白銀都市、その元凶。
「大丈夫でしたかセト、怪我は? どこか痛いところはない?」
「心配ないよ。ありがとうサティス……むぐ」
「ハァ、よかった。一時はどうなるかと……」
兵士長との激闘を見事に勝利したセトは、サティスに抱きしめられながらその至福の余韻に浸る。
この戦いで大活躍してくれた降り注ぐ恐怖に礼を言わねばと思ったが、彼女はなにも言わずに消えてしまった。
去り際はひどく悲し気な、そして生者への恨めしさが混じったような笑みを浮かべながら光の粒子となり、テュポンへと戻っていったのだ。
通常の召喚術とは違い、この凶霊召喚はなにかとクセが強いということが身に染みてわかった。
これが気性の荒い憤怒や空虚であった場合を考えると、こんなに穏便にはいかないだろう。
「凄いじゃん、見直したわアンタ。……魔剣は壊れちゃったか。まぁ、さすがのアタシもああいう趣味の悪いのはいらないわ。ん、また一から探さないとね」
「あぁ、見事な戦いぶりだった。……セトは私なんかよりずっと成長しているんだな」
サティスのハグから離れたセトはグラビスに乱雑に、だがどこか優しさが籠った手付きで頭を撫でられ、ヒュドラは両手でセトの手を優しく包んだ。
美女三人にここまで褒められるとさすがにむずがゆいのか、セトは頬を染めて少しばかり視線を横向ける。
照れた姿に笑みを零しながらも、ここから脱出しようとしたそのときだった。
────ガタン!
(なにか音が聞こえたな……最初魔剣が突き刺さってた方角だ)
セトたちは音のする方向へ行ってみると地下へ通ずる階段が現れた。
ここでさえも大分地下なのだろうが、まだその下があることにある種の不気味さを感じる。
だが、この先に白銀都市の真実めいたものがあるのではないかというのが感覚でわかった。
先ほどと同じようにセトが先頭で歩き、下へと降りていく。
地下は冥府の世界というのをどこかの昔話で聞いたことがあった。
この白銀都市はかつての文明でるということで、その地下ともなれば、どのような秘密が隠されているのか。
その秘密が冥府染みたおぞましいものであるのなら、きっとそれは当時の文明における生命の価値観の闇の部分に違いない。
かなり長い階段を降りて、辿り着いた先に見えたのは、元魔王軍幹部であるサティスでさえも思わず口を覆いたくなるほどの光景であった。
真っ白な空間に無数の管で繋がれた石櫃のようなもの。
それが地にも宙にも、ところ狭しと並べられていたのだ。
「これってお墓でしょうか?」
「どうみても墓じゃないでしょ。アタシには趣味の悪い実験場かなにかに見えるよ」
よく見れば中に人らしき"物体"が、蓋にあるガラス部分から見ることができる。
それはミイラなのか、果ては人の姿に似せて作られた植物かなにかなのか。
ただひとつ言えることは、今なお生きているということだ。
弱々しい呼吸が聞こえる。
ほんの寸分ばかりの身動ぎも垣間見れた。
これはまさしく"人"だ。
それが数えきれないほどの人数存在する。
かつての文明が滅んでからも、こうして生きている。
否、生かされているのだ。
「この中に入っているのは、当時の人々……?」
「かもしれないな。なぁ、もう少し奥へ行ってみようと思うんだが」
「セトも物好きねぇ。ま、確かに気になるっちゃあ気になるね」
各々用心しながら進んでいく。
進んでいくたびに石櫃に繋がれている管が、ある一点に向かって集中していっているのがわかった。
突き当たりの壁の向こう側まで続き、横開きのドアが自動で開く。
その先にあったのは、巨大な筒のような物体だった。
これは恐らく、日記にも記してあった生存装置なのだろう。
これは自らの意志を持ったと言うが……。
『ナゼ ワタシノ 邪魔ヲスル』
突如として響き渡る片言のアナウンス。
今の時代の言葉を使っているのは配慮であろうか、その言葉の節々には強い意志を秘めているのがわかる。
この男声とも女声ともとれない言葉は、セトたちに明らかな不快感を示すように、語気を強めた。
『コノ世界ハ 死ヘノ絶望ニ 満チテイル。ワタシガ ワタシダケガ 人間ヲ 救エル。人間ノ創意工夫ヲ越エタ 神ニ等シイ”システム”デアルワタシガ 死カラ人間ヲ 解放デキル』
この声の主こそ、先ほどの魔剣同様、この白銀都市という地獄に君臨する存在だ。
「また戦いになるんじゃないだろうな」
「いえ、敵対反応はないみたいです。魔剣は破壊されたので、もうあの兵士たちが現れることはないかと……」
「だとしても不気味だな。自らを神に等しいとまで言う相手が残っているとは」
ヒュドラの警戒は強まる。
その傍らで、セトは無表情のまま魔剣を引き抜いた。
