クライファノの屋敷で、俺たちは次の居場所を得る
アダムズ・クライファノの屋敷に着いたときには、日は完全に落ちていた。
セトたちは使用人に大食堂まで案内されて、先に夕食を摂るようにと、豪勢なものを出されることに。
これまで食べてきたものの中で最上位に君臨するだろう品の数々。
まるで重要な客人をもてなすかのような上質さと、量の多さであった。
「なんだか、滅茶苦茶歓迎されてるみたいだな」
「はい、アナタ方は現当主であるアダムズ様の宿願を果たしてくださった方々ですので、それはもう無礼のないようにと」
セトの言葉に老いた執事は目頭を熱くしながらも答える。
社交辞令ではなく、本気の感謝だ。
この反応にセトもサティスも面食らった。
実際、貴族の懐に入ることは非常にリスキーな行いだ。
元魔王軍幹部がここにいるというのは、国にとってもこの上ないチャンス。
尋問をして情報を抜き取るなり、拷問にかけこれまでの罰を与えるなどできる。
当然、セトはそれを許さないし、事情を知るヒュドラもセトに協力するつもりでいた。
だが実際はこうして特大の歓迎を受けている。
知らないからこうなのか、知っててこうしているのか、セトはそれが知りたくなった。
食事を終えたあと、応接室へと案内される。
宿屋の豪華な部屋のように、飾り気は雄々しくもどこか引き締まった雰囲気のある一室。
そこでしばらく待っていた。
ヒュドラもそうだが、グラビスもあの飄々とした態度は鳴りを潜めている。
そんなとき、サティスはセトに自らの思いを吐露した。
「ねぇセト」
「ん? どうした?」
「もしも私が魔王軍幹部だったってわかって、それで囚われるようなことになっても……」
「ダメだ。その前に俺がなんとかする」
「でも……」
「心配するな。それに、宿願ってやつを叶えてくれたって喜んでたろう? 話せばわかってくれるさ」
「そうでしょうか、ね」
応接室にこうして通された以上、もう隠しごとはできない。
しかし、セトたちは『アダムズの宿願を代わりに果たした』そして『白銀都市の出来事』を教えるという強力なカードを持っている。
もしもなにかあってもそれらを上手く使えばと思った矢先だった。
当主アダムズが入ってきて、一行を一瞥する。
極東の島国で見られるような衣服に身を包んだアダムズは上座へと足を運び、ドカリと座ってから豪快に笑いだした。
「随分と緊張しておるようじゃのう。平民が貴族の家に招かれるは、やはり落ち着かぬか?」
「アダムズ様、あの……」
「まずは礼を言う。……お主らが救い出してくれたあの女騎士は、若い頃の儂の妻じゃ」
サティスのオズオズとした発言をかき消すように、ラネス救出の礼を言い、老執事にワインを注がせて口に含んだ。
素人目から見てもかなり機嫌は良さそうなのだが、どこか複雑な面持ちでもあった。
「貴族の生き方はやはり面倒じゃ。やれ家柄だの、跡継だの……。帰り待つことも、探すことも許されず、別の妻を娶ることになる。……儂は一目散に探しに行きたかったがのう」
語るのはアダムズの半生。
ラネスのあとの妻は、すでに亡くなっている。
その後次期当主たる息子は生まれたが、城の務めで中々屋敷には帰ってこない。
「まぁ、ジジイのつまらん昔話じゃ。ハハハ、なんでだろうな。お主らを見ていると、口がよう滑って敵わぬ」
「アンタの、いや、アナタの……妻のラネスは? あ、いや、ラネスさま……は?」
「フフフ、敬語が苦手と見えるな? よい、話しやすい言葉で喋れ。……ラネスは今部屋で休ませておる。つもる話は明日になろう」
「そうか……」
「あの、アダムズ様……ッ」
「おぉ、お主の話を遮ったままにしておったな、すまんすまん。申してみよ」
「その、アナタは我々を見ても、なにも思わぬのですか?」
「妙だとは思っておる。コソ泥然としたそこな娘はいざ知らず、お主らにはその気配は見えぬ。どうもただの冒険者とは思えぬのじゃ。それに女よ、お主に関しては白銀都市で出会ったときから気にはなっておった。お主、魔王軍幹部サティスじゃな?」
「ちょ……コソ泥て……」
「やはり……城仕えの方ともなると私に覚えはありますか」
「あるとも。だが解せぬ。以前のような狡猾な覇気がない。まるで……フククク、今にも命乞いをしそうな小娘のように見れたわ。しかも子連れで、人間を助け、挙句に白銀都市での出来事を話すじゃと? なにを考えておるのか……」
「知っていてどうしてこのようなもてなしを?」
「結果的に我が宿願果たしてくれた者たちじゃからな。ゆえに礼で返したまで。ただ……問題はこの先よ」
