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セトの1日 ヒュドラ編

 ある日の昼下がり。

 石造の立派なバルコニーの上から、アダムズは酒を飲みつつ中庭のほうを見ていた。


 セトもまた警護という形で彼の隣に立ち、その様子を見る。

 というのも、ヒュドラの腕が見たいという要望のもと、試合が行われるのだ。


 ヒュドラはそれに同意し、アダムズの使用人たちと戦う。

 武勇に秀でた家系の貴族であるゆえなのかはわからないが、使用人もまた武闘派揃い。


 各々得意な得物を持ち、ひとりずつヒュドラと対峙していくのだ。

 誰も彼もが前線を経験した猛者たちばかり。


 かつてのセトのように、灼熱と血飛沫が支配する混沌の場所をひた歩き、武器を振るってきた実戦家たち。


 戦争は平原などの広い場所ばかりとは限らない。

 渓谷や密林といった入り組んだ場所で、しかも夜であったりと戦い以外にも危険に満ち溢れた環境で戦うこともある。


 ここにいるのはそういった地獄をくぐり抜けてきた実力者なのだ。

 そこにいる誰もが英雄レベルの働きをした羅刹の類。


 一武術家のヒュドラがどこまで通用するか、セト自身興味が湧いた。

 白銀都市でもしっかりとフォローをしてくれたため、かなりの実力はあるとは思うのだが、と。


「始めぇい!!」


 掛け声の下に、試合は始まったが、その光景はセトも思わず見惚れるほどだった。

 ヒュドラはそれぞれの相手に合わせて武器を選んで練り上げた武を振るうのだが────。


 鎖鎌を扱う使用人には、三節棍で。

 大剣を扱う使用人には、偃月刀で。


 武闘派揃いの使用人たちを、ヒュドラは瞬く間に制していった。

 

 まず肉体を鍛え、套路かたを精神の奥にまで刻み、それを技とする。

 剣や槍は云わば、徒手攻撃の延長。


 心気を拳から武器へ、そして発生する神気。

 それがヒュドラの武器術だ。


「────ご指導、感謝いたします。次、よろしくお願いいたします」


 続いてレイピアの達人には持ち前の宝剣を振るい、ククリナイフ二刀流相手には、鉄扇を二挺用いて動きを制した。


 そして最後は、元拳闘士だった筋骨隆々の使用人と拳を交える。

 ここまで数分、セトもアダムズも固唾を吞んで見守っていた。


 たまの余興とばかりにアダムズが提案したことなのだが、思わぬモノが見れたと、セトの隣で武者震いを起こしている。


「ハハハ、闘技場で優勝したとは聞いておったが、よもやこれほどとは。セトよ、お主から見て、あれはどう思う?」


「……動きに乱れがない。それに、ここまでの連戦と日差しの強さからして体力の消耗は激しいハズ。だけど、呼吸の乱れはおろか、汗をかいているようにも見えない。改めて見ると、すっごいんだなヒュドラ」


「あの歳でそこまでの境地に達するか。余程の地獄を潜り抜けきたと見える」


「そう、だな」


 ヒュドラの成長は著しいものだった。

 今なお、拳を蹴りをと、対戦相手の鋼の肉体にダメージを与えている。


 使用人の動きは段々鈍くなり、表情も痛みで険しくなっていった。

 その間、ヒュドラの技のキレは徐々に増していく。


 いくつもの鋭い一撃が弱点をとらえ、幕を下ろした。

 使用人はそのまま仰向けに倒れ、荒い呼吸を繰り返す。


 いつの間にか増えていた見物人とアダムズから盛大な拍手が送られた。

 セトはバルコニーの柵から少し身を乗り出し、手を振る。


 ヒュドラもそれに気付いて、にこやかに手を振り返した。

 だが、その表情の陰にどこかぎこちなさを感じるのは気のせいだろうか。


 しばらくして、アダムズとともに中庭に赴き、ヒュドラと言葉を交わす。


「見事であったヒュドラよ。さすがは魔王討伐の旅に選出されただけはある」


「恐縮です」


「して、褒美を与えようと思うのじゃが……」


「褒美などと……。このお屋敷でお世話になっているだけでも、身に余る待遇。これまで通りで私は結構です」


「ふむ、欲がないのう」


「本当にいいのか? ヒュドラだってなにか欲しいものはあるんじゃ……」


「いや、いいんだ。私は満足しているよ」


 セトに微笑みかけるヒュドラの表情はどこまでも穏やかで、暖かな日の光が彼女の横顔を照らしている。

 誰もが安心感を覚える顔をするヒュドラに、セトはそれ以上なにも言おうとはしなかった。


「ではアダムズ様。これから買い出しへと行ってまいります。物品が不足しているという話を聞きましたので是非お手伝いを」


「律儀じゃのう。お主までもが使用人のように働かずともよいというに」


「いえ、居候の身でなにもせぬのは、仁義に反します。では────」


 踵を返そうとしたとき、アダムズは急に彼女を呼び止め、助手を付けることを任じる。

 ヒュドラはひとりでも十分だと言おうとしたが、アダムズはそれを棄却した。


「折角の食客にそんな雑用仕事をさせておるのは、儂としてはどうもむずがゆい。じゃがお主の意志をないがしろにするわけにもいかぬ。そこで、このセトを助手に付けよ。今は儂の付き人ゆえ、好きにコキ使うがよい」


