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シィフェイス、呪いへの知見

 学園前にシィフェイスがいた。


「必ず……必ずまた来ると信じていましたよセト君。運命はやはり我々を引き寄せ合っている」


「おう、そうだな」


「もう少し喜びを表に出してもよいのですよ?」


「いや、別に」


「なんといけずな……おや、見ない顔と見知った顔の方々がおられますね」


 セトのドライな態度にいじらしさを感じずにいられないシィフェイスの視線が、面々に向けられる。


 特に注目したのはサティスだ。

 フルフェイスの奥に潜む気配が変わった。


「シィフェイス先生、アンタに依頼があるんだ」


「ほう……私に?」


 セトが頷くとグラビスが呪いの残滓を採取したケースを取り出してシィフェイスに見せた。

 その所作でグラビスが呪術師であると見抜いたシィフェイスは彼女の近くに寄り、フルフェイスの顎部分を撫でるようにして観察する。


「シィフェイス殿、お名前はかねがね。私はヒュドラと申す者です」


「ヒュドラ? ……なるほど、そういうことですか」


「こちらがアダムズ・クライファノ様からの文書です。お目通しを」


「受けとりましょう。どうやらセト君とも関わりがあるようですしね。……校舎の客室でお待ちいただいていいですか? ナーシア、忙しいかもしれませんがご案内を。遅れても大丈夫なように、生徒会には私から話を通しておきます」


「は、はい!」


 ひと足先にシィフェイスは校内へと入り別の場所へと行ってしまった。


「あれが、最強の魔術師と名高いシィフェイス殿か……相当に頭のキレる人物らしい」


「つーかセト、運命ってめっちゃ注目されてるじゃん。なにやらかしたの?」


「なにもしてない。むしろあっちが勝手に手を握ってきたりしたんだ」


「ちょっと待ちなさいそれは聞き捨てなりませんよ?」


「シ、シィフェイス先生に手を……!? き、教師と女子生徒の護衛がお互いに手を握りあって……ぶつぶつ」


(早く入ればいいのに……)


 グラビスがいやらしく笑い、サティスはメガネの奥でシィフェイスへの怒りを募らせ、ナーシアはうずくまってなにかを呟いている。


 そんな様子を見て小首を傾げながらも、さっさと次に動きたいセトであった。

 落ち着くまでに数分、その後客室まで案内されたサティス、グラビス、ヒュドラは呼び出しがかかるまで待つことに。


「じ、じゃあ、行こっかセト君!」


「わかった」


 3人をシィフェイスに会わせることに成功した。

 あとはいつも通りの仕事だ。


 ナーシアを生徒会室まで護衛する。

 昨日と同じように、気を抜くことなくやればいい────と思っていたのだが。


「ねぇセト君」


「ん?」


「もしも、もしもだよ? もしも今私が手を繋ごうって言ったら、……イヤ?」


「え。なんだいきなり」


「あ、いや、別に大した意味はないんだよ! ただ……ちょっとした好奇心っていうか、アハハ」


「……手を繋いだ瞬間に敵襲があったらその分遅れるからなぁ。また今度にしてくれるとありがたい」


「手を繋ぐのはいいんだ……」


「なんで俺と手を繋ぎたがる? アダムズ様とかじゃダメなのか?」


 小首を傾げるセトにナーシアは一瞬黙り、溜め息混じりに「変なこと言ってごめんね」と笑った。

 それがなにを意味していたのかセトにはわからなかったが、シィフェイスのように握りたかったのかもしれないと、セトは思うことにする。


 こうして二手に別れた一行。

 ナーシアとセトが生徒会室に向かっている最中に、シィフェイスからの呼び出しを受けたサティスたち。


 案内されたのはシィフェイスの研究室。

 いくつものろうそくの火で灯された巨大な一室。

 

 その奥の続きの部屋から彼がやってくると、3人の視線が注がれる。


「改めまして皆さん。私はシィフェイス。以後お見知りおきを」


 挨拶は手短に、まだしていなかったグラビスも同じく。

 サティスはセトのことで不満げにシィフェイスを見ていたが、なに食わぬ顔で。


「おやおや、ひとり不満そうな方がいますね」


「そのことに関してはまた後でキッチリとお話ししましょう。昔話も交えて、ね。────まずは仕事です。えぇ仕事です! さぁ早く始めましょうか!」


「フフフ、相変わらず妙なところで感情的なのは変わりませんね」


(知り合いって言うのは本当なんだな)


(なんだろ、元カレって感じでもなさそうね。……ライバル、でもなさそうな、う~ん)


 サティスと漫才のようなやり取りを続けながら、シィフェイスは呪いの残滓が入ったケースとそのデータが書かれたレポートを机の上に置いた。


「え、もう解析とかできたの!?」


「……相変わらず、仕事は早いこと」


「恐縮です。それだけが取り柄なものでして。さて、仕事の話をしましょうか」


 3人をソファーに、自分はそれに向かい合うようにして移動し、まるで講義を行うかのような雰囲気で話を切り出す。


「さて皆さん、"呪い"についてはどれくらいの知識がおありですかな?」


「え? 確か大呪術と小呪術のふたつが……」


「それは呪術の種類ですね。試験では不正解の解答ですねヒュドラさん。……おっと失礼。この場における呪いは端的に呪術によってもたらされる効果と考えてください。そして、呪術に種類があるように呪いにも種類があるのです」


「それは知ってるわ。『ア・プリオリ』と『ア・ポス・テリオリ』よね。一般的に知られてるのは後者のほうで、主に人間の負の感情が使われているケースが多いってね」


「正解ですグラビスさん。さすがは呪術師。アナタのその魔道ボウガン……なるほど、呪弓術の複合技術ですね。呪弓術は小呪術に属するものです。小呪術は基本ア・ポス・テリオリを専門とします。『相手を殺す』という明確な意志を針に乗せ、撃ち放つ。うぅん実に理にかなっている」


