デアドラの記憶と執着
「さて、なにから話しましょうかねぇ」
「……話してくれるのはいいが、なんで俺の手をずっと触ってる?」
「……特別、だからです」
「そうか、離してくれ」
「なんといけずな……」
シィフェイスの研究室。
特別に作られた彼専用の部屋で、その隣には秘蔵の大書庫がある。
古臭い紙質の空気と、昼間でありながら蝋燭の灯る仄暗い空間にセトはイスに腰掛け、その隣に彼がいた。
シィフェイスは残念そうに手を離すと、ようやくデアドラのことを話してくれる。
「では彼女のことをお話ししましょう。……彼女は幼いころ、お父上を戦場で喪っているそうなのです」
「父親を……」
「それも────魔剣使いに」
セトの瞳が一瞬大きく開く。
風のないはずの部屋で、蝋燭の火が揺れて不気味に影が踊った。
────父親の戦死とデアドラのセトに対する態度、このふたつはどう関係するのか。
セトは前屈姿勢で彼の顔を覗き込むように聞き入る。
「彼女は愛する父親を殺した魔剣使いに深い憎悪を抱きました。いつかその魔剣使いをを殺すための努力は壮絶なものだったでしょう。ですが、研磨を重ねていくうちに、魔剣使いそのものを憎むようになってしまったようです」
(そうだったのか……じゃあ、俺のことも……)
「しかし、運命は彼女をさらに苦しめることになる。この学園に入って数日経ったある日のこと……もうおわかりですね?」
「魔剣適正が確認されたってことか」
「そのとおり。ふふふ、皮肉ですねぇ。あれだけ憎んでいた魔剣使いに、自分がなってしまうのですから。その後、どのようにして魔剣を入手したかは知りませんが、彼女はその日から3日後に"奇跡"を起こしたのですよ」
「奇跡だって? 魔剣解放かなにかでか?」
「ある意味では。その魔剣は扱いが非常に厄介なのです。ですが彼女はたった1日でそれを使いこなし、もう1日で仇を捜しだし、そして3日目にして、なんと無傷で首を跳ねることに成功したそうです」
「なんだって?」
セトは思わず立ち上がる。
数々の戦場で武功を上げてきたセトでさえも、デアドラの所業には驚きを隠せなかった。
セト自身、魔剣を使いこなせるようになるには相応に時間が掛かったものだ。
少なくとも1日2日でできるものではない。
ましてや扱いにくいとされている魔剣をすぐに使いこなし、初陣たる復讐でいきなり成功を収める。
まさに、奇跡だ。
「ふふふ、驚いておられる。やはりアナタもまた魔剣使いであったようだ」
「知ってたのか」
「えぇ、初めて見たときに。……あぁ、ご安心を。私は魔剣使いではありませんし、アナタのことを他言する気はありません。私は適性がなくとも相手が魔剣使いかどうかを見抜く術を持っているのですよ。……失礼、話が逸れてしまいましたね。じゃあ、お詫びとしてほんの少しばかり種明かしを」
「え?」
「……捨天背刀流、遥か極東の島国より伝わった武術だそうなのですが、この名に覚えは?」
「ない。悪いけど俺は別に武術には詳しくないんだ」
「なるほど、失礼。彼女は幼いころからそのかなり特殊な武術を習得していたようです。確証はありませんがそれの影響なのかもしれません。……ただひとつの事実として、彼女は魔剣使いとして高い水準にいることは間違いないでしょう」
「なるほどな。でも恨んでるにしてはまだ穏便だったぞ。それだけ恨まれてるんなら目と目があった瞬間にでも舌を引っこ抜かれそうなもんだが」
「……そのとおりかもしれませんね。だからこそ、彼女の反応は実に興味深いものなのですよ」
シィフェイスもデアドラの反応には興味深々だった。
同時にセトも彼女の心理が気になる。
だが、あそこまでキツく接してくる人間に対して、そこまで踏み入っていいものかと思案していると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
シィフェイスが短く答えると、「失礼します」と女性の声とともに見知った人物が入ってくる。
(あの人は……)
「……」
デアドラ・フラーテルだった。
セトをジッと見据えたのち、シィフェイスに歩み寄り書類を手渡した。
「ご苦労様です。時間に余裕を持った早めの提出に感謝します」
「生徒として当然のことをしたまでです」
「その当然のことを中々してくれない子も中にはいますからね。どうです? お茶など一杯」
「いえ、すぐに生徒会室へ戻りますので」
デアドラはチラリとセトを見る。
睨んでいるように見えるが、その奥で考えていることは計り知れない。
「ところで先生、なぜここにナーシア・クライファノの護衛である彼が? 彼になにかご用ですか?」
「えぇ、とても興味深い話をしておりました」
「なんのお話でしょう? 彼は魔術師ではありませんが」
「おやおや、世間話がそれほど不思議ですか? 大した話ではありません。ほんの暇潰し程度のものです。……セト君を連れ戻しますか?」
「……そうさせていただきます。来なさい」
デアドラは一礼し、セトを引き連れてシィフェイスの研究室を出た。
部屋にひとり、異質なオーラを出しながら歓喜を抑えるシィフェイスは一瞬大きく身動ぎをする。
