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不穏な噂と、村の祈祷師

もうそろそろ第2章が終わります。


 ピクニックの次の日の、村外れの森。

 そこでセトはリョドーに昨日のことを話す。


「あぁ、村長から聞いてるよ。恐らくそこはウェンディゴを祀る場所だった所だ」


「そうなのか?」


 昼近くになり、仕留めた獲物を担ぎながら村へと戻る道の中で、セトはリョドーから仔細を聞き出す。

 かつてこの地で生活していたイェーラー族と言われる先住民族が、この地にいくつも儀式の場を設けていたのだとか。


 多くは長い歴史の中で風化してしまったが、あれはほぼ完全な形を留めている。

 イェーラー族にとっても、特に重んじられる場所だったに違いない。


「彼等は死を恐れない。そも、命そのものは借り物だという考え方を持っている」


「借り物? 誰から?」


「それこそ彼等が信じる絶対的な存在。────……死のウェンディゴ、"アハス・パテル"だ」


「アハス・パテル……。信じるべき絶対的な存在が死そのものなのか」


「そう、彼等はこの世のあらゆる命は死のウェンディゴから一時的に借り受けたモノで、いずれは返さなければならないものだと説いている。……そこらへんの詳しいことは村にいる『ゲンダー』という男を訪ねるといい。村の西側にいる変わった奴でな。……確かイェーラー族の血をひく祈祷師だ。なにか知っているかもしれない」


「わかった。夕方にでも行ってみるよ」


「俺以上に偏屈な野郎だ。気をつけろ?」


「ハハハ、そりゃ大変だ」


 木漏れ日の中から優しく風が舞う。

 空と木々の間から、小鳥達のさえずりと小動物が動き回る微かな音がした。


 森の中の静かな秩序で2人の男が笑いながら歩き進む。

 人間、及び魔物との戦乱の記憶には決して記されない平穏な聖域。


 その中に人間が入り込み狩猟をする。

 森が作った独自の食物連鎖の中に、遥か昔に人間達が食い込んだ。


 今の時代、ひとたび間違えばその食物連鎖と秩序は滅ぼされる。

 密猟や乱獲によって絶滅する動物もいるのだ。


 だが、生きる為には生き物を喰らわねばならない。

 かつてのイェーラー族はその連鎖に敬意を払った。


 その証をトーテムポールに刻んだ。

 人間もまたそういった自然と共に生きる存在である、と。

 折々の伝説や神話的要素を取り入れて、より自然的・象徴的に過去と未来とを結びつけた事物にしたのだ。

 

(だが、サティスはそう言ったトーテムポールとはまた違うものだと言ってた。……顔の無いトーテムポール、これについても聞いてみたいな)


 森を抜け、村までもうすぐの所でリョドーがあることを切り出した。

 昨日、セト達がピクニックへ行ったときに村に届いた知らせのようだ。


「そういや知ってるかセト」


「え? なにを?」


「昨日知ったことなんだが。……────魔王を倒す為に派遣された勇者一行が、行方不明になったらしい」


「……え」


 彼等と関わりを持つ者としての気まずさはあれど、その情報には思わず息をのんだ。

 あれだけ平和への情熱が滾っていた彼等が行方不明になるなどとは、夢にも思わなかった。


「彼等が最後に目撃された場所は!?」


「最後は湖の近くにある街だな。そこから連絡がないらしい。どうしてそこまで気になる?」


「いや……別に」


 その街を越えた先にいる湖の畔で、セトは追放を言い渡された。

 そこから彼等の足取りが途絶えたとなれば、魔物関連の可能性が高い。


「魔物にやられた……そう考えるのが普通だが。実はもうひとつ妙な話も流れてる」


「妙な話?」


「国境が封鎖されて国を渡り歩く行商人が街に戻ることになったケースが増えてきている。そんな中でだ。行商人やキャラバンが襲われているケースも増えてるんだ」


「……まさか、行方不明になった勇者一行がやったとでも? 盗賊の類じゃないのか?」


「かもしれない。勇者一行が盗賊まがいのことをするなんざ国辱にもほどがある」


 リョドーは軽く笑ったが、セトは複雑な気持ちでこの話を噛み締めていた。

 だが今となってはどうしようもない。


 もう国の行く末など憂いた所でセトにはなにも出来ない。

 彼は今ある幸せこそを守るべきだとすでに心に刻んでいた。


「よし、飯を食ったらもう一度森へ行くぞ」


「あぁ、俺イノシシ獲ってみたいな」


「イノシシなぁ。じゃあ罠にかけるのがいいな」


 村へ戻り昼食を済ませた後また森へ。

 一通りの作業を終えたら村へ帰る。


 その頃には茜色の光が村に降り注ぎ、背後の山脈もまた茜色に染まっていた。

 あの森にも夕刻の流れが来て、動物達も夜に備えているだろう。


「さて、今日はここまでだ。ゲンダーの家は村の西側だ。わかってるな? 特徴アリアリの家だしすぐにわかるだろ」


「あぁ、ありがとう。行ってくるよ」


 家で夕飯を作り始めているだろうサティスに心配を掛けてはならない。

 だが、やはりどうしても知りたい。


 セトはすぐさまゲンダーという祈祷師のいる家へと赴いた。

 最初に村の案内をされたときも、この家の全体にはかなり印象的な飾りや彫像が建っていたのでよく覚え得ている。


「あの~」


 ノックを1回した次の瞬間、ドアが勢いよく開いた。

 中から羽や動物の骨などで飾り立てた老人が出てくる。

 彼がゲンダーだ。


 あまりの勢いに飛び退いてしまったセトと、ゲンダーとの間に沈黙が流れる。

 彼はじっとセトを見つめていたが、真っ直ぐに閉じた口をようやく開いて話しかけた。


「……来ると思っていた。破壊と嵐の少年よ」


「え? ど、どうして……」


「中に入るといい。紅茶チャイを出してやろう」


 のそのそとした足取りで奥へと進んでいくゲンダー。


「……この人が、ゲンダー」


 小首を傾げながらセトは言われた通り入っていく。


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