ピクニックへ行ったら、俺が穴に落ちた……。
次回は1/3頃に投稿いたします!
読者皆様、良いお年を!!
次の日の朝。
2人はスカーレットやその他村人達に挨拶を済ませて、村外れの丘の方まで歩く。
言うまでもなく天気は晴れ。
緩やかに吹く風が、2人の髪や頬を撫でながら、草木を揺らしていく。
「改めてみると……すごい景色だな」
「ここからでも景色が一望出来ます。まさに大自然が作り出した奇跡でしょうね」
高くそびえ立つ山脈に油然とわく雲は頂上付近を覆い包むように広がり、山脈の雪の白さをより際立たせる。
いつもと変わらぬ青い空と広大な草原には、大地の呼吸たる風が吹きすさんでいた。
コンドルらしき鳥は遥か上空を飛び、草食動物の小さな群れが遠くの草原にて渡り歩いている。
見える景色全てに生命の息吹が存在していた。
人という形の命ではなく、大自然の中の命にセトは心を動かされる。
この雄大な光景において、己自身がが如何に矮小であるかを彼は実感した。
思わず足を止めてその景観に酔いしれていたとき、サティスが隣でそっと手を握ってくれた。
「……さぁ、もうすぐで丘につきます。そこで一休みしましょう」
「あぁ、そうだな」
手を繋いだまま2人は目的の場所まで歩く。
丘まで歩いていくと、先ほどとはまるで違った景色も見れた。
少し目線が高くなったことで、遠くの山脈やその向こう側が薄っすらと見えた。
この自然の景色に目を輝かせるセトを優しく見守りながら、サティスはシートを広げ始める。
村外れの丘。
まさにピクニックの場所としては最適である。
2人はシートの上に座り、紅茶を一杯。
優しく包み込む陽光と風、そして草木の薫り。
物静かで壮大なこの場所は、セトがリョドーと共に入る森の中では到底味わえない気分を味わわせていた。
まるで今この世界には2人だけしかいないのではないかと、そう錯覚させるほどに。
「自然とリラックス出来るなこの場所は。……それに、なんか懐かしい感じがする」
「え? もしかしてセト……ここの生まれ?」
「いや、違う。上手く言葉に出来ないんだ。なんていうか……う~ん」
「もしかしたら、アナタの祖先たる存在はここへ来たことがあるのかもしれませんね」
「ここへ?」
「そう。遥か昔に刻まれた生き物の記憶。その中にこう言った大自然の光景が記録されているのかも」
「難しい話だな……」
「フフフ、そうですね。やっぱり私にもわかりません。……来たこともない場所、見たこともない場所でなぜ懐かしさや既視感を感じることがあるのか。生き物の神秘ともいえるでしょう」
お互いに身を寄せ合い、無限に広がる景観を眺めながら紅茶を愉しむ。
日常生活では中々味わえないこの感動を噛み締めて、セトは大きく息を吸って大地と空を感じた。
「ここまで広くて綺麗だと……ハハハ、なんだか自分がちっぽけに見えてくる」
「そうですねぇ。本当に……綺麗。かつての仕事柄、様々な金銀財宝を目にしてきましたが……なんだかそれすらも小さくて……」
「俺は……景色を楽しむ余裕すらなかったな。……こうして見れてよかったよ。勿論、サティスと一緒に見れて、さ」
セトが彼女に微笑みかける。
少し頬を紅潮させながらサティスも微笑み返した。
こういった大自然は、心を洗い流してくれる。
戦いに疲れた者や生きることに絶望した者。
自らの雄大さを以て語るのだ。
何千年と変わらぬその姿で、生命とはなにかを。
「……んっ」
「あら、眠そうですね。昨晩は眠れなかったのですか?」
「いや、なんか心が安らいで……」
「ふふふ、じゃあちょっとお休みします? お昼になったら私が起こしますので」
「その、すまない」
サティスは膝枕をしてくれた。
涼やかな景色の中で、彼女の体温が頭部に伝わる。
優しく髪を撫でてくれるサティスの手つきは柔らかく、すぐに寝付くことが出来た。
ただ眠るというだけなのに、これ以上ない至福の時間だ。
これが自分の求めていた幸せなのかもしれない、とセトは薄れゆく意識の中で喜びを得た気がした。
時間は過ぎ、昼前になるとサティスが起こしてくれた。
目を擦りながら上体を起こすと、サティスは籠を取り出し、そこから食べ物を出し始める。
「おぉ! これが今日の昼飯か!?」
「はい、鳥の肉に鹿の肉、あとは野ウサギの肉ですかね。食べやすいように骨付きと、サンドウィッチにして持ってきました」
「肉、肉、肉……最高だなこれは。じゃあ、いただきます」
こうして2人は一緒に昼を堪能する。
セトは大好物の肉を頬張り、サティスは彼の口の周りについた食べかすやソースをナプキンで拭き取った。
こうもおいしそうに食べてもらえると早く起きて作った甲斐があったと、サティスは表情をほころばせる。
本当は肉についてはここまで準備は出来なかったのだが、朝一にリョドーが肉を分けに訪れてきてくれたのだ。
────小僧には言うなよ。
そういう言い残して足早に去っていった。
この村に来て、セトは随分可愛がられているらしいと知ったときはサティスは内心喜んだものだ。
ガツガツと勢いよく食べながら水を飲むセトはこれまで以上に生き生きとしていた。
もっとも、食べているときのセトは戦っているとき以上に元気そうだ。
「もう、落ち着いて食べてくださいな。食べ物は逃げませんよ」
「ん、でも……もご、美味いから……ふが」
「だから食べながら喋らない。……ホラ、口の周りがまたベトベト」
「じ、自分で出来るよぉ」
こんなやりとりをしながら、2人は景色を見ての食事を愉しんだ。
穏やかに時間が過ぎていく中、セトは食事を終えると立ち上がり、前へ進む。
「セト……?」
「ちょっと周りを歩くだけだよ」
「それでしたら私も行きます。ちょっと待っていて下さい」
「ん? そうか。だったら待って……────へぶぅ!?」
「へぶぅ? なんですかその声は……って、セト?」
変な叫び声を上げたセトの方を見ると、彼の姿が消えていた。
隠れるにしてもここ一体に隠れる場所などない。
周りを見渡してみるがセトの姿は見えない。
代わりに声が聞こえた。
「お~い、ここだぁ!」
「セト! どこにいるんです!」
「俺が立っていた場所だ。そこに大きな穴が開いて落ちたんだ」
言われた通りの場所にはぽっかりと穴が広がり、その下の薄暗闇の中でサティスに手を振っていた。
「怪我は!?」
「安心しろ。大丈夫だ。それよりも凄いぞここ! サティスも早く入って来いよ!」
穴の中でセトはなにかを見つけたらしい。
そこはサティスですらも知らなかった未知なる空間であった。




