セト君ってモテるの? それとも……。
次の日。
「さぁ、準備ができました。ナーシア様が来る前に玄関へ行きましょう」
「お、おう」
「どうかしました?」
「いや、サティス……そういう衣装も持ってたのかって思ってさ」
紫色を主とした魔術師の礼装。
髪型も変えて佇む様は学園の女教師にも見えなくもない。
これから学園へ赴くということあって、セトにとっては中々に新鮮な感覚を抱かせるものだった。
無論サティスはそのつもりではなかっただろうが、セトが見惚れているのを察すると内心喜んだ。
「今朝アダムズ様に頼んで同行を許可してもらったときにちょっと思い出したんです。こういう服も悪くないかなって。それに、場所が場所だし、相手が相手ですからね」
「……?」
前日の夜にセトから話を聞いたサティスは、早朝に起きて日課の修練をしていたアダムズに謁見し、早々に許可を貰った。
最初はかなり渋っていたがサティスの熱意とこれまでの働きから学園へ行くことを認めたのだ。
そして現在に至るというわけなのだが、サティスはホピ・メサのこともあり、いつもの服だと年頃の学生たちにはあまりにも刺激的過ぎるとのことで、衣装を変えることにしたらしい。
ふたりは部屋を出て玄関まで歩いていく。
扉の前にふたりの人影が見えた。
ヒュドラとグラビスだ。
「おぉふたりとも、おはよう。あれ、サティスその格好は」
「ヒュドラ、グラビス、おはようございます。ふふふ、どうですこの衣装?」
「おはようさん。へぇ~、やっぱりアンタってなんでも似合うのね」
品定めするようにまじまじと見つめるグラビス。
ふたりは特に衣装を変えるといったことはしていないようだった。
それを言ってしまえばセトも同じなのだが。
「ハァ~。皆してオシャレとか気をつかわないんですか? これから最高峰の魔術学園へ行くっていうのに」
「いや、まぁ、仕事だから。それに有事の際はこの服のほうが動きやすいしな」
「アタシはこれでオッケー」
「アナタはもうちょっと着込むなりなんなりなさいよ。学生さんたちビックリしますよその格好」
「え~いいじゃん別に。結構いいとこの家のガキが集まる場所なんでしょ? だったらアタシの魅力でメロメロにしておいて色々貢がせればウへへ」
「そうはさせないからな。そんな義に反することをするなら連れて行かないぞ」
「あらあらあら? 呪いの残滓のことをシィフェイス氏にどうご説明なさるおつもりなのかしらヒュドラさん? ヒヒヒ」
「この……」
呪術師としての知識があるグラビスを置いていくわけにもいかず、ヒュドラはぐぬぬと苦い顔をする。
そんな大人たちの会話を聞き流しながらセトがふと階段のほうに目を向けると、丁度ナーシアがこちらに向かってきた。
そして女性陣の姿を見て大層驚いている様子だ。
皆セトの仲間であるとは祖父から聞いていたものの。
(すっごい……美人)
ナーシアは3人に呆然。
同時にセトとの関係が気になり始める。
「あぁ、ナーシア様。初めまして。私はサティスといいます。昨日はこの子が護衛を勤めることをお許ししてくれたこと、心から感謝申し上げます」
「は、はいッ! こちらこそ!」
「失礼。私はヒュドラ。アダムズ様からもうお聞きにはなられているとは思いますが、私は勇者レイド率いる魔王討伐の一行でもありました。わけあって今はクライファノ家の皆様方にお世話になっております。以後お見知りおきを」
「え、あ、はい! 私のほうこそ今日はよろしくお願いします!」
「え~っとナーシア様。アタシはグラビス・アミテージ。いずれ英雄になる女よ。よろしく!」
ウインクしながら挨拶をするグラビスの身体つきや格好に呆然としながらも、ナーシアは彼女にも挨拶を済ませた。
そして3人に少し待ってもらうようにして、セトの手を引っ張ってふたりだけで話す。
「せ、せ、せ、せ、セト君ッ」
「な、なに?」
「あの女の人たちって、セト君のお仲間さん、だよね?」
「あぁそうだ。俺の大事な人たちだ」
「へ、へぇ~……」
「どうした?」
「い、いやだって……その……」
自分より歳下のはずの男の子の周りに美人がいる。
ハーレムの概念を知らないわけではないが、彼女も年頃ゆえにあのメンツを見ては色々と、それも悶々と考えてしまうのだ。
────セト君って歳上のお姉さんがタイプなのかな。
そんなことを考えてしまうと、顔が紅潮してしまった。
昨日出会ったばかりの少年にもかかわらず、ナーシアはすでにセトに興味があったのだが、いきなり女性絡みを見せられるとは思わなかったと一種の混乱をしている。
無論セトに自覚などないし、なにより学園にはそれぞれ目的があって動くのだ。
やましいことは仕事には持ち込まない。
「……どうした?」
「ど、どうもしてないよ。どうもしてないけど……その……」
「ん?」
「あの、グラビスって人の格好……、もしかしてセト君が着せてるの?」
「んなワケないだろ。出会ったときからだ」
セトも頬を赤らめながら咳払いをして、落ち着くよう促す。
なぜ彼女がこんな話をするのか理解ができなかった。
それを掘り下げてみようとも思わない。
(いきなり変なこと聞くんだなぁナーシアは。俺なにかしたか?)
(そ、そうだよね! セト君がそんな……そんな女の人を侍らせたいだなんて……あ~でもまだセト君のことよくわからないし……意外にそういうのも考えてる、かも。いや、案外本命がいたりして……。いや、なにを考えてるんだろう私は。そんなセト君を探るようなことをして……)
そんなふたりを遠目に見ながらサティスとグラビスはなにか納得したように軽く頷いた。
「あ~、なるほど。お嬢様も初心ってことかしらね」
「まぁ、お年頃ですから。そういう路線に考えちゃうかもしれませんね。セトもわかっていなさそうですけど」
「アハハ、マジそれ!」
「おい、私を置いてけぼりにするな。一体なんなんだ? あのふたりはなにを話しているんだ?」
腕を組ながら小首を傾げるヒュドラ。
冗談ではなく本当にクエスチョンマークを飛ばしていた。
「ヒュドラ、アナタもいずれわかりますよ」
「そうそう、純情な武術娘にゃまだまだわからない世界の話よ」
「……?」
納得しきれてないようだが、とりあえず頷いておいたヒュドラ。
そんな中、ナーシアは思いきってあることを聞いてみることに。
「最後にひとつだけ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「その、ちょっとした好奇心なんだけど、あの中で一番好きな人はいるの? この人だけ特別って感じの」
────なにを聞いているんだろう私。
無意識な期待が、裏返しの言葉としてセトに。
「あぁ、まぁ、いる」
「え?」
「ここまでずっと一緒にいてくれた人で、ずっとその人と旅をしてきたんだ。俺のこと大事だって言ってくれた。紹介されたろ? サティスさ」
「……へぇ、そうなんだ。お互いが、好き同士ってことだよね?」
「お、おう」
「そっか、ありがとう答えてくれて」
「ん? うん」
ナーシアの表情に違和感を覚えながらも頷いたそのとき「そろそろ学園に向かわなければ遅刻する」という旨を使用人のひとりがそそと近寄り進言した。
「あ~長話しちゃったね。ごめんごめん。さ、行こっかセト君!」
「あぁ。わかった。護衛は任せてくれ」
こうして5人は学園へと向かう。
それぞれの目的が交わり、シィフェイスという一点へと集中しているのをセトは感じた。
これを機に大きくなにかが動き出しそうで────。