饒舌で強気だった女幹部は随分と変わってしまった……。
サティスはうつ伏せのまま動かない。
瞳は宙を見つめているようで焦点があっていない。
黒いストッキングのような質感の布に覆われた美脚にも多大な傷があり、背中には鞭で打たれたような痕もあった。
あの艶美で豊かな胸は彼女の自重と地面に挟まれ横に広がるように潰れている。
それほどまでに脱力し、ひどいダメージを負った彼女にはもう攻撃や言葉を話す余力さえもなかった。
「……どういうことだ? 一体なにが起こってるんだ」
セトは困惑しながらも魔剣を納める。
周りに敵の気配はない。
彼女はひどい暴行を受け、自力でここまで来て倒れた。
ということは、魔王軍の内部でなにかがあったか。
「……確かめてみる必要がある、かな?」
もう勇者パーティーのメンバーではないが、なんとなく気になった彼はサティスを一旦助けることを選んだ。
だが助けた所でヒョイと息をするように不意打ちなどをしてくる可能性もある。
その辺等を十分に注意して彼女を担ぎ、森の中を歩き始めた。
すると丁度いい所に山小屋があり、簡易式だが寝床も見つける。
そこに彼女を寝かせて、自分は食料と水の調達へと出かけた。
(まだ油断は出来ないけど……サティスから事情を聞いてみないと)
1時間ほど経ってようやく山小屋へと戻って来た。
迷わないように木々にナイフで傷をつけマーキングしておいたのが正解だった。
「よし、魚に鹿の肉、水。食料は確保出来た」
扉を開けると、サティスが丁度目を覚ました所だった。
虚ろな瞳で天井を眺めながらぼんやりとしている。
「目が覚めたみたいだな」
収穫物を床に置いて声を掛けると彼女がこちらを向く。
その直後、サティスは驚いたように飛び起きた。
「きゃぁああっ!?」
それを敵対行動と思ったセトはすぐさまナイフを引き抜き切っ先を向ける。
「動くなッ!!」
またしても場に緊張が走る。
だがサティスの様子が変だ。
怯えるようにして布団を抱きしめてガタガタと震えている。
「やめて……イヤ。もう……許して……やめて……」
力なく呟くサティスの様子に既視感があった。
戦場で心を壊した少年兵だ。
彼等と同じようにサティスの心は完全に壊れてしまっていた。
敵対意志はなさそうだが突発的になにをしでかすかわからない。
とりあえずナイフをゆっくりと太ももの鞘に納めながら宥める。
「わかった、なにもしない。だから、落ち着いてくれよ……」
「ヤダ……ヤダ……ッ」
「あぁ、もう……。よしこれでどうだ?」
セトが用意したのは近くにあった四角い大きなテーブル。
それをバリケードのように横向けにしてその陰に隠れた。
少しだけ顔を覗かせながら、彼女に語り掛ける。
「姿が見えてるよりずっといいだろ?」
この奇妙な動作にサティスは一瞬呆気にとられながらも、落ち着きを取り戻した。
だがそれでも怯える目は変わっていない。
「ハァ……ハァ……勇者連中のトコのボーヤ、ですよね?」
「そうだ」
「アナタ、私を罠にはめて殺す気なんでしょ?」
「俺にそんな脳みそがあると思うか? ましてやアンタを騙すなんて無理だ」
テーブル越しに会話していく2人。
「……こんな所でなにをしてるのです?」
「別になんだっていいだろ。もう俺は……勇者一行のメンバーじゃない」
「え……?」
サティスは意外そうな顔で呟く。
確かにまぬけな所はあるが戦闘に於いては脅威であった。
戦いになれば最前線に立ち、その魔剣で斬って斬って斬りまくる。
勇者一行といたときは、サティス自身彼の猛攻に恐れを抱いていたのだが……。
「色々あったんだ。……アンタはどうなんだ?」
「わ、私は……」
サティスは俯くようにして黙ってしまった、言いたくないらしい。
いつもは饒舌で元気にこちらを罵倒してくる彼女が、こうも暗いとセトでさえも調子が狂う。
兎に角サティスは今完全に無力な状態だ。
魔術の才能に長けた彼女の身体から魔力がほとんど感じられない。
「なぁアンタ飯は?」
「いりません」
そう言って彼女は再び寝転び布団で全身を覆うように眠ってしまった。
それ以上聞くことが出来なかったセトは、仕方なく自分だけでも本日の食料にありつく。
「……さて、火を起こすか」
まずは魚だ。
魚を焼いて食べる。
そして次に鹿の肉。
これは、美味い。
焼き魚に焼いた鹿の肉、焼きモノばかりだが腹と心が満たされていった。
「ふぅ、食った。残りは保存しておいて……また、狩りに出かけなきゃな」
サティスはベッドから出る気配はない。
被った布団の中で泣いているのがわかった。
山小屋にて1日目。
夜になるまで2人には会話すらなかった。