アダムズの孫娘が帰ってきた
最近お互い仕事が忙しかったりして、一緒になれる時間が少なくなってきた。
白銀都市の調査から戻ると、サティスは報告書作成や魔術における研究などで駆り出され、ときには一晩中籠ることもある。
それでもなるべく部屋へと戻ってセトとのふれあいの時間を設けたかったが、大抵寝静まったときで、彼の寝顔を拝むくらいしかやることはなかった。
セトもアダムズ一行と屋敷の外へ出て数日戻らなかったりと、仕事とはいえサティスと中々ふれあえないことに内心寂しさを募らせていた。
たまに被る非番の日が、ふたりにとって天国のような時間だ。
(まぁ、お互い仕事だし仕方ないのか……)
遠方から戻ってきたある日の昼過ぎ。
アダムズの着替えを待つセトは、人知れずため息を漏らす。
仕事である以上セトはそれを途中で投げ出すのは主義ではない。
それにこれがずっと続くとも思えない。
────今の仕事が落ち着いた暁には、村のときのようにピクニックへ行けるよう手配するのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると衣装室のドアの向こう側からアダムズのかすかな足音を聞く。
スッと姿勢を正し、アダムズが入ってくると一定の距離の場所で有事に備え待機。
このままジッとしている、というわけではなく、時折アダムズと他愛ない会話をしたりするのだが、今日はまた様子が違っていた。
イスに座った彼は、どこかソワソワとしていて、いつもの豪快な武人然とした態度とはまた違う。
「あの、アダムズ様」
「おう、なんじゃい」
「えっと……なにか落ち着かない様子だけど、なにかあったのか?」
「……いや、うむ。実はな」
アダムズがそう言いかけたとき、ドアをノックする音が響く。
許可のもと静かにドアが開くと老執事が厳かながらも、微笑みを絶やさずにアダムズに朗報を持ってきた。
「申し上げますアダムズ様、『ナーシア』様が学園の強化合宿より戻られましたぞ」
「おぉ!! そうか!!」
勢いよく立ち上がるアダムズにセトは内心驚く。
ここまで歓喜に満ちた表情は、ラネスと再開したとき以来だ。
彼にそこまでの表情をさせる人物のことが少し気になった。
(ガクエンって、確か以前サティスに教えて貰ったな。魔術を教える場所……だったか。ナーシアってどんな人だろう?)
そうして待っていると、メイド数人とともにひとりの少女が入ってくる。
歳はセトと同じか少し上かといったところで、セミショートの黒曜の髪を綺麗にまとめていた。
魔術学園特有の制服は明るい色合いながらもそのデザインは軍服のようにどこか荘厳さを秘めている。
「ただいま戻りましたお爺様!」
「おぉナーシア、魔術学園の強化合宿、ご苦労であったな。どうだった合宿は?」
「はい、今回の合宿は魔術の精度と身体能力の向上を意識したものでしたが……」
「違う違う。楽しかったかどうかと聞いておるのじゃ」
「え? ────ふふ、はい! 厳しい内容ばかりでしたが、いい思い出もいっぱい作れました!」
「ガッハッハッハッハッ! ならば良し!」
笑い合う祖父と孫という、セトからしてみれば初めて見る家族の光景だった。
歳も世代も遥かに離れてなお繋がっている家族という絆。
傍から見ていてセトは不思議な気分になった。
歳の離れた人間関係ならとっくに味わっていると思ったが、アダムズとナーシアの表情を見て、どこか新鮮な感覚を抱く。
「……あれ、その子は?」
ふとナーシアがセトの存在に気付いて、視線を向ける。
年頃の女の子ということで、まだあどけなさが残る顔でセトに近付き、顔を覗き込んできた。
「えっと……」
「そやつは儂の新しい護衛じゃ。といっても家来になったというわけではない。色々な縁があって巡り合い、滞在しておる間は遠慮なくこうしてコキ使っておるのよ。セト、いつも通りでよい。儂と話すようにナーシアとも気兼ねなく話せ」
セトがアダムズに目配せすると、軽く紹介した上でいつも通りで話すことを許可した。
「えっと、俺はセト。アダムズ様に世話になってる」