「付き人って……俺は護衛じゃなかったのか?」


「なぁに、似たようなもんじゃ。それとも、ヒュドラの手伝いをするのは嫌か?」


「そういうわけではないけど……」


「よし、決まりじゃ。……これはクライファノ家現当主の命令ぞ。進んで雑用仕事をするのなら、その命に従うは道理である」


「しかし……えと……」


「なんじゃヒュドラよ。……儂の行いが、不義と申すか?」


「いえ、そのようなことはございません! では準備でき次第、セトと街へ向かいます」


「うむ、しっかり励めぇい。カッカッカッ!」


 そうしてヒュドラとセト街のほうまで買い出しへと出かけることとなった。

 アダムズがなぜセトを指名したのか。


 曰く、ヒュドラはこの屋敷に来てから「自分もなにかをしなくては」という焦りがよく見られ、変に気を張り過ぎているきらいがあるらしい。


 そこでセトと時間をともにさせることで、ちょっとでも和らげようとさせているのだとか。

 その際アダムズは「期待しておるぞセト!」と念入りに期待を寄せられた。


(期待しておるぞって……どうやら、俺がなにか気を利かせたことをヒュドラにしてやらないとダメだってことらしいな。でも、なにがいい? サティスとなら自然と会話はできるけど)


 道中、セトは会話に困るも共通の話題をいくつか探して整理し始める。

 ある程度まとまってきたときだった。


「すまないなセト。私の勝手な判断に巻き込んでしまって」


「え……?」


「正直、鍛錬や情報収集だけでは心が落ち着かなくてな。こうしてなにかやってないと落ち着かないんだ」


「いや、まぁ……」


「あ、そうだ! アダムズ様の護衛の仕事はどうだ? 辛くはないか? ……あの、変なこと聞くかもしれないが、いじめられたり変な目で見られたりは」


「大丈夫だ。そういうことは今のところないよ」


「そうか。……その、クライファノ家の方々を疑うわけではないが、もしもそういうことがあったら、ひとりで抱え込もうとは絶対するな。危ないかもしれないと判断したら私に言ってくれ。サティスに言うと、きっと心配してしまうだろうから、その前に私が解決してやる」


「お、おう。ありがとう」


「ふふ、いいさ。私は君の味方だからな」


 ヒュドラの微笑みを見て、もしかしたら、ヒュドラは自分以上になにを話そうか困っていたのではないかとセトはふと思った。

 

 セトが急に同行することになって内心一番慌てたのはヒュドラに違いない。

 そう思うと、友達になったとはいえ、まだまだ壁があるのではないかと、セトはイメージとして膨らます。


「そうか。ありがとう。ヒュドラもなにかあったら、俺を頼ってくれてもいい。できることは少ないが、力になるよ」


「え、いいのか?」


「あぁいいとも。だって俺たちはもう友達だろ?」


「────そう、だな。うん、ありがとうセト。君は他人を勇気付けるのが得意なんだな」 


「そうか? 別にそういう風に意識したことはあんまり……」


「つまり、自然にできるということか。そこが君の良いところだ。……ふぅ、君のそういうところ、もっと早くに気付けばよかった」


「ヒュドラ……」


「あ、すまない。暗くなってしまった。さぁ行こう。そろそろ市場だ」


 日差しに暑さが宿る中、セトは彼女の表情が自嘲気味に歪んだ気がした。

 吹っ切れたと思っていても、まだまだ過去に縛られている節があるのだろうか、と。


 もっとも、それもそのはずだ。

 勇者レイドの黒い噂に関しても、彼女はなにかしろの負い目を感じている。


 それすらも自らが招いた負債と背負い込んでいるようで、セトはなんだが胸が締め付けられたような気がした。


「ヒュドラ」


「ん、どうした」


「心配するな」


「え……?」


「上手くは言えないけど、俺はアンタを見捨てたりしない。困ってたら、必ず助けるよ」


「セト……」


「レイドのことで色々考えてるのはわかってる。俺はそんな友達を助けたい。これは俺の本心だ。信用していい。────ん?」


 セトはふとヒュドラの顔を見上げてみると、彼女はそっぽを向いて、少し震えていた。  

 右手を顔を拭うような動作をしてから、ヒュドラは満面の笑みを以てセトに答える。


「感謝するセト。もう大丈夫だ。私には心強い友達がいるからな」


「そっか。そりゃ良かった」


「あぁ、よし、セト。それじゃあ買った物を運ぶのを手伝ってくれ」


「任せろ」


 セトは短く答えて、ヒュドラに付いていく。

 荷物を分担して持ち、屋敷へと仲良く並んで歩いた。


(白銀都市で君があの魔剣使いに挑んだときのあの姿、今でもずっと目の奥に焼き付いている。知恵と力を振り絞りながらのあの太刀筋。憧れるよ、セト) 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に良い関係になってきましたね。 その分崩壊した勇者の近況が挟まれないのが不安を掻き立ててくれますが
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