俺は生徒会の面々の体術の訓練のため、闘技場まで護衛することになったらあのふたりがいた。
セトは移動中相変わらず注目されていた。
というのも、生徒会役員だけでなくほかの生徒もちょろちょろと見かけるからだ。
始業式にはまだ期間はあるが、研究や鍛錬のため早々に訪れて互いに切磋琢磨しあうとのこと。
現に研究室や学園に設けられた闘技場はすでにオープンしている。
「……さて、時間通りだな。仕事も思ったより随分と進ませることができた。今日は予定通り鍛錬を行う。生徒会役員としてきっちりと気を引き締めていかなくちゃいけない」
生徒会長のオグマがイスから立ち上がり、面々を爽やかな笑みで見渡す。
役員の全員が彼に注目し、指示を聞いていた。
ナーシアも同様、キリッとした表情でオグマの話を聞く。
役員に選ばれる以上、彼女にも責任感と向上心は信頼されるくらいにはあるのだ。
体術を鍛えるとのことで、一同は闘技場へ向かう。
セトはほかの生徒が引き連れてきた護衛たちに混ざっての移動だ。
そんなときだった。
噴水近くで人だかりができている。
主に男子生徒の、黄色い声色が密集するという普段では見られない光景だ。
なにごとかとオグマが近付いてみると、ひとりの見知らぬ女性を囲むように男子生徒たちが鼻の下を伸ばしていた。
セトも目を細めながらその人物をよく見る。
「あれ、セトじゃん。おーい!」
グラビスだった。
早速男子生徒たちにちょっかいを出していたらしい。
もっとも彼女の場合は情報取集だったりコネクションの設立だったりとだが、セトでも感覚的に少し引く光景だった。
「セト、お前の知り合いか?」
「あぁ、アダムズ様の任務で来たはず……なんだけど……」
「仕事なら終えたわ。んで、シィフェイス先生に学園見て回ったらいいって言われたの。折角だから見学しないと」
そう言ってケラケラ笑うグラビスと、嬉しそうにする男子生徒たち。
それをジットリとした目で見る生徒会役員の女子生徒たち。
中でもデアドラの目は誰よりも血走り鋭かった。
それもそのはず。
グラビスは魔剣適正のある人間だ。
云わば自分にとって憎むべき相手に映っている。
そしてそれ以上に、性格が合わない。
オグマとは違う、人を明るくさせるなにかをグラビスは持っている。
最後に、グラビスの持つ自分にはけして持ちえない至宝とも言えるプロポーションであった。
平野と山脈、そんな表現が似合うふたり。
「副会長おさえておさえて!」
「殿中にございます副会長!」
「ギギギギギギギギギッ!」
今にも魔剣を取り出しそうなデアドラに、男子生徒たちはゾッとする。
「アナタたち……客人に鼻の下を伸ばすなど、それでも名門の出ですか! 紳士ですかッ!! そしてアナタぁ!」
「え、アタシ?」
「校内をそのようないかがわしい格好でうろつかれるのはどうかと思いますガガガガガッ」
「え~いいじゃん別に~。固いこと言いっこなしよ副会長さん。てか、アンタも魔剣使いなの? うっは~! 凄い! ねぇセトこの人も魔剣使いよ凄くない?」
「はしゃぎ過ぎだよグラビス」
「ヤバいヤバいわ。もう運命よねコレ。引力よねコレ。あ、アタシはグラビス・アミテージ。よろしくねぇん」
「信じられない行動ですわ……注意勧告を受けたばかりなのにケロッとした表情でなにごともなかったかのように挨拶だなんて……セトォォオオッ!!」
「え、俺ぇ!?」
「副会長どうしちゃったんですか!? セト君なにも悪くないですよね!?」
「いいえ、この子が悪いです。この子がこの女と知り合いなのが悪いのです。……というよりもなんですかアナタ? こんなだらしのない女が好みだとでもいうのですか? 子供のくせになんと醜い……」