「うん、セト君だね。私はナーシア。……ふ~ん、セト君ってもしかして私と同じくらい?」
「確か12歳だったはずだけど……」
「アハハ、じゃあ私のほうがちょっとだけお姉さんだね!」
ナーシアは屈託のない笑顔をセトに向ける。
相手が誰であろうと分け隔てなく接するのは彼女の性格ゆえだろうか、その雰囲気に一種の落ち着きを感じた。
「ナーシアよ。しばし休むか? その後にでも合宿での話を聞かせてくれ」
「あぁお爺様、申し訳ありません。実はこの後に生徒会の仕事があるのもですからすぐに出なければならないのです。その前にお爺様にお会いしたくて屋敷に戻って来たのです」
「……うむ、そうであったか。仕事であるのなら仕方あるまい」
表情には隠れていたが、雰囲気からは残念そうな空気がアダムズから漂う。
孫娘との時間が取れるかと思いきや、また離れていってしまうのだから無理もないかもしれない。
「もうお爺様ったら。夕方には戻ってきますのでそれまでお待ちください」
「うむ、わかった。そのときにはナーシアよ。儂からもお主に話さねばならぬことがある。このクライファノ家の人間に関わりのあることじゃ」
アダムズのいつもとは違う雰囲気に小首を傾げながらも素直に頷くナーシア。
恐らく、白銀都市で救出したラネスのことだろう。
祖母にあたる人物の前にアダムズの妻としていた女性。
かなり複雑な話になるだろうが、セトは杞憂に終わるかもと思っていた。
ナーシアの第一印象での想定だが、もしかしたら驚きこそすれすんなりと状況を受け入れるかも知れないと。
「では、お爺様。行って参ります」
「うむ、……────いや、待て」
「お爺様?」
「セトよ。お主、この昼ナーシアの護衛を勤めてはみぬか?」
「……えっ?」
アダムズの突然の提案にセトは思わず声が出る。
貴族の子である以上、有事に備えて護衛を引き連れて学園に赴くケースは、実は多いのだそうだ。
ナーシアにも選任の護衛はいるのだが、なんと交代要員としてセトが抜擢された。
この判断に驚きこそすれ、特に断る理由もないが……。
「別に俺としてはかまわないけど……なんで急に? 出会ったばかりなのに」
「不服か? 儂の孫娘では不服と申すか小僧?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「ハハハ、冗談じゃよ。なぁに、ジジイの護衛ばかりでは、お主にとってもそれほど良い刺激は得られんじゃろう。若い者は刺激を基に成長してなんぼじゃ。ならば丁度良い機会。ナーシアとお主はお互い歳も近い。別々の境遇同士で語り合えばなにか刺激が得られるやもしれん」
「俺は護衛だから、そこまで踏み入ったことをするわけには……」
「カーッ、固いのうセトは。固い、実に固い。まるで儂がまだ若い頃に生きておった爺様じゃわい」
「当然のことを言ったのに……」
「あ、あのお爺様? セト君?」
「あぁナーシア。どうじゃお主は? これは提案であって命令ではないゆえ、無理強いはせぬ。お主が嫌ならばこの話はなしじゃ」
ナーシアは少し考えるが、すぐに微笑んでアダムズの提案を了承した。
「私はいいですよ。同い年の子と一緒なんて中々ないから、なんだかワクワクしちゃう!」
「そうかそうか。で、セトよ。お主は?」
もう有無を言わせないような空気の中、セトは諦めて承諾する。
だが、別段悪い話でもない。
学園というものには、以前から興味はあった。
文字が読めるだけでも大したものであろうが、学問というレベルになればセトは手も足も出ない。
そういったレベルに着手している少年少女たちの学び舎、その内部はどうなっているのか。
セトの乾いてきていた好奇心が、心の中で潤い取り戻していく。
「わかった。学園へ行かせてもらう。アダムズ様、ナーシア様は責任を持って俺が護衛する」
「よう言うたッ! では、行ってくるがよい」
こうしてセトはナーシアと同行し、王都内に設けられた魔術学園へと足を運ぶこととなった。
クライファノ家の屋敷から歩いて十数分の、まるで宮殿のような建物を目指す。
世界最高峰とも言える魔術の学び舎、王立ファルトゥハイム魔術学園へ────