「初めて見たときから気になって調べてみましたが……そうか、彼が伝説の少年兵、……『破壊と嵐』の魔剣使い。────美しい。……ん゛ン゛ッ!」
そんな異端染みた興奮をよそに、セトはデアドラの後ろを歩く。
お互い無言を貫く中、廊下に静かな陽の光だけが足元を照らした。
シィフェイスの部屋で少し話しただけと思ったが、ある程度時間は経っていたらしい。
彼女がこうして生徒会室を離れていたということは、大方仕事は片付いたということなのだろうか。
そう考えていたとき、デアドラが立ち止まってセトのほうを向いた。
セトは兵士のようにピシッと制止する。
「セトと言いましたわね。正直におっしゃい、先生となにを話していたのかしら?」
「ただの世間話を……」
「世間話? 今日来たばかりのアナタと? ……魔剣のことではなくて? あのお方は魔剣使いのことになると目の色を変えますので」
デアドラはイライラしたように視線を窓の外に向けたり、貧乏ゆすりをしたりと落ち着きがない。
自分で勝手にイライラしている相手には、余計なリアクションは禁物だ。
少年兵時代の経験が、こんなところで活きるとはと半ば複雑だったが今は仕方ない。
セトはデアドラの話に合わせるようにした。
「魔剣使いのことを聞いたということは、必然的に私のことも聞いたのでしょう? ならばわかるはず。私は魔剣使いが憎い……そして、自らも魔剣使いになってしまったこの呪われた運命がもっと憎い」
「だから俺に対してずっとイライラしてたわけか」
「それもありますがまずアナタは目上の人間に対する態度がなっていません。……が、もうそれはいいでしょう。それ以上に……」
次の瞬間────。
「私はアナタが気に入らない。私にはわかる……私よりもずっと、ずっと不幸な境遇で生きてきたにも関わらず、幸せそうなアナタが……」
電光石火の早業でセトを壁にぶつけ、彼の顔の横スレスレに右手を突き出すように壁に。
セト、人生二度目の壁ドンである。
しかもデアドラはこれまでの女性の中でかなりの長身であるため、真上から見下ろされているようであり、これにはさすがのセトも動けなかった。
ふんわりとした長い髪が包み込むように舞い、ほのかに良い薫りをセトの鼻腔に行き渡らせる。
だが、その暗黒とも形容できるほどに色彩を濁らせた双眸からの視線は、まさしく目の形をした殺意だ。
「────自分は不幸だと言いなさい」
「え?」
「自分は不幸で、今もなおこの運命が呪わしいと。私の前でそう宣言するのです。そうすればこれまでの無礼を許して差し上げますわ。……アナタは私と同じ種族なのです。若くして魔剣使いという呪われた運命に縛られた哀れな仔羊なのです。さぁ言いなさい。私と同じで、苦しく辛いと……そう言いなさい。さぁ!」
言わねば殺す、暗黒の視線と能面のような表情がそう物語っていた。
彼女に今あるのはドス黒いまでの支配欲だ。
セトになにかしろのシンパシーを感じたのか、お互いが魔剣使いであるということを不器用な形で繋ぎとめようとしている。
デアドラ自身セトがどれだけ類稀な魔剣使いかは理解できていた。
自分よりも年下であるのに、すでに魔剣適正を持っているなど、彼女からしたら地獄以外のなにものでもない。
憎さもあったが、同時に同情にも似た感情が湧いていたのだ。
複雑に入り混じった感情が、デアドラを暴走させている。
────この子もまた自分と同じような思いを抱いているはずだ、と。
シィフェイスとの話や、デアドラの反応を見て、なんとなくだがそういう意図を、セトは大まかに察した
だが、彼はきっぱりと彼女を拒絶した。
「俺は別に自分の人生を呪いたいとは思わない。俺が魔剣使いであれ、ずっと小さいころから兵士だったことであれ、全部含めて俺の人生だ。なにも否定する要素はないよ」
「なんですって?」
「仮にアンタの言うとおり、俺は呪われている存在なのかもしれないとしてもだ。俺のやるべきことは変わらない。悪いが、そういう友達が欲しいのなら、ほかをあたって欲しい。俺じゃアンタにとっての良い友達にはなれないよ」
セトは曇りなき瞳で真っ直ぐデアドラを見つめ返した。
デアドラは怒りと驚愕でワナワナと収縮させた瞳を震わせている。
まさに刃を交えぬ戦いだった。
ここでデアドラが手を離す。
「……私としたことが少し熱くなり過ぎたようですわね。ですが、やっぱり生意気……」
「見てのとおりの礼儀知らずだ。俺、頭悪いから」
まだ神経に余熱を残しながらも、デアドラは髪を整えるような所作で後ろに振り向いた。
なんとか抑え込んだというような感じにもとれるが、セトはようやくひと息入れられる。
腰に手を当てて、下を向いて溜め息をついた。
実際あの怖さは、ベンジャミン村のときのヒュドラ以上だ。
「戻りますわよ」
「はい」
またついていくことになるがすぐに彼女がなにか呟きだした。
「まだ、諦めていませんから……」
ようやく目の前に現れた自身と似た存在。
その執着はかなりのものだと、セトは沈黙の中で受け止める。
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