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凶霊、再び……。

 セトの左腕に顕現するは、白銀のガントレット『テュポン』。

 真っ直ぐな光を帯びて、今その力が現実のものとなる。


 セトが苦い顔をする中、テュポンの能力で現れたのは、────踊り子の衣装をまとった女だった。


「え、あの人は?」


「あれは召喚術、じゃないみたいです。もっと別の……」


「ねぇ、アタシ呪術の心得あるからわかるんだけどさ、アイツ、人間でも魔物でもない……それ以上のなにかよ」


 サティスたちは呆気に取られたが、そのふたりから感じ取れる禍々しい力に息を吞んだ。

 

「ほう、助っ人か。悪くねぇ。しかも超絶美女ときたもんだ」


「うふふ、セトって悪い子ね。私を戦わせようとするなんて……」


「死人をコキ使うのは後味悪いけどさ。頼む、力を貸してくれ。────降り注ぐ恐怖」


 テュポンの能力、それは『凶霊の使役』だ。

 あの試練の報酬において、セトが最も眉をひそめた一品。


 死ねばその身は土になる。

 魂の行方は天の御心みこころのままに。


 たとえそれが凶霊であっても、かつての人の魂を、自分自身が好き勝手に操るのは気が進まなかった。

 死霊術を操る者はいると聞くが、セトにとっては死人がまた戦場を駆けるのは後味の悪いものだ。

 実際、割と怖い。


 だが四の五の言っていられる相手ではないことは事実。

 個人の感情以上に、眼前敵の撃破を優先しなくてはならない。


 しかしとりあえず使ってみたはいいものの、やはりセトに良い印象は持っていないようだ。

 殺された相手になおも酷使されるとなれば、誰もいい気はしないだろう。


 もっとも、凶霊が素直に命令を聞いてくれる姿があまり想像できない。

 しかし凍て付く憤怒なんて呼んでしまえば、きっと怒りに任せてこの空間ごと凍り付かされる。

 煮え滾る空虚も、あの傲慢な性格を操り切れるカリスマ性などは自分にはないのはわかりきっていた。

 

 その点、あらゆる攻撃に反応し回避できる降り注ぐ恐怖はかなり頼もしい。

 雰囲気的に四凶霊の中でも、セトの指示が入りやすい部類だ。


 そうとなればセトは即座に作戦を立てた。

 兵士長は女が現れたということで、降り注ぐ恐怖のほうに下卑た視線を向けている。


 強大な力を持ったがゆえの余裕、そして慢心だ。

 恐怖の回避能力で陽動をかけ、隙を作って討つ。


 凶霊・恐怖は自分が前線で戦うことを悲しみながらも笑みを浮かべて作戦に了承した。


「あの女性、タダ者ではないように感じるが……兵士長のあの猛攻を凌げるのか?」


「どうする、アタシたちも加勢する?」


「いえ、ここはセトを信じてみます。彼がガントレットを使うということは、なにか考えがあるのかも」


 サティスたちが見守る中、戦いは再開される。

 凶霊・恐怖がナイフを大量に取り出し、兵士長に歩み寄っていった。


「へいへ~い、ストリップか。悪くねぇぜ。だが、残念。さすがに4人相手はキツいからお前が傷付いて死ぬ姿で興奮させてもらうぜ!」


 それは神速の二連撃。

 槍と魔剣の合わせ技だろうが、あまりにも速すぎてどちらを先に振るったか、どの方向から斬ったかが見えないほどに美しい斬撃だった。


 当たれば即死は確実だ、そう、()()()()


「────は?」


「うふふ」

 

 踊るようなステップで攻撃は回避される。

 続く二撃目も三撃目も、それはあらかじめ振り付けとして決められていたかのような動きで。


「ぬお!?」


 投擲されたナイフが迫る。

 弾いても弾いてもまさ戻ってくるこの妙技に、兵士長の歩みが止まった。


 しかもそのナイフに紛れてセトが暗殺めいた角度からの斬撃を浴びせてくる。

 それらをすべて巧みな武器捌きで、凌いでいった。


「ひゅ~、スリルはあったな!」


「まだだッ!」


 今度は真正面からの斬り合い。

 しかし凶霊・恐怖も混ぜてのもので、極めて乱戦に近い。


(この女……全部躱しやがるッ!)