まだほかにも壊さなければならないものがあるのではないかと、彼の直感が告げたのだ。
恐らく魔剣を破壊しただけでは、この白銀都市というダンジョンは終わりではない。
その相手はまさしく、目の前にあるこの生存装置だ。
『貴様! ナゼ ワタシヲ 攻撃シヨウト スル!?』
「アンタがいれば、精神体ってのになった人々がいつまで経っても解放されない。それに、これから入ってくる冒険者が犠牲になる可能性もある」
『ワタシハ ナニモ 犠牲ニハ シテイナイ!! ナゼワカラナイ 死ハ 悲劇ヲ モタラス。怒リヲ 憎シミヲ。────死ハ "悪"ダ! 死ンデシマウコトハ アッテハナラナイ 現象ダ。ワタシハ イツカ コノ世カラ 死ヲ 駆除スル! 死ハ コノ世ニ 存在シテハナラナイ モノダ!!』
生存装置が自らの意志を吐露していく。
それはまるで呪いめいていて、生きることへ執着がとんでもない方向へといってしまっている。
古今東西、不老不死の探求の昔話はよく聞くが、この生存装置のそれはより異質に感じた。
自分自身が長く生きたいのではなく、人間すべてを死から解放するという命の価値を根本から覆す思想を抱いているのだから。
『生キルコトハ 素晴ラシイ! ダガ 死ハ 醜イ! 生キルコトコソ スベテナノダ。生キテイルダケデ 命ハ 尊イモノ ナノダ』
ひととおり発露していった生存装置は、セトたちにもあの石櫃に入ることを進めてきた。
死なき人生をここにいる大勢の者たちと享受しようというのだ。
「悪いけど、理解はできないよ。サティスと一緒ならすんごく長く生きるのもいいかなとは思うけど……」
「セト……」
「でも、こんな狭くて寂しいところでずっと生きるのはごめんだ。たとえ長く生きられなくても、大事な人と広くて賑やかな場所で暮らしていたい。"死なない"なんて、俺には必要ない」
「まったくの同感だな。それに、ここまでのことをしているお前が、生きてるだけで素晴らしいというのは、些か傲慢にも聞こえるぞ生存装置。それを決めるのは、怒りにもだえ、恐怖にいすくみ、悲しみに当てられ、妬み、憎み、日々の些細なことに苦しんで苦しんで、それでも今を生きようとする当人たちであり、けして神に等しいシステムになったお前が決めることじゃない。ただそこに鎮座するだけのお前に、その権利はないと思う」
「死にたいときに気兼ねなくサパッと死ねるのが、いい人生だとアタシは思うね。無論、今死ぬ気は毛頭ないけど。てかオタク生きるってことに深刻になりすぎなんとちがうの?」
これらの意見に生存装置は怒り爆発といった感じで、大いに怒鳴り散らす。
生きることへの冒涜だとか軽視だとか。
この世で唯一命を尊重できるのは自分自身だけであるだとか。
そのほか無茶苦茶なことを言い放つ中、セトは右腕に黄金のガントレット『リヴァイアサン』を装着し、魔剣の力を高め始める。
「サティス。これ、斬るぞ」
「えぇ! 存分にやっちゃいなさい!! ただでさえトラブル要因が多いのに、これ以上変なので私とセトの生活を邪魔されてたまるもんですか!!」
「ねぇ、トラブル要因ってアタシのこと?」
(も、もしかして私もその中に入ってるとか……)
サティスの掛け声のもと、セトは魔剣を大上段に振り上げる。
さながらそれは切腹をする者の介錯を務めるかのようだった。
『ヤメロ! ワタシヲ壊セバ ココニイルスベテノ者ガ 死ンデシマウ! 折角ココマデ生キタノニ スベテ無駄ニ 終ワッテシマウノダゾ!!』
「そりゃ凄いな。つまり一気に大虐殺しちまうってわけだ俺は」
『落チ着ケ。生キテイルコトハ素晴ラシイ トイウコトヲ 忘レテハナラナイ。死ナズニ タダ生キテイル トイウ事実コソガ 人間ノ幸福 ナノダ! ワタシヲ壊セバ ソノ幸福ハ 存在シナクナル。ソレハ 生命ヲ 否定スルノト 同ジダ!!』
だがセトの動きは止まりそうもない。
次第に魔剣の刀身に宿る赤い光が強くなる。
そこから大きく身を反らして、強烈な袈裟斬りを生存装置に向けて放った。
『■■■■■────ッ!!』
最期は呪詛にも似た響きの言葉を張り上げ、生存装置は轟音とともに火花と爆炎を上げて、その中身を露にした。
生存装置が破壊されたことで、収められていた者たちは生命維持が叶わず、次々と命を落としていった。
同時にそれは精神体の解放も意味する。
都市内にいた精神体たちは、かつての人格を取り戻し、穏やかな表情で次々と光の粒子となって消えていった。
────かつての文明の名残であり、この時代に至るまで長い年月の中君臨してきた白銀都市は今この瞬間、完全に息をひきとる。
それを見送るように、炎に包まれる生存装置を前に、セトは魔剣を鮮やかに納刀した。
 




