生徒会の太陽
「凄いねセト君!」
「え、いや、なにが?」
「なにって……わからない? あのシィフェイス先生にあそこまで言われるなんて……君って何者なの?」
「……俺は別に」
「別にってことはないでしょ? だって先生、人の才能を抜くのすっごく上手なんだよ? あの人をあそこまで唸らせるなんて……それこそよっぽどだよ!?」
「そうなのか?」
ナーシアは終始興奮気味だったが、その後ろでセトはシィフェイスのことを考えていた。
(もしかして、俺が魔剣使いであることを見抜いたのか? いや、それはない。あの人から魔剣適正は感じなかった。じゃあどうして? 伝説の少年兵っていう噂を聞いたからか? ……でもその話題すらなかった。あのアーマーがすっごく怪しいな。凄い機能を搭載してそうだけど……何者なんだろう)
「もうセト君聞いてるの!?」
「え、あぁごめん。なんだっけ」
「なんだっけじゃないよ。折角君のこと褒めてるのに~」
「あ、ごめん。でも俺は本当になんでもないんだ。ただ戦争の経験はあるってだけ言っとくよ」
「え、戦争?」
「あぁ、俺はずっと戦ってきたんだ。もっと小さいときからな」
「あの……ごめん。色々詮索しちゃって」
「いや、いい」
セトは自分が魔剣使いであることは伏せておいた。
魔剣使いは魔術師のようにいくらでもいるというわけでもない。
その存在がいるとなれば、変な方向に目立つことになる。
極力はそういうのは避けておきたい、が────。
「ところでさ。さっきその、シィフェイスって人が言ってた"彼女"っていうのは? 俺のほかにもまだそういう特別枠がいるようなことを言っていたけど」
「あぁ、いるよ。生徒会の副会長。……かなり怖いけどね」
「怖いって……なんだ厳しいのか?」
「う~ん、厳しいのもあるけど……なんだか、ずっと怒ってるような人だね。でも悪い人じゃない、かな? アハハ」
「ふ~ん」
こうして会話を挟みつつ進んでいくと、大きめのドアが見えてくる。
プレートが取り付けられており、『生徒会室』と書かれていたので、どうやらここが目的地のようだ。
さて、護衛という名目でここまで来たわけだが、さすがに中に入るわけにはいかないだろうと思い、外で待機しようかと思ったが、ナーシアは入るよう勧めてくる。
(で、結局中に入ることになったわけだけど……)
内装はまるで屋敷の一室のように、綺麗で整った清潔感のある部屋だった。
軍人の執務室と言っても差し支えがないほどに、書類や物品がきっちりと置かれている。
そんな空間を来客用のソファーとテーブルが、より優雅な雰囲気を醸し出していた。
「ここが生徒会室だよ! どう?」
「お屋敷みたいにすっごい豪華だな。ところで、生徒会って一体なんなんだ?」
「わかりやすく言うと、一定の権限が与えられた生徒集団、かな。生徒会長はその責任者。つまり、全校生徒の中でも一番偉いの!」
「へぇ。……今はいないみたいだけど」
「そうだね。おかしいなぁ。あの人だったらもう来ててもおかしくないのに……あ、もしかしてまた」
そう言いかけたとき、入り口のドアが開いた。
セトが振り向くと、そこにはひとりの男子生徒がいた。
茶色の短い髪に、上は学生服を脱ぎ脇に挟んだタンクトップ姿。
浮き彫りになる腹筋とはち切れんばかりの大胸筋、盛り上がった肩の三角筋と上腕筋はまさに健全なるも凶悪なボリューム。
魔術師というイメージを破壊するが如く鍛え上げられた肉体。
その正反対ともいうように、爽やかな顔と優し気な眼差し。
この人物こそ、生徒会長『オグマ・アッセンブル』である。
「生徒会長、またトレーニングルームですか」
「あぁそうだ。いやぁ~、皆揃うまでまだ時間あったから、ついな」
彼が話し笑顔を向けるだけで、静かだった生徒会室の雰囲気がパッと明るくなった。
静謐さを保っていた一室が、一気に活動の場へと変わるのが感じ取れる。
こういった現象は、自国で戦争に参加していたときに似たようなケースはあった。
指揮官が一言発するだけで、部隊の空気が一気に引き締まったり、ほどよく緩んだりというような。
セトの経験上、血生臭い中でのことなので、オグマの件とは異なるかもしれない。
だが、たったこれだけでセトはこの生徒会長は優秀な魔術師なのだということがわかった。
(これがカリスマとかいうやつなのか? ……それにしても凄い筋肉だ。俺もあれぐらい欲しいな)
「相変わらずですね生徒会長は。合宿のときもダンベルとかサンドバッグとか色々持って来るんですもの。それを見たときの副会長の怒りとドン引きが合わさったような表情はもう……」
「おいおい、魔術師と言えど身体能力向上を怠るようじゃいけないんだぞ? ……ところでナーシア、そこの子は? 迷子のようには見えないが」
オグマが視線を向ける。
セトを見る目に侮蔑も偏見もない。
真っ直ぐで曇りのない、太陽のような温かさを秘めた瞳だ。
オグマの醸し出す精神的抱擁感に、セトは妙な安心感を抱いた。
「えっと、俺はセト。ナーシアの護衛だ……じゃない、護衛、です」
貴族相手に不器用な敬語を話すセトに、オグマはなにか察したのか「大丈夫だ」と言って、彼の緊張を和らげた。
「なるほど、ナーシアの護衛か。珍しいな、君が護衛を生徒会室に入れるなんて」
「えへへ、お爺様からの紹介なんです。私と歳も近いんですよ」
「ほー、ナーシアのときもビックリしたけど……お前も凄いんだな」
オグマは感心したように微笑みかけ、生徒会長の執務机へと向かう。
これから書類の決算や整理で忙しくなるそうだ。
まだ集合の時間までかなり余裕があるようだが、生徒会長であるオグマと、誰よりも役員としての誇りを持つナーシアは早速作業を始めるらしい。
「なら俺はどうする? いてもなにもできないから邪魔だと思うけど」
「うん? あぁ、そうだなぁ。手伝ってもらうわけにもいかないし。別にそこのソファーでくつろいでもらっても構わないぞ」
「生徒会長、それだと後々セト君が気まずくなっちゃいますよ。ごめんねセト君、じゃあ外で待機してもらっていい?」
「わかった、それでいいのなら」
セトがそう言いかけたとき、オグマはあることに気付いた。
「なぁナーシア。お前、『デアドラ』は見なかったか?」
「副会長ですか? ……そう言えば見てませんね。いつもならもう生徒会室にいてもおかしくないのに」
「うぅん、そこまで時間が押してるってわけでもないが……ちょっと探してきてくれないか? 書類の中にはアイツが担当していたのもあったし」
「わかりました。じゃあセト君、一緒に行こっか」
セトは黙って頷き、後ろを歩く。
セトとしても純粋にデアドラと言われる人物に興味があった。
シィフェイスをあそこまで唸らせる人物とは?
(その人は一体どこにいるんだろう?)
しばらく歩いた先にあったのは広々とした校庭だった。