 曰く、呪いとは基本付与効果(エンチャント)なものが多い。

 矢尻や人形などに、呪術によるエネルギーを付与させ、それを"呪いのアイテム"とする。


 人間に付与させることもできるが、対象の生まれついての耐性やそのときの心理状態など多岐にわたる状況や条件によって効きにくいこともあるのだ。


「ア・ポス・テリオリは人間の意志や感情が大きく関わります。『相手を殺したい』という意志を呪術によるエネルギーで包み込み、武器などに付与すれば呪いの武器の完成です。……ざっと大まかに説明しましたが、大丈夫ですか?」


「う、うぅむ、奥が深いのですね。異能の才のない私には超次元の話でなかなか……」


「まぁ理解できないのも無理はありません。呪術は魔術と違ってより特異な部類に入りますから。かなり継承の難しいものとも噂されています。よほど才能あるものでしか使えないのでしょう」


 唸るヒュドラにフルフェイス越しに微笑みかけると、本題へと移る。

 ヒュドラとグラビスが採取してきた呪いの残滓についてだ。


「あの呪いの残滓を調べました。勇者レイドの足跡をたどる中で発見したとありましたが、恐らく彼自身から発したものではないかと思われます」


 この言葉を聞いてヒュドラとグラビスの表情が険しくなる。

 ヒュドラに至っては悲痛な声を上げかけ、思わず口元を覆ったくらいだ。


「なぜ、どうして……? ありえない。あのレイドが呪われているなんて」


「……呪術が使われた痕跡は?」


「彼の場合は感情そのものが呪いの段階まできてしまったのでしょう。そうなるほどの出来事が起こったのか、はたまた積み重ねによりそうなってしまったのか。理由は不明ですが、彼自身が呪いを巻き起こす『呪具』そのものになってしまった」


 まるで実験結果を報告する研究者のように冷淡に発するシィフェイスに、誰もが閉口した。


 幼馴染であるグラビスは表情は変えなかったが、目を伏せながらのひと呼吸。

 同じ仲間であったヒュドラは現実を中々咀嚼そしゃくできないでいた。


「もっと詳しくお話したいところですが、これ以上はただの講義になってしまいますので……。本当はア・プリオリのほうもご説明させていただきたかったのですがね。私にとってこれが一番興味深いものなのですよ。では報告は以上────」


 そう言って話を切ろうとしたときだった。

 さえぎるようにしてヒュドラが口を開く。


「シィフェイス殿。アナタの誉れある叡智えいちに対し、疑いを持つつもりは毛頭ありません。ですが……その……」


「なんです? 質問や意見があるのならどうぞおっしゃってください。私の身分を気にする必要はありません。本来学問とはそういうものです」


 生徒に優しくさとす教師のように右手を開いて、ヒュドラの足踏みしている意識をうながす。


「レイドは……レイドは確かに、その……頑固というか融通が利かないというか……でも、けして悪人ではないのです。身勝手な理由で人を殺めたり、村や町を破壊したりなんてするはずがない。確かに私はパーティーを追い出されました。ですが、あれは極限まで追い詰められていたからであって……もしかしたら、なにか罪悪感を抱えるようなことがあって、それで苦しんでいて、そのせいで呪いになったという、ことは……」


 どんどん声が小さくなっていくヒュドラの話をさえぎることなく傾聴するシィフェイス。

 話が終わってから彼は口を開き、自身の見解を発した。


「私は、彼をよく知りません。会ったこともありません。ですから彼の人格がいかなるものかもアナタの話ではぼんやりとしたイメージだけで終わってしまいます。それだけで彼はこういう性格だと決めつけるのは無礼にあたりますので、残念ですがご期待には答えることはできません」


「そう、ですよね。もっともなことです」


「ですが、呪いに関していうのなら……ひとつだけ」




 ────善悪であれ賢愚であれ、かたくな過ぎたそれは"呪い"となにが違うのでしょう?



 この言葉に、ヒュドラはなにも言えなくなった。


「しかし罪悪感という着眼点は面白いですね。ただ、呪いの残滓を見る限り、明確な憎悪の意志を感じます。残念ですが……」


「シィフェイス、そういう言い方は……」


「いいんだサティス。私は大丈夫だよ。……薄々、わかってはいた。認めたくなかっただけだったんだ」


「……あンの馬鹿」


 呪いの残滓に関しての調査結果はわかった。

 その正体は、レイドから振りまかれたものだったということ。


「さて、用事は以上でしょうか?」


「いえ、私が残っています。アナタと話したいことがあるんです」


「……重要な話のようですね。いいでしょう。……おふたりはどうします?」


「私たちはすぐに帰って報告を……」


「おやおや、仕事熱心ですね。折角この最高峰ともいえる学園に来られたのですから、少し見てまわっては? 訪れたところで学びを得ることは至宝ともいえる経験ですよ。是非」


 ヒュドラとグラビスは顔を見合わせる。

 サティスも彼女たちの背中を押した。


 ふたりは快く承諾し、研究室をあとにする。

 それを見届けたのち、サティスはシィフェイスのほうに顔を向けた。


「さぁなにから話しましょうか」


「焦らずとも結構ですよ。時間はあります。楽しみですね。アナタからどんな話が聞けるのか」


 一瞬ろうそくの火が揺らめいて、ふたりの影をぐにゃりと歪ませた。

 交わったかに思えた影はすぐに離れ、本体同様向き合うようなシルエットを壁に写し出す。


  

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