vs.『斬牢の女看守』:デアドラ・フラーテル
「引き分け、のようですね」
「試合は引き分け、だが勝負には負けたかな。途中からは完全についていけなかった」
オグマのフィジカルに押し負けそうになったヒュドラは、これまでの経験と練り上げた技術を駆使し、彼の攻撃をかいくぐって、一打一打に渾身の力を込めて叩き込んだがどれも決定打にはならず。
結果的に時間切れ。
ヒュドラは自らの未熟さを痛感すると同時に、全力を尽くしてくれたオグマに礼をする。
さて、続いて急遽決まったセトとデアドラとの手合わせ。
ナーシアの護衛であるセトと、生徒会副会長である彼女が戦うとのことで、幾人もの生徒が注目するが、そこでヒュドラが介入した。
「対戦するとなった以上私からどうと言うことはできない。だが、人は最低限にしてほしい」
彼女なりの配慮だった。
だいぶごっそりと減った中、見守るのはオグマとナーシアといった生徒会の中でも一部の者とヒュドラ。
そしていつの間にやらやってきたグラビスもだ。
「なんでもう戻って来てる……」
「なんでって、こんな面白そうなの見逃すわけないじゃん。それに必要な情報とかコネとかゲットできたしぃ」
「そうか。まぁ君が満足したのならそれでいいんだが……あ、そろそろ始まる。セトだ」
アーチ状の入り口からセトが現れる。
舞台に足を踏み入れ、まだ先ほどまでの戦闘の余韻の残る空気に触れながら、魔剣を空間から引き抜いた。
真向いの入り口から遅れてデアドラがやってきた。
服装を着替え、完全に戦闘モードに入っている。
「おぉ、あの衣装……デアドラの奴相当やる気だな」
「で、出た……『斬牢の女看守』の出で立ちだ」
それはまさしく軍服か看守のような格好で、彼女の性格や戦闘スタイルからそういった異名を得ているのだとか。
特に彼女の持つ魔剣は、相手の動きを封じるのに適している。
扱いこそ難しいが、その長身と長い手足からなる斬撃はまさに強力とのことだ。
「私と戦えることを光栄に思いなさいセト。これから教育を施します」
「教育って俺は別に……」
「お黙りなさい。誰が口答えしてよいと言いましたか? アナタが負けたあかつきには、私のモノになってもらうのですからね。まったく少しはフラーテル家の者としての自覚を持ってもらわねば」
「ちょっと待て。俺が? アンタの?」
セトだけでなく、この場にいる全員が困惑した。
というよりもドン引きした。
なによりデアドラ本人は自分が勝つということに一切の揺らぎがない。
「なにを驚いているんですか? 当然でしょう。私たちは運命で結ばれた者同士なのですから」
セトは思わず客席のほうを向く。
オグマは頭が痛そうにし、ナーシアは紅潮して湯気が出ていた。
ヒュドラは断固として認めないとデアドラに抗議しているがデアドラは聞く耳持たず。
グラビスは爆笑していて役に立たないのでもうほっておいた。
「い、嫌だなぁ」
「拒否権はないですわ。強いて言えば、私に勝つこと。もっとも、誰にも負けない自信がありますが」
「そうか……じゃあ、絶対に勝たなきゃな」
ルールはどちらかが「まいった」と言うか、戦闘不能と判断まで。
殺しは基本なしだが、魔剣使い同士の戦いでこれがどこまで通用するか。
そしてついにデアドラは自らの魔剣を空間より取り出した。
(あれが……デアドラの魔剣だって?)
魔剣には珍しい『鞘』が備わっていた。
極東の島国の長刀と言われる形状のものだ。
そこからどんな斬撃はては能力を繰り出すのか。
そう考える前にはもうセトの身体と精神は戦闘モードに切り替わっていた。
ほどよい緊張と集中力が全身を駆け巡る。
左肩を引いて右半身になり、刺突のような構えをとった。
その構えを見たデアドラは軽く鼻を鳴らしながら、────居合の構えをとる。
(居合か。鞘の長さに合う刀身なら……やっぱり結構長いな)
丁度いい空気になった中、試合開始の合図が鳴る。
場の緊張はさらに高まった。
魔剣使い特有の威圧感が闘技場全体にいきわたる。
両者無言のままの睨み合いがしばらく続いていたが、最初に動いたのはデアドラだった。
(────速いッ!!)
