死への祈り子
さて、時間と空間はサティスとシィフェイスのほうまでさかのぼる。
「ほう、あの白銀都市で見つけた書物ですか」
「えぇ、魔剣の図鑑のようなものと、ウェンディゴについて書かれていたこと。副王だとかなんだとかね」
「なるほどなるほど。我らの師が存命だったころ、"お前は考古学者になりなさい"とアナタにおっしゃっていましたが、魔人のアナタは突っぱねて聞きもしませんでしたね。ですが、こうして出会って話してみると本当に歴史が好きなようですね」
「その話はまたおいおいね。それよりも、知っていることを教えてほしいんです」
「……変わりましたねサティス。弟子時代にあれだけ私を邪険にし、修行途中で魔王軍傘下へ下ったアナタが、まさかこれほどまで……。いいでしょう。お教えします。アナタがセト君をここまで導いてくれたことへの感謝と、アナタがアップグレードしたことへの敬意を込めて」
シィフェイスは語る。
死を司るウェンディゴ『アハス・パテル』を支える複数名からなる強大な力を持ったウェンディゴ。
この『副王』と言われる彼らの正体は長らく不明。
一説には別次元に存在していた宇宙の成れの果てともされている。
「今わかっているだけでも、巨海のウェンディゴ、山脈のウェンディゴ、境界のウェンディゴ、流星のウェンディゴ、そして副王最強にしてアハス・パテルの右腕、大気のウェンディゴ……。この5体です」
「そ、そんなにいるんですか?」
「実際はもっと多いかもしれません。文献が非常に少ないのです。ほとんどが口承だったりで真実味に欠けるものもあります。世界は未だ謎だらけです」
「……副王のことから話すってことは、魔剣についても関連性があるという解釈でいいですか?」
「さすがですね。……先ほど話しましたア・プリオリとア・ポス・テリオリですが、前者について話します。後者が人間性によってもたらされるものであるのなら、前者はその人間性が介在せずとも存在しうる概念。例えば、破滅や破壊、滅亡、終焉といったね。大呪術が扱うのは、完璧にではありませんがこのア・プリオリです。そして、その大呪術を使う者は2種類に分けられます」
「2種類? 呪術師のほかにまだいるんですか?」
「えぇ。一般的には知られていないことですが。……簡潔に言うとこの者たちは副王のみならず、アハス・パテルとの交信も許された存在なのです」
「え……?」
サティスは心臓がはね上がったような気分になった。
心当たりがあったから。
「ひとつはウェンディゴに仕える巫女、そしてもうひとつ────今で言うところの魔剣使いです。その中のひと握りが、会いまみえること、声を聞くことを許されているのです。この者たちはずっとこう呼ばれていました」
────『死への祈り子』と。
恍惚とした彼の言葉に嫌悪感を抱くサティス。
右手で左腕を抑えながら、嫌な汗が頬を伝うのを感じた。
「ちょっと待ってください。魔剣使いが、大呪術を扱うですって?」
「正確には魔剣そのものが大呪術によって作られた呪具といったほうがいいでしょうか。魔剣使いはその呪具を扱う資格を持った存在なんです。そして伝説によれば、死への祈り子の中からアハス・パテルに見初められる存在が現れるとのことです。……あぁ、なんて羨ましいことなのでしょう。あの死を司るウェンディゴを見ることを許され、なおかつ試練をクリアすれば……その者は『再誕』するとのことなのですッ!! 一体なんなのでしょう! 『再誕』とはッ! このワードにはなんの意味が……」
次の瞬間、ピタリと荒ぶる挙動を止めたシィフェイスの顔がゆっくりとサティスのほうへ向く。
「……セト君、もしかして彼は、選ばれた存在?」
「────ッ!! ち、違います! 変な妄想であの子を巻き込まないで!」
一瞬シィフェイスが実験台を目の前にした冷酷な魔術師に見えてゾッとしたため、思わず嘘をついた。
「いいえッ! 妄想などではありません! 運命ですッ! これは運命なのですッ!! あぁ、なんということか……彼はアハス・パテルに出会ったのですねッ! そうに違いないッ! おぉぉおおぉぉぉおおおッ!! まだ運は尽きていないッ! あの子は天使だ……私の人生をさらなる次元へ高めてくれるためのッ!! そうなのでしょうサティス! あの子は、特別だッ! この世の誰よりもッ!!」
見たことがないまでの興奮に、サティスは絶句してしまう。
ここまで勘が鋭いとは思わなかった。
フゥ、とひと息ついたシィフェイスは取り乱したことを詫びると、窓まで移動する。
「……安心してください。別にとって食べようなどとは考えてもいませんよ。むしろ彼をサポートしてあげたいとすら考えているのですから」
「信じられませんね。もしもあの子を傷つけようものなら……」
「ですからご安心を。……彼はきっと私に素晴らしいものを見せてくれる。元気でいてもらわねば。私はセト君の才能と運命に期待しているのです。彼は『英雄』に等しい存在になると私は考えています。アナタもそう思いませんか?」
「……いいえ、私は運命だとか才能だとかより、ただ元気でそばにいて欲しいだけです。今回だって、早く問題を解決して……ふたりで暮らしたいから。だから、アナタの理想でセトを穢さないで下さい」
「それもアナタの理想だと思いますが? ……と言っても埒が明きませんね。いいでしょう。いずれにせよ、彼は今試練に望んでいる。そうですね?」
「────ッ」
「そう睨まないで下さい。私にできることは見守ることかサポートくらいです。……セト君のためなら全力で助力しましょう。約束です」
サティスは仕方なく頷いた。
この男の人格はともかくとして、実力は本物だ。
冷静に考えれば、事態は良い方向へと向かっている。
サティスはとりあえず胸をなでおろした。
そのあと研究室を出て、サティスはセトがいるだろう生徒会室へと向かうのだが。
「え、今闘技場に?」