 すべての攻撃を激しく舞うように回避する彼女に兵士長は戦慄する。

 ただ避けるだけなら、回避上手とだけの評価で止まったが、一番すごいのはセトに背中を向けながらもセトの攻撃を回避していることだった。


 凶霊・恐怖はふたりの間にいるような位置をキープし、兵士長から見てセトの姿が隠れてしまっている。

 そんな中、彼女はふたりの斬撃を見切りながら回避を続けて、ナイフによる攻撃を行っているのだ。


 ふたりの間合いを考えると、最早眼前とも言える至近距離である。


「この、邪魔だぁ!!」


「やぁん、恐怖こわい。アナタも私を恐怖こわがらせるのね」


「この……」


「フンッ!」


「ぬおッ!?」


 セトの鋭い刺突がヒラリと舞う踊り子衣装の布地から突然現れる。

 切っ先が兵士長の脇腹を抉った。


(女のほうも驚きだが、一番の謎はガキのほうだぜ。なんでだ……俺はあのガキがこの女であまり見えない。だのになぜガキは俺の動きが見えているかのように正確な斬撃が繰り出せるんだ……────ハッ!)


 兵士長はカラクリを理解した。

 凶霊・恐怖とセトは感覚を共有しているのだと。


 彼女が見ている光景と、心に抱く感情、そして彼女自身の能力の感覚がテュポンを通してセトに伝わり、それを冷静に分析して攻撃を繰り出している。

 

 こんな戦いは今までに見たことがない。

 兵士長の表情から余裕が消えた。


 かわりに動揺と苛立ちが目に見え始めている。

 さらにふたりは変則的な動きで兵士長を惑わした。 


 それはさながら息の合うダンス。

 凶霊・恐怖はセトの手を取り、兵士長の攻撃が上手く回避でき、なおかつ攻撃がしやすいポジションへ行けるような身のこなしで導いた。


「こなくそがぁぁぁぁあああ! 図に乗るんじゃねぇぞバカども!!」


(攻撃が乱れ始めたもう少しだ!!)


「────さぁ! ラストスパートよ! ……見えるわ、恐怖がッ!!」


 宙を浮くナイフがセトたちの動きに合わせて激しく行き来する。

 羽虫のような鬱陶しさをまとうナイフ群に対応するだけでもセトは苦労したというのに、この兵士長はそれを初見で難なく対応するだけでなく、ふたり相手にも引けを取らないあたり、やはり相当な実力者であることがうかがえた。


 だが、今は降り注ぐ恐怖の動きに惑わされ、完全に勢いを失う。

 こうなればもう、首を落とすのは時間の問題だった。


「これで、終わりだぁああ!!」


「ほざけぇええ!!」


 降り注ぐ恐怖が瞬時に身を引いた次の瞬間、互いの魔剣解放の力がぶつかり合う。

 セトの魔剣『豊穣と慈雨(バアル・ゼブル)』の情報を読み取り、その出力さえも再現する恐るべき魔剣『隠遁なる神秘(アメン)』。


 凄まじい圧力での鍔迫り合いを数秒、兵士長のその乱暴な気質が仇となった。

 子供相手に負けてたまるかという余計なプライドのもと、力任せに押し切ろうとしたそのとき。


「わかりやすいんだよッ!」


「な────!?」


 セトがふいに兵士長の力の方向へと剣を流した。

 バランスを崩し前のめりになる兵士長の背後に回り、そこから心臓目掛け一突き。


「ぐがぁあああ!!」


 苦悶の表情を浮かべた兵士長は背後のセトに向かって無理矢理に槍を振るう。

 セベク並みの凄まじい生命力に畏怖を覚えながらも、セトは宙を舞って槍を回避し────。


「落ちろッ!」


 その身を一回転するように魔剣を振るう。

 兵士長はなんとかして手に持つ魔剣で防ごうとするも、これまで溜め込んでいた力を魔剣解放などで無駄に使いすぎたためか、セトの魔剣から放出されるパワーと持ち前の戦闘技術から生み出される破壊力には敵わず、刀身が音を立てて砕けてしまった。


 完全に隙を得たセトは着地後すぐに赤く煌びやかな刃を兵士長の首に容赦なく滑り込ませる。

 胴から離れた首は血飛沫を上げながら宙を舞って床に転がり落ちた。


 さすがに首を落とせば死ぬだろうと思ったが、首なし胴はしばらくはフラフラと歩きながら武器を乱雑に振るう。


 そして最期は力尽き、壁に当たって床に倒れ込んだ。


 残心。

 セトは魔剣を空間に納め、戦闘終了を告げる溜め息を漏らした。


「セト……ッ!!」


 一番に駆け寄ったのは心配から解き放たれ嬉しそうな顔をするサティスだった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんつー凶悪な術を使えるようになってるん
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