もう一度ワインを含み喉に通すと、アダムズは真剣な眼差しで一行を見る。
「魔王軍幹部サティス、並びに、そこにおるのは勇者一行のひとり、ヒュドラじゃな? 先ほど調べさせたのじゃが、やはりこれも珍妙である。一体なにがどうなっておるのかがわからぬのよ。上層部に入ってくる情報には、魔王軍にしてもそうであるように、勇者一行に関しても妙な黒い噂も立っておる。それとお主らはどう関連するのか」
この話に、セトはウレイン・ドナークの街でオシリスと出会ったときを思い出した。
彼にもこのように勘繰られたものの、事情を話したりすることで理解を得たが……。
「アダムズ様。俺たちはアンタにも国にも危害を加えたいわけじゃない」
「ほう」
「それと調べたんならもうわかっているだろう? 俺はセト、アンタも知ってるはずだ。『破壊と嵐』って」
「……伝説の少年兵。知っておるよ。儂がもうちと若ければ、刃を交えてみたかったがな」
「俺もヒュドラも、勇者レイドに追放された。……サティスも魔王軍にだ」
「追放?」
アダムズはヒュドラにも視線を送ると、彼女は申し訳なさそうに頷く。
セトの言葉やヒュドラの態度に嘘は感じられなかったし、サティスもまた同じような雰囲気だった。
変に嘘をついたり、勘繰り合いをしても、きっと不信感が募るだけだ。
だがアダムズがこうして恩を感じ、もてなしをしてくれているのは、恩人であるセトたちのことを知りたいという一面も含まれている。
アダムズは黙ったあと、各々にそれぞれの経緯を聞いた。
ここまでどのような旅をして、どんなことがあったかを。
「多難な道のり、だな。すべては信じられぬが……おおよそ今の状況に当てはまる。ゆえに無碍に聞き捨てることはできんな」
「じゃあ、おとがめなしってことか?」
「いや、そういうわけにもいかぬのよ。……もしかしたら、これが良い機会になるやも知れぬでな」
アダムズはワイングラスをテーブルに置き、おもむろに姿勢を正した。
「先ほども言うたと思うが、勇者レイドの動きに不審な噂が、そして魔王軍にはなにやら不穏な動きがあるという情報が次々来よる」
「あぁ、それはさっきも聞いたけど……そんなになのか?」
「うむ。もしかしたら、近々さらなる"大きな動き"があるかもしれん。そこでじゃ」
アダムズは4人に真っ直ぐ目を向けて、ニヤリと笑みを見せる。
「────どうだ、儂としばらく手を組むというのは? 無論、仕事によっては報酬も弾もう。悪くない話だとは思うが……」
「アンタと? それは俺たちを国の戦いに巻き込もうっていうことか?」
「フハハ、やはりそこが心配か。案ずるな。悪いようにはせぬ。お主らとて、因縁とはケリをつけたいものだろう。それは儂も同じこと。駒になれと言うのではない。お主らが儂らの邪魔をしないのであれば、儂もまた邪魔をせぬ」
「あの、なぜそのような待遇を? セトやサティスなら兎も角として、私はすでに勇者一行を追い出された身です」
「その勇者とやらが今怪しい。追い出されてもなお、魔王討伐の志を捨てぬお主もまた、儂にとっては信頼ができると思うてな。こう思え。体のいい後ろ楯ができたと。カカカ」
「そんな後ろ楯などと……」
「それに、聞けば勇者レイドとそこのコソ泥娘は幼馴染と言うではないか。ならばどうじゃ? ふたりで手を組み、情報を洗い出してみるというのは」
「あの~、コソ泥ってやめません? せめて冒険者とかトレジャーハンターとかに……。はぁ、まぁいいや。でも、レイドの行方は確かに気になる。丁度いいわ」
魔剣を探すことも大事ではあったが、レイドを探すことはさらに大事だ。
ヒュドラもかつての仲間としてずっと気になっていた。
こうしてこの王都の貴族に出会ったのも、運命かもしれない。
ヒュドラもグラビスも、アダムズの提案に乗った。
セトとサティスも、彼の提案に前向きに考え始める。
これまであまり目立ちたくないというスタンスであったが、『伝説の少年兵』だの『元魔王軍幹部』だのというわりかし高い知名度のせいで、これまでのやり方が難しくなってきていた。
ならばやり方や視点を変えてみるほうが良い。
実際のところ、魔王軍のことにしてもなんにしても、人知れず行いたかったが、それは甘かったかもしれない。
セトとサティスはとりあえずアダムズの提案を呑む。
ここで生活をしてもよいというのだからかなりの待遇だ。
「良し、交渉成立じゃな。今部屋を用意させておる。今宵はゆるりと休まれよ。明日から、忙しくなろうでな! ハハハハハ」