セトはいきなり背後をとられた。
捨天背刀流における歩法のひとつ『無拍子』の応用。
初手で制するために、相手に悟られないよう動き攻撃へと移る。
デアドラのレベルとなれば最早瞬間移動に近しいものだった、のだが。
魔剣同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
金属音というよりも岩と岩がぶつかり合ったような鈍くて大きな規模だ。
(初見で……背後からの斬撃を見切った? ありえませんわ)
抜く手も見せぬ鞘走りからなる斬撃は、セトの魔剣によって防がれてしまった。
並外れて死の気配に敏感だ。
極限の緊張状態である戦場でつちかったノウハウの質に、デアドラは一種の敬意を抱いた。
「くぁあああッ!!」
セトが叫び、彼女の刀身を上へ跳ね上げると、すかさず横薙ぎを入れる。
デアドラは錐もみ状に飛び上り回避して、着地後にバク転バク宙を繰り返しながら距離をとった。
そしてまた魔剣を納刀する。
(また居合か……よっぽど自信があるのか、それとも……)
(見事ですわセト……さすがは我が義弟。えぇ、逃がしませんわ。アナタはずぅぅううっとこれから、我がフラーテル家の一員として暮らすのですから。義姉としてきっちりと教育を施さねばうふふ)
(……って考えてるんだろうなぁデアドラの奴。昔から妄想が暴走しやすい奴だったからなぁ)
距離を開けられたことにより、また睨み合いが続く。
実際セトも攻めにくいところがあった。
動きや構えからして、まったく隙が見当たらない。
シィフェイスが一目置いていたのもうなずけるほどに。
そしてなにより、彼女はまだ『魔剣解放』を行っていないのだ。
あの魔剣が如何なる能力を持つのか。
その真価はいまだ計り知れない。
だがそれはデアドラも同様だ。
今の今ままで初手で、しかも初見であんな簡単に見切られたことなどなかった。
訓練や実戦の経験は積んだつもりだが、その部分はセトが上回っている。
デアドラよりも小さな身体が、少し大きく見えた。
下手に間合いに入れば、たとえ神速といえど見切られるだろう。
「……楽しくなってきましたわ。そう思いませんかセト」
「いや俺は別────」
「あぁやはり私と同じなのですね! ふふふ、義理とは言え姉弟とは似るものなのですね。安心しましたわ。名残惜しいですが、もう少しだけ楽しんでから、終わらせるといたしましょう」
(アンタまでセベクみたいなこと言わないでくれよ……魔剣使いにまともなのがいない……助けてくれオシリス……)
心の中でかつての戦友を思い出しながら、気配が変わったデアドラを鋭く睨みつけた。
先ほどより低く構えたデアドラから溢れる剣気に、セトの神経がさらに敏感になる。
「ペースを上げますわよセト────」
そう言い終わる前に彼女の姿が消えた。
無拍子による無音の超高速移動を繰り出しながらの連続居合斬りだ。
空間を覆いつくすような斬撃の閃光がセトを襲ったかと思えば、その後何度も納刀と抜刀を繰り返しての連続居合と、一筆書きのような軌道で斬撃威力を維持しながらの攻撃を仕掛けてくる。
変則的な斬影の中で、セトもまたその速さについていく。
「す、すごい……セト君、副会長の動きについていってる!」
「あぁさすがだな! お互いまだ魔剣の力も知らないだろうに、これほどまでの動きを────」
「いや、違う……」
ナーシアとオグマが称賛する中、ヒュドラが呟く。
それを聞いたふたりだったが彼女の真剣な表情に思わず息を吞んだ。
隣りのグラビスも先ほどから黙っていた。
「────セトはすでに『魔剣解放』を行っているッ! あのデアドラという魔剣使いが速すぎるんだ!!」
ヒュドラの言葉通り、デアドラの速度についていくために、セトは魔剣解放でブーストをかけていた。
結果としてすべての斬撃から身を守ることはできたが、デアドラには一切のダメージを負わせられていない。
「あれだけの攻撃をこうも簡単に……素晴らしい。なんて美しい剣なのでしょうセト」
(強い……。天才剣士ってこういうのを言うんだろうな)
「……早く義弟になりなさいセト。そしてお互いに末永く慈しみ合うのですわ」
「嫌だって言ってるだろ。さすがの俺も怒るぞ」
「……聞き分けのない子。調教のし甲斐がありますわ」
ジュルリと舌なめずりをするデアドラを冷めた瞳で見据えるセト。
あの斬り結びの最中で、セトは彼女の魔剣の特質を掴んだ。
簡単に言えば、あの魔剣は居合しか使えない奇妙な魔剣である。
2回斬撃を繰り出そうとするなら、間に納刀を挟まなくてはならない。
神速の抜刀と神速の納刀をほぼ同時にやってのけるのはまさしく天才の所業。
奇跡を起こした人間というのもよくわかる。
「では、ここまで粘ったご褒美として……私も魔剣解放をいたしましょう。────我が魔剣の銘は『不可視の灰』。これよりこの場は"斬牢の砦"と相成ります。お覚悟を」
これまでとは違い、構えといえるようなものではない佇まい。
その状態から居合を放つとは思えなかった、────だが。
シィィィィイイイインンッ!!
突然セトの目の前に斬撃時に現れる閃光が襲い掛かってきた。
慌てて躱すも、今度は3方向から斬撃が現れる。
デアドラは魔剣を抜いていない。
むしろ攻撃の素振りすらないのだ。
デアドラの魔剣解放を初めて見るヒュドラやグラビスは戦々恐々となった。
なにが起こっているのか理解不能な領域だ。
「これが、副会長の魔剣の能力です」
「……『斬撃のリプレイ』。5分前までに放った斬撃ならそっくりそのまま、何度でも何発でも空間に再現できる」
ナーシアとオグマがふたりに説明するように呟いた。
舞台の上でセトは斬撃を必死に回避し、デアドラは銀色のような妖しい光を瞳から放っていた。
まさしく斬撃による牢獄。
彼女こそ、今この空間を統べる女看守。
(この空間を逃れられる者は誰ひとりとしていない。────勝った!!)
しかしセトも負けてはいなかった。
彼は『とある策』の実行のため、機会をうかがう。




