議と夢は見ず、落ち着いた睡眠をとることが出来た。