「おいおいデアドラ。さすがに言いすぎだぞお前。……すみませんグラビスさん。シィフェイス先生から話は聞いています。どうぞゆっくり見ていってください」
「ありがとね。じゃあ、生徒の諸君~、お姉さんを案内してくれるかな~?」
最早取り巻きめいた男子生徒たち。
歓声を上げてグラビスを案内し始める。
「ハッハッハッハッ、あんなに元気になるとはなアイツら」
「えっと、なんか、ごめん」
「お前が謝らなくていいセト。……さて、さっさと闘技場へ行こう。実技訓練は大事だから!」
ごちゃごちゃとこの場でもめる雰囲気が続く前に、オグマが場を制して皆を引き連れる。
古代神殿にありそうな円形の闘技場の前に着くと、内部から歓声が上がった。
「うん? もう誰か使っているのか?」
オグマが首を傾げる。
一番乗りではないにしろ、ここまで賑わうのは珍しい。
(そういえばさっきヒュドラがいなかったな。先に帰ったかと思ったけど……やっぱり)
セトは闘技場を見上げながら一同についていく。
そして、内部の様子を見て完全に確信できた。
ヒュドラだ。
勇者一行のひとりであったヒュドラがいると聞きつけ、腕利きの生徒たちが手合わせを申し込んだらしい。
腕利きとあってかなりの高水準だ。
白い胴着を着た「押忍!」という掛け声が似合いそうな小柄な女子生徒。
蹴り技が得意な、黒く分厚いブーツを履いたサディスティックな雰囲気の強い女子生徒。
ヒュドラとは別流派の、動物のような動きを模した大陸武術を操る男子生徒。
ダンスのようなキレの良さと回転力で翻弄する男子生徒など。
全員クライファノ家の使用人たちと同等かそれ以上の実力の持ち主だった。
総勢13名という手合わせにおいて、一撃たりともくらわず、汗のひとつも流さずに倒したヒュドラに称賛の嵐が巻き起こる。
それらに抱拳礼という武術における礼のひとつで応えた。
「あれがヒュドラか。確か俺たちと同い歳くらいって聞いたが……凄いな。よしッ! 俺も手合わせ願おう!!」
「ちょ、会長!?」
「心配するな! 俺も負けてはいられん。とうッ!!」
オグマが観客席から飛び降りて舞台に着地。
ヒュドラは快く彼との手合わせを引き受けた。
「……フンッ」
その光景を一瞥しながらデアドラが腕を組みセトのほうに目を向けるや足早に彼のほうへと歩み寄る。
「お仲間さん、随分と強い方ですわね」
「あぁ、ヒュドラは凄いよ」
「アナタと彼女だったらどちらが強い?」
セトは今まさに戦っているふたりを見やる。
強烈な拳打に瞬速の蹴撃の応酬。
互いに密接し合う中で行われる、なぜか爆発的な勢いを孕んだ超高速の双推手めいた交わり。
押し合いのように見えて、互いに次の手を探り合っている。
かつて使用人たちと戦ったときよりもヒュドラは強くなっていた。
そしてそれについていけるオグマの実力もまた素晴らしいものだ。
「さぁ、戦ったことがないからわからない」
「……ふぅん、あら、そ。本当に気に入らない……仲間にも境遇にも恵まれて……」
「アンタはそうじゃないのか? 仲間がいるし、周りの環境だって……」
「黙りなさい。今はアナタの話をしているのです。勝手に話をすり替えないでくださらない?」
「……それで、なにか用なのか?」
「なんですって?」
「俺のほうに来てそういうこと言いに来るってことは、なにか目的があるんだろう?」
見透かされたような感じがしてデアドラは黙りこくる。
ひと呼吸おいたあと、デアドラはセトに宣告した。
「あのふたりの試合が終わったら、次……────私と戦いなさい。特別に、許可します